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愛すべき数学者オイラー、生誕300周年

なぜサッカーボールは5角形と6角形から成っているのかご存知?これもオイラーの公式の賜物 ( 写真提供 : imagepoint )

日本では「ナンバープレイス」としても知られる「数独 ( sudoku )」。考案者はスイスの物理・数学者で、レオンハルト・オイラーという。ちょうど300年前の4月15日にバーゼルで生まれた。

物理や数学に詳しくない人にとっては、オイラーの名前は初耳かもしれない。それでも想像以上に、我々の日常のあちこちで、彼の業績の恩恵を受けている。

 効率的で有名なスイス鉄道の時刻表も、世界最高峰のヨットレースでスイスが優勝したのも、陰にはオイラーの存在がある。

現代の日常生活にも

 「毎日の生活のどこかにオイラーがいます」と語るのはスイス数学学会のペーター・ブーザー氏。この偉大な天才の生誕300周年は、スイスだけではなく世界各地で祝われた。

 オイラーは、一般的な数学理論を用いて現実的な問題に解答を出す能力に長けていた。コンピュータもない18世紀に、これは非常に特殊な技能だったといえる。

 例えば、「ケーニヒスベルク ( Konigsberg ) という街は4つの地区に分かれている。ここを全部歩くためには、1地区を横切るのに、7つある橋を必ず2回渡らなくてはいけない。理由を述べよ」というような問題だ。彼はグラフ理論を用いて答えを導き出し、これは現代では電車の時刻表を作るのに使われている。

 彼が考案した数学公式で今日でも使われているものは、まだまだある。しかも橋の建設、飛行機や船舶のデザイン、情報の暗号化など、分野は多岐に渡る。

スイスを離れる

 オイラーは牧師の息子としてバーゼルに生まれた。当時でもバーゼルは知的水準の高い街であり、この類い稀な才能を持った少年が育つ場所としては最適だった。多くの数学者を生んだベルヌーイ家もここの出身である。

 オイラー青年は、微分・積分法の発展に寄与したヨハン・ベルヌーイ自身から数学の手ほどきをうける。おかげでめきめきと数学の才能を伸ばしたオイラーは、天才の名を欲しいままにしていった。

 1727年、彼の論文がパリの学士院で優秀賞に選ばれ、オイラーの名前が初めて世に出る。テーマは「船にマストを揚げるのに、最も効率的な方法」だった。スイスに海はない。未知のものである海に関わるテーマを選んだオイラー青年は、最優秀賞は逃したものの、第2位になった。

 しかし、同じ年、オイラーはバーゼルの教授職に見事に落ちてしまった。このため彼は故郷を離れ、恩師の息子であるダニエル・ベルヌーイとニコラス・ベルヌーイの後を追ってロシアに渡り、新しく創設されたサンクトペテルブルク科学アカデミーで教職を得た。

 ロシアには1741年まで住んで、その後プロイセン王国のベルリンに移ったが、1766年にまたロシアに戻り、1783年に亡くなるまでそこで精力的に研究を行った。

愛すべき偉人

 オイラーは、幅広い分野で驚くべき数の業績を残した。31歳のときに右目を失明、後には残っていた左目も失明して全盲になったにも関わらず、彼は意欲的に世界を揺るがす論文や著書を発表し続けた。

 亡くなる1783年までヨーロッパ中の学者に手紙を送っていたため、生涯に渡って膨大な数の手紙も残している。著書も多い。しかも現代数学の基礎となるような重要なものを数多く残した。「π ( パイ ) 」など現代人でも馴染み深い数学のシンボルを考案したのもオイラーだ。

 しかし彼の著書の中で最も売れたのは、『ドイツのお姫さまへの手紙』だった。やさしい科学について、プロイセン王国フリードリッヒ2世の姪に宛てて書いたもので、英語をはじめ多くの言語に翻訳された。

 オイラーは偉大な天才だったが、同時に謙虚だった。彼はその才能もさることながら、温和な性格によって人々に広く愛された。「膝には子供、肩には猫、書いているのは不朽の名著」といわれたものだ。

 若い時に離れたきり、スイスには2度と戻らなかったオイラーだが、愛着は失わなかったらしい。バーゼルの数学者の集まりと非公式に連絡を取り合っていたし、喜んでバーゼル訛りで話した。彼の家族がスイスの市民権を保てるよう、気も使っていた。

 生誕300周年を迎え、彼の故郷バーゼルでは、大学図書館で特別展示会や講義、コンクールなどを開催している。

 「全ての人に彼のことを知ってもらいたいと思っています」とオイラー展示会の担当者、フリッツ・ナーゲル教授は語った。「そして皆さんに、『数学はまさかと思ういろんな場所で使われている!』ということを理解してもらいたいのです」

swissinfo 、 ジュリア・スレイター 遊佐 弘美 ( ゆさ ひろみ ) 意訳

キーワード

1870年に始まった世界最高峰のヨットレース、アメリカズ・カップ。2007年4月現在、カップを保持しているのはスイスのチーム・アリンギ(ソシエテ・ノーティーク・デ・ジュネーブ : Société Nautique de Genève)。

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関連情報

‐ オイラーは晩年も精力的に仕事をこなし、亡くなった1783年に数独の基になったマジック・スクエアの論理を発見した。
‐ 旧10フラン ( 約1000円 ) 紙幣にはオイラーの肖像が印刷されていた。

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