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放射性廃棄物処分 スイスで失敗した教訓を日本で生かそう

原子力を推進する反対するにかかわらず、放射性廃棄物を安全に保管するという難題にあらゆる人が直面している。 写真は、2011年3月5日にチューリヒで行われた反原発デモ。
原子力を推進する反対するにかかわらず、放射性廃棄物を安全に保管するという難題にあらゆる人が直面している。 写真は、2011年3月5日にスイスで行われた反原発デモの様子。 Keystone / Steffen Schmidt

「核のごみ」を安全で恒久的に処分することは、原子力生産国が何十年もの間直面してきた課題。今日で福島の原発事故から8年を迎える日本では、放射性廃棄物の地層処分場の候補地だったスイスのヴェレンベルクの実施計画で失敗した経験から得た知見が共有されている。日本における放射性廃棄物の処分場選びの第一歩として、放射性廃棄物処分に関する国民の理解を広めるのに役立っている。

東北地方太平洋地震に伴う津波が福島第一原子力発電所を襲い、冷却システムが破損した事故が発生してから8年が経過した。その福島の原発事故は、原子炉3基が炉心溶融(メルトダウン)し、チェルノブイリと共に歴史上最も深刻な原子力事故となった。

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震災の跡

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この2011年3月11日の福島原発事故を通して、原子力エネルギーに付帯するリスクが再び浮き彫りになった。福島の人と環境への影響はいまだに不明な点があり、事故よりもはるか昔から生じていた放射性廃棄物処理の問題は未解決のままとなっている。放射性廃棄物は、世界で毎年何千トンも発生するが、それをどこに保管すればよいのだろうか。

答えは「地下」と述べるのは、スイス連邦エネルギー省(OFEN外部リンク)の放射性廃棄物処理の専門家で、経済協力開発機構原子力機関(OECD/NEA外部リンク)の「ステークホルダーの信頼構築フォーラム (FSC外部リンク)」で会長を務めるパスカル・ヤナ・キュンツィ氏だ。

「現在、ごみは地表に貯まっている。今後数世紀の間に何が起こるのか分からないので、これは永続的な解決策にはなり得ない。前世紀だけで二つの世界大戦が起きた。廃棄物が地下深部の地層に貯留されるなら、より安全だろう」とキュンツィ氏はスイスインフォに話す。

廃棄物を埋めるスイスの候補エリア3カ所

スイスでは放射性廃棄物の管理はその発生者が責任を負う。それで、原発運営会社がアールガウ州ヴュレンリンゲンに建築した中間貯蔵施設で廃棄物を冷却するため、一時保管する。その一方で、医療、産業および研究からの廃棄物は、スイス政府に処理する責任がある。連邦エネルギー省は、「法により、スイス連邦政府が原則として放射性廃棄物の処分を想定しなければならない」としている。

放射性廃棄物運搬に107機のジャンボジェット

スイスにある五つの原子力発電所では、使用済み核燃料から毎年約70トンの廃棄物が発生する。原発は47年(2019年末に稼働停止予定のミューレベルク原発)から60年(その他の四つの原発)稼働し、放射性廃棄物は計4100トン(9400立方メートル)に上る。

加えて、6万3000立方メートルの低中レベルの放射性廃棄物(例えば、発電所の解体により発生する廃棄物)と、医療、産業および研究分野で発生する2万立方メートルの廃棄物が発生する。これらすべての廃棄物を運搬するには、107機のジャンボジェット「ボーイング747」が必要とされる量だ。

出典:放射性廃棄物管理協同組合「ナグラ」外部リンク

スイスが2008年に開始した地下深部における地層処分場の候補地の選定計画は最近、3段階のプロセスの最終期に入った。現時点では潜在的な場所が3カ所あり、どれもがスイス北部に位置する。これらチューリッヒ州、アールガウ州、トゥールガウ州の地質は、深さ600メートルにある不浸透性オパリナス粘土の岩盤による理想的な地質特性により、確実で恒久的な貯蔵条件だとされる。

スイスの放射性廃棄物処分場候補地
swissinfo.ch

今後10年間で地質学的知識が深まり、各候補地の長所と短所が評価されるだろうとキュンツィ氏は説明する。「目標は、中レベルの放射性廃棄物の貯蔵地と高レベルの放射性廃棄物の貯蔵地、または両レベルを複合した単一の貯蔵地を作ることだ」。現在、フィンランドのオルキルトで建設されている処分場は、世界で唯一の高放射性廃棄物の保管場所となっている。

放射性廃棄物管理協同組合「ナグラ外部リンク」によって提案された貯蔵地は、スイス政府と連邦議会によって承認されなければならない。しかし、最終決定権はスイス国民にある。原子力法の改正が求められる立法上の決定は、国民投票の任意的レファレンダム外部リンク対象となるからだ。

