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スイスの研究者、日本の震源地で地震解明に挑む

Reuters

東日本大震災が発生してから約1年がたった今年4月、若きスイス人の地震学者ミハエル・シュトラッサー教授(35)は東北沖にある震源域の海底調査に乗り出し、3・11と似たような巨大地震がこの地域で過去3回あったことを示す形跡を発見した。

 連邦工科大学チューリヒ校(ETHZ/EPFZ)で地質学を研究するシュトラッサー教授は、こうした海底の堆積物から地震の頻度を予想する研究と並行して、地震発生メカニズムの解明にも長年取り組んでいる。

この研究プロジェクトのうちの一つが、まだ誰も見たことも計測したこともない「地震の源」まで、南海トラフを何千メートルも掘削するという前代未聞の挑戦だ。

海底で見つかった巨大地震の形跡

 今年4月、シュトラッサー教授は、東日本大震災の震源域海底を調査する日独研究チームに加わり、ドイツの海洋調査船「ゾンネ(Sonne)」に乗り込んだ。

 教授が担当したのは、震源域の海面からおよそ1000メートル下にある堆積物を10メートルほど掘り出し、3・11の巨大地震の形跡や、それ以前にも似たような巨大地震が発生したかを調べることだった。

 海底には、何百年もの歳月をかけて、砂や微生物粒子が堆積し、層を成している。ところが、大きな地震が来るたびに、地上にある物質や海底の高層部にある堆積物が、雪崩のように下方へ流れてくる。つまり、地震が起きた後は必ず、特別な堆積物が海底に溜まるので、こうした堆積物の層を調べることにより、今回の地震の影響やこれまでの地震の形跡を見つけることができるというわけだ。

 今回、シュトラッサー教授が日本海溝で採掘した堆積物からは、3・11の巨大地震でできた層が見つかった。さらに、その下の層には今回の地震と非常によく似た層が三つも存在するという衝撃的な発見もあった。これは、4月下旬に行われたオーストリア、ウィーンでの欧州地球科学連合(EGU)の総会で報告されたが、シュトラッサー教授は「この三つの古い層がいつできたものかは、まだ特定できていない。放射性炭素年代測定などを用いて、約半年後には結果が報告できると思う。しかし、今の時点では、どれくらいの頻度でこの震源域で巨大地震が起きているのかはまだ言えない」と語る。

前人未到の「地震の源」へ

 「地震学者なら、誰でもいつかは日本にたどりつく」というシュトラッサー教授は、過去5年間にすでに7回も来日し、日本の地震研究者と数々の調査を手がけてきた。今回の「ゾンネ」での調査とは別に、ほかの大型プロジェクトにも参加している。それは、日本の地球深部探査船「ちきゅう」での南海トラフの海底掘削計画だ。「ちきゅう」は国際的な海洋研究プログラム「統合国際深海堀削計画(IOP)」の主力船で、南海トラフや、現在では東日本大震災の震源地の掘削調査を進めている。

 IOPの研究員として、シュトラッサー教授はこれまで2008年と2010年末に2回、「ちきゅう」に乗り込み、南海トラフの掘削調査に参加した。南海トラフは伊豆半島の駿河湾から九州沖に伸びる非常に活発な活断層で、この海域では過去に大型地震が比較的短い周期で多数発生している。

 このプロジェクトでは、南海トラフにある二つのプレートがぶつかり合う境界点、つまり「地震の源」を掘削し、そこに地震測定装置などを設置することが計画されている。海面から約2キロメートルの深さにあるプレートから、約6キロメートル下にある二つ目のプレートの境目まで掘り進めるという、いまだかつてない挑戦だ。

 現在の地震学では、理論やモデルに基づいて地震を予想したり、地震発生後の揺れなどを測定しているが、地震のサインを計測することはまだできていない。そのためシュトラッサー教授ら研究チームは、南海トラフでのプロジェクトを通して、プレート境界線の温度や圧力を測定することで、地震の前触れをキャッチしたり、震源断層のサンプルを採取して、どういう条件で地震が発生するのかを実際に実験しようと試みている。

 何週間にも及ぶ調査期間中は休日がなく、12時間のシフト交替制と過酷だ。だが、シュトラッサー教授は「ここに参加する学者たちは変わった人が多い。結構楽しんでいるんだ」と明るく笑う。「それに、『ちきゅう』は豪華客船のようにサウナもジャグジーだって揃っているし、快適だ。非常に効率よく働ける」

難しい地震予知

 シュトラッサー教授は東北沖や南海トラフでの調査を通して、地震が起こることをあらかじめ予知し、地震が来ても驚かないようにすることを目標に掲げる。その一方で、「東北沖で地震が起こるのは予期していたが、あれほど巨大なものになるとは誰も予想していなかった。地震はそう頻繁に起きるものではないため、私たちは地震について実はあまり分かっていない」と、地震予知の難しさも吐露する。

 地震予知と言えば、東京大学地震研究所が今年始めに出した、首都直下型地震が4年以内に7割の確率で発生するという試算結果が公表され、世間を騒がせた。これに対しシュトラッサー教授は、「これは私の専門分野というわけではないが」と断りを入れたうえで、独自の見解を語ってくれた。

 「あの予測は、天気予報のように特定のモデルを元に作られたものだ。重要なのは、そのモデルが果たしてどれほど正確なものかという点だ。これとは違うモデルもあるし、東京大学内でもそのモデルの正確さを疑う人もいる。ただ、4年後だろうが10年後だろうが、地震がいつかは起こるという事実に変わりはない。重要なのは、社会や政治が地震に対してどう備えるかだ」

 地震予知を理論上のモデルから、実際の検知に基づいたものへと変えていくため、シュトラッサー教授は研究責任者の一人として今年の秋、再び「ちきゅう」に乗り込み、南海トラフ掘削調査を再開する。日本で得た研究成果は、スイスでも応用していく。「日本とスイスの地震研究を比較するのはとても興味深い。スイスには海はないし、今のところ大きな地震もないが、それでも地震と向き合わなければならないからだ」

「ちきゅう」は地球深部探査センター(JAMSTEC)による日本のライザー掘削方式科学探査船で、国際的な海洋研究プログラム「統合国際深海掘削計画(IODP)」の主力船として、主に日本の海底調査に用いられている。

ドイツの海洋調査船「ゾンネ(Sonne)」が海底から約10m掘削できるのに対し、「ちきゅう」は7000m以上も掘り進むことができる。

完成したのは2005年で、最大乗船人員は200人。

海洋石油掘削で用いられているライザー掘削技術や、従来のライザーレス掘削システムを駆使して、地球深部まで掘削が可能。

地球深部から採取した「コア」と呼ばれる地層のサンプルや、地下に生息する微生物をすぐに分析できる設備などが船上に整っている。

1977年、チューリヒ州キルヒベルク(Kilchberg)に生まれる。

2007年に連邦工科大学チューリヒ校(ETHZ/EPFZ)で地球学科の博士号取得。博士論文ではチューリヒ湖の堆積物から、過去の地震の形跡を調査。その結果、チューリヒ一帯では2000年前、9000年前、1万3000年前に大きな地震があったことが確認された。

2008年から2011年まで、独ブレーメン大学の海洋環境学センター(MARUM)でポスドクとして勤務。

2012年から、連邦工科大学チューリヒ校地球学科で教授を務める傍ら、さまざまな国際的な研究プロジェクトに参加している。

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SWI swissinfo.ch スイス公共放送協会の国際部

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