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巨匠バルテュスの青春時代

バルテュスが最も長く住んだロシニエールの「グランシャレ」は日本の山中の神社を思わせる荘厳な雰囲気だ。 Foundation Balthus

ピカソが「当代の最も重要な画家」と評したバルテュスは生前、最も作品が高値の生存している芸術家と評価されていた。バルテュスが晩年、夫人の節子さんとともに設立した財団が現在「バルテュスの青春時代」記念展を開催中。展示会は11月16日まで。

この孤高の画家が愛し、24年間住んだスイス、アルプスの山荘「グランシャレ」(大きな山荘の意)でバルテュスが残したままのアトリエを訪問できるとともに、山荘の地下室が改装され、展覧会場になった。

展覧会の見所

 財団の名誉会長でもある節子夫人は「青春時代から展示を始めたのは画家の出発点となった環境を理解するのが大事だから」という。両親ともに画家であったバルテュスは生まれたときから芸術的環境に育った。展示で驚くのは幼いバルテュスの天才ぶり。ミツ(光)と名づけた猫を主人公にインク画でイラストレーションを描いたのは8歳から9歳の時だ。少年時代からの東洋への憧れが名前に現れている。あまりの出来栄えに素描画集「ミツ」が1921年に出版され、母親の恋人であり有名な詩人、リルケが序文を執筆した。その他、1933年に描いたエミリー・ブロンテの「嵐が丘」の挿絵はすでにその後のスタイル、「ブランシャール家の子供達」を予告しているのが分かる。また、「自画像、猫たちの王」で初めての自画像が鑑賞できる。この猫はバルテュスが幼少の頃、可愛がっていた“フライトナー”がモデルだという。

グラン・シャレとの出会い

 グランシャレに着いてまず、驚くのはファサードの美しさ。窓の数は113個という。文化遺産にも指定され、スイス最古とも言われるこの山荘の正面には製造年の「1754年」とともに、古いシャレ特有のプロテスタントの言葉が描かれている。言葉は魔除のように館を嵐などから守るためだ。画家がここを訪れたのは偶然で友人がホテルだったこの館でお茶を飲もうと誘ったからだ。当時、バルテュスの健康上の理由から空気の美しいスイスのアルプスに引っ越そうと計画していた時期である。この豪華な木造建築に足を入れた途端、節子さんは「この家に住みたいわ」と口に出てしまったという。館の主人はご夫婦が建築にあまりにも感嘆するので案内をしてくれ、長いこと売りに出ているのに買い手がなくて困っていると語った。まるで、館がバルテュス家の到来を待っていたかのような運命的な出会いである。

バルテュス財団の活動

 当初、グランシャレの横にバルテュス美術館を造ろうという計画だったが財団の所蔵作が少ないことと、「バルテュスの心が感じられる」シャレの個人の家という感じを保ちたいと改造した地下室での展覧会という形で活動をすることにしたと節子夫人が語る。生前、節子夫人以外入ることの許されていなかった向かいにあるアトリエは未完の絵も含め、亡くなった時のまま保存されている。絵の具の匂い、重ねて置いてある画集、数え切れない筆など未だにバルテュスの影が色濃く感じられ、じっと座っている画家が目に浮かんでくるようだ。亡くなる直前もアトリエに行きたがったという彼の聖なる場所はバルテュスファンには必見だ。バルテュス財団は今後、展覧会のほか、文化活動も盛んに企画する予定で討論会やスカラ座のリカルド・ムーティー氏の募金コンサート、サマースクールなどを計画している。

画家バルテュス

 バルテュスの本命はバルタザール・クロソウスキー・ド・ローラ。1908年ポーランドの伯爵家の次男としてパリに生まれる。イタリア、ルネサンスの巨匠ピエロ・デラ・フランチェスカに衝撃を受けて画家になることを決意する。「夢見るテレーズ」や「コメルス・サン・タンドレー」で脚光を浴び、少女、猫、鏡などのモチーフを多く描き、不思議な静けさと緊張感のある独自の絵画世界を確立した。東洋への造詣が深く、アンドレー・マルロー文化大臣にフランスのアカデミー館長に任命され、京都への出張の際、当時20歳の出田節子さんと出会い、結婚。完璧主義で長い時間かけて制作をしたため作品数は多くないが日本にもファンは多く、94年には東京ステーションギャラリーで個展も開かれた。


ロシニエール、 屋山明乃(ややまあけの)

財団の開館時間は水曜日から日曜日、14時から18時まで。アトリエの見学は展示会開催中の土曜のみ、14時から17時頃まで。

<財団への行き方>
– バルテュス財団へはジュネーブからローザンヌ経由でモントルーへ。モントルーから美しい山中を通るゴールデンパスルートを登山電車(MOB鉄道)で52分でロシニエールに着く。登山鉄道は往復32フランでCFF鉄道(スイス国鉄)駅でもチケットを購入できる。時刻表はCFFサイトに。

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