このようなスイスの最終処分場選定プロセスは、まさに日本のようにまだ選定プロセスの初期段階にある国々に興味深い事例となっている。

損なった日本国民の信頼を回復する関与法

昨年11月下旬、経済協力開発機構原子力機関のワークショップ外部リンクが初めて日本で開催され、米国、英国、フランスを含む8カ国からの放射性廃棄物処理の専門家らが出席。スイスからはキュンツィ氏が東京に招待された。「日本は国民や地域の人の関与の仕方について、他国からの経験を学びたいと思っている。貯蔵問題はどの国にとっても難しい課題。意見交換は重要だ」と、キュンツィ氏は述べる。

日本は、まず地層の調査を行い地質学的考察のみに基づいて進められていくスイスの選定プロセスとは異なる手続きをとる。日本政府は「科学的特性マップ外部リンク」に基づいて、地層環境の特性が処分場として相応する地域の地方自治体にさらなる調査の対象となるよう協力を求め、まず候補地を探す。 問題は、福島の原発事故の後、政府や公共機関に対する国民の信頼が大幅に低下したことだと、キュンツィ氏は話す。

経済産業省資源エネルギー庁「科学的特性マップ(2017年7月)」
出典:経済産業省資源エネルギー庁「科学的特性マップ(2017年7月)」

「このため日本の原子力発電環境整備機構(NUMO)外部リンクは、子供向けのインターネットサイトや地層処分模型展示車「ジオ・ミライ号外部リンク」など、特に若い世代を対象とする啓発活動を通じて、さまざまな方法で関心を呼び起こそうとしている。この試みは、スイスや他の国々にも利益をもたらす可能性がある」と説明する。(キュンツィ氏)

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若者に地層処分に関する認識を高めてもらうことを目的としたキャラバンカー「ジオ・ミライ号」 www.numo.or.jp

候補地ニトヴァルデン準州ヴェレンベルクでの失敗

キュンツィ氏は、候補サイトだったヴェレンベルクで失敗した経験外部リンクを日本で紹介した。処分場として選定されたスイス中部のニトヴァルデン準州ヴェレンベルクでは、政府と州と住民の間で10年近く意見の隔たりがあり、州民投票貯蔵地建設は否決された。

キュンツィ氏は「ヴェレンベルク候補地の事例から分かるように、州に拒否権がある場合は解決策につながらない。自分の住む地域に処分場を設置したい人などいない。だから、地下深部の地層処分場に対する拒否権は全国レベルの投票にしかないのだ」と解説する。

ヴェレンベルクの事例から学んだ重要な教訓の一つは、コミュニケーションや権限の所在、プロセスについて「最大限の透明性が必要とされる」という点だとキュンツィ氏は言う。「プロセスの段階や責任を明確に定義しなければならない。直接関係する地方自治体だけでなくその地域全体を含めることも重要だ」

スイスと日本では文化的背景が異なるが、「共通する部分が多い」と資源エネルギー庁の放射性廃棄物対策課外部リンクの引地悠太氏は考える。「我々はスイスの選定プロセスに注目し、日本全国で対話活動を実施して、様々な地域で地層処分に関する知識や理解を深める意見交換を行っている。放射性廃棄物の処分に関心のある地域では、専門家を招いた勉強会、原子力関連施設の見学、学校や大学での出前授業を開催している」

地域会議での市民の声

スイスでは地元の人々は貯蔵サイトの建設に反対することはできないが、建設プロジェクトに関与できることは重要だとクンジキュンツィ氏は主張する。ナグラは、その手始めとして地域会議外部リンクを設立した。この地域会議では、地方自治体、関連団体・組織の代表者、一般市民が、質問をしたり要求を出したりすることができる。例えば、処分場の建物の正確な位置、地域の経済発展、あるいは安全保障の問題についてだと北部レゲルンの地域会議外部リンクの会長ハンスペーター・リエンハルト氏は説明する。

同会議には住民125人が参加する。「原子力エネルギーには支持者と反対者がいる。誰もがこの地域での放射性廃棄物貯蔵を支持しているわけではないが、それが議論の目的ではない。直接関係する人々は、我々が生み出す廃棄物に対して安全な解決策を見つける必要があることを認識している。彼らが処分場の立地後の影響について話し合い、作業の進行状況を監視することは重要である」とリエンハルト氏は言う。

対話は長期に渡ると予想される。スイス連邦政府外部リンクによると、高レベルの放射性廃棄物のための貯蔵地が操業するのは早くても2060年になる。

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