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燃え尽きるスイスの大学生

自分の限界を無視してまで勉強する。しまいには「燃え尽きてしまう」学生がスイスでは増加している Keystone

学生であふれる講義室。学期末には大量の試験。年々厳しさを増す就職活動。さまざまなストレスにさらされるスイスの大学生の間で今、燃え尽きる学生が増加している。

その背景にはここ10年間に行われた大学制度改革はもちろん、家族の在り方など社会の変化もあると専門家は指摘する。

 「大学生の数はここ数年増加しているが、それを考慮してもカウンセリングに訪れる学生が増えている」。ザンクトガレン大学でカウンセラーを務めるマルクス・アンカー牧師は最近、不眠症やうつ症状などストレス症状をかかえた「燃え尽きる」学生が多く相談にやってくると話す。

 「燃え尽き症候群(バーンアウト・シンドローム)」に正式な定義はないが、心理学者のブリギッタ・シュナイダー・クネル氏は次のように説明する。「燃え尽き症候群は病気ではないが、うつ病とよく似ている。原因はストレス。症状としては、段々やる気が起きなくなり、もう何も出来ない気持ちになる。何も楽しいと思えず、不眠症になることもある。几帳面で、自分や周りにかなりの期待をかける人に多い」

 以前は社会人が典型的な例だった。いつでもどこでも仕事ができると思い込み、自分自身に過度な期待をかける。家族は異変に気付くが、本人はそのまま仕事に打ち込む。「そして突然、何も出来なくなる。会議の途中で抜け出し、嘔吐。仕事はもはや出来ず、無力さで心がいっぱいになる」。シュナイダー・クネル氏が挙げる社会人の例は深刻な話だが、同じような症状で燃え尽きてしまう学生は多いと話す。

余裕のない大学制度

 しかしなぜ今、学生にも燃え尽き症候群が広まっているのだろうか?シュナイダー・クネル氏は、ヨーロッパの大学で一斉に導入された大学制度「ボローニャ制度」が原因の一つと指摘する。この制度改革によって、スイスの大学教育は日本のように学士・博士課程に分割され、すべての授業に試験が必須となった。「着実に進級するために、1学期に10から15もの試験をこなす学生がいる。しかし、それは多すぎる」

 スイスの大学では進級や卒業に必須の試験を受ける際、同じ試験に2回落ちてしまうと、その学科を履修できなくなる。落第した学科を国内のほかの大学で学び直すことも禁止されており、試験に関する学生のストレスはかなり強い。

 前出のアンカー牧師もボローニャ制度が学生のストレスの原因になっていると同意する。「在学期間が以前よりもかなり短くなり、同時に内容も濃くなった。特にザンクトガレン大学では学生に高い能力が求められている。アセスメント年と呼ばれる入学後1年目では、学生はかなりのプレッシャーにさらされる。この時期に典型的なストレス症状を発症する学生が多い」

 試験に一度申し込んだら、医者の診断書を提出する以外に棄権する方法がないのも学生のストレスを増幅させているとアンカー氏は推測する。アンカー氏によれば、2011年現在約7000人が在籍するザンクトガレン大学では試験期間に「病欠」する学生は毎回数百人に上り、理由には「精神的疾患」も多いという。ただ、病気になる以外試験を棄権できないため、病気やうつ症状を偽る学生もなかにはいるようだ。

勉強だけできればいい

 これまで学生と接してきて、アンカー氏には気付いたことがある。勉強熱心でキャリア志向、目標に向かってぐんぐん進んでいく学生が最近多いことだ。それには家族の変化が影響しているとアンカー氏は考える。

 「近頃の子どもは小さいころからたくさん習い事をする代わりに、家の手伝いをしなくなった。昔は家にお金があまりなかったり、家族が大きかったりしたから、子どもが家の手伝いをするのは当たり前だった。だが今では、親も『おまえが学校で良い成績を取ることが大事だ』と子供に言い聞かせる」

 こうして多くの子どもは家庭で責任を持たされることもなく、自分で問題解決をする必要もなく育つ。そのため大学生になって初めて困難にぶつかったり、就職活動でつまづく若者が増えている。

 結局「今の若者は勉強以外に自信をつける機会がなくなっている。勉強以外にもできることはあるのに、それをさせてもらえない。自分に自信をつける機会が家庭で減っている」とアンカー氏は話す。

燃え尽きそうになったら

 勉強を頑張ろうとしても、疲れ果ててもう出来ない。そんな燃え尽き症候群を防ぐにはどんな方法があるのだろうか?

 アンカー氏は、学業にはストレスはつきものとまず認識することが第一歩だと言う。そして自分の限界を見極めることが重要だと付け加える。「例えば、1日6時間から8時間は集中できるけれど、それ以上はしないと自分自身に言い聞かせることが大切。自分に過度な期待をかけるのは禁物だ」

 また、「学生の時間管理は大切だ」と話すのは、ベルン高等教育機関カウンセリングセンター(Beratungsstelle der Berner Hochschulen)のサンドロ・ヴィッチーニ所長だ。このセンターでは時間管理を学ぶワークショップを開いたり、リラックスできるオーディオファイルなどを提供し、学生のストレス軽減に努めている。

 心理学者のシュナイダー・クネル氏は、もうどうしようもないときは病院に入院するのが唯一の方法という。だが、まだ予防できる段階であれば、「1学期休みを取って、ほかの学科に移るのはどうか、将来はどうしたいか、じっくり考えてみてもいい。休みがチャンスになるかもしれない」と提案する。

連邦経済省経済管轄局(SECO)の統計によれば、ストレスが理由の休職がスイス経済に与える損失は1年間で42億フラン(約3400億円)と推定される。

主治医を訪れる人の9割以上はストレスが原因の疾患を訴える。また、学業や仕事を休む若者も増加している。

燃え尽き症候群は極度のストレスが原因として起こる。ただし、ストレスが常に燃え尽き症候群を引き起こすわけではない。

正式な定義はないが、「疲れ切った感覚」が燃え尽き症候群の典型的な症状だと、これまでの研究で証明されている。

連邦経済省経済管轄局は2010年、仕事をする中で疲れ果てたと感じるかどうか、1000人を対象に調査。21%が「どちらかといえば当てはまる」と答え、4%が「非常に当てはまる」と答えた。

この4%の人たちは病院でケアを受けなければならないほどの重症だと推測される。

心理学者ブリギッタ・シュナイダー・クネル氏は、燃え尽き症候群予防には以下の六つの点に気をつける必要があると言う。

・健康状態(睡眠、休息、バランスのとれた食事)

・感情の落ち着き(自分の殻に閉じこもらずに人と話す、体調の変化に気を付ける)

・現実的な自己評価(自分の人生は正しい方向に進んでいるか?)

・専門的な知識(仕事に必要なスキルを磨く)

・社交性

・人脈

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SWI swissinfo.ch スイス公共放送協会の国際部

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