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スイスオルゴールの不思議な力

オルゴールの豊かな音色で心も体もリラックス swissinfo.ch

きりきりとネジを巻くと、小さな箱からやさしい音がこぼれ出る。幼いころ、オルゴールに耳を傾けた人は少なくないだろう。スイス北西部はその昔、オルゴール作りで有名だった。その伝統の灯は今も確かに守られている。そしてまた、スイスで、日本で、人々の心や体の疲れを癒している。

 真新しいトリートメントルーム。真ん中に置かれた施術用ベッドが空間のほぼ全体を占めている。ヴォー州モントルーにある高級総合クリニック、ラ・プレリー(La Prairie)は、ウェルネスセンターにオルゴールを数台用意し、希望があればトリートメント時に鳴らしている。

 「オルゴールを聞きたがる顧客が毎日いるわけではありませんが、ラ・プレリーでオルゴールを聞けることは皆さんすでにご存じですし、人気もあります。心を癒してくれるからでしょう」。PR・イベント・コーディネーターのアリアンヌ・レポン・プリエトさんが言う。ここにあるオルゴールはすべて、スイス北西部の山村サントクロワ(Sainte-Croix)のオルゴール製造会社リュージュ(Reuge)のものだ。

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スイスで孤軍奮闘

 オルゴールを作り続けて150年。リュージュは精密機器が盛んなスイスで栄枯盛衰の波を潜り抜け、すべてを自社製造するオルゴール製造会社としては現在世界で唯一となった。品質の高さも群を抜く。それに比例して価格も250フランから20万フラン(約3万円から2300万円)と高額だ。

 「伝統的な木製の箱に、エーデルワイスのメロディー。以前は、それがオルゴールだった。しかし、私はもっと幅広い顧客にオルゴールを知ってもらいたいと思っている」。そう話すのは、リュージュのクルト・クッパー最高経営責任者(CEO)。6年前に就任してから精力的にパートナー企業を探し、伝統あるオルゴールの価値を最大限に引き出す努力を続けている。現在は販売の55%が企業や政府からの特注だ。コンセプトから話し合い、目的や企業に合ったオルゴール作りを心掛ける。伝統的なオルゴールの他、メロディに映画のサントラ盤を使ったり、ヨットや宇宙船といったデザインを取り入れたりと、高級路線ながらも幅広い顧客の獲得に腐心する。ラ・プレリーとの提携もその一つだ。

 そんなリュージュにとって最も重要な市場はアジア。特に日本の存在は以前から大きいとクッパーCEOは言う。

1796年、ジュネーブの時計職人アントワーヌ・ファーブルが音楽を鳴らすからくりを発明。

1815年、フランソワ・ルクルトが1枚の鋼板でオルゴールの櫛歯を作る。

1865年、シャルル・リュージュがヴォー州サント・クロワ(Sainte-Croix)にオルゴール付き懐中時計の店を構える。

1875~1896年、スイス北西部でオルゴール製造が全盛期を迎え、約30社が19世紀後半のスイスの輸出を大きく支えた。

エジソンのレコード発明、第1次世界大戦、1920年代末の経済危機で、オルゴール製造業界は壊滅的な打撃を受ける。

第2次世界大戦後、在欧米軍兵士が土産用にオルゴールを買い求め、製造が復活。

1950年代半ば、業界は再び繁栄するが、日本企業が小型製品の大量生産を開始し、約30社あったスイス企業と競合。

1970年代半ばに売り上げが急落し、製造企業が激減。

そんな中、リュージュ(Reuge)は複数の企業を買い取り、地域最大の企業に成長。その後もリストラを乗り越え、オルゴール、シンギングバード、懐中時計の高級品を作る世界唯一の企業として確立。

スイスではこの他、アールガウ州やベルン州でもオルゴールが作られていた。

(出典:リュージュ、ソロトゥルン州ゼーヴェン自動演奏楽器博物館など)

日本に渡り・・・

 「スイスではこの40年間でオルゴール製造会社が統廃合され、リュージュだけが残った。良い会社が残ったこと、しかも素晴らしい音色を作ってくれることに感謝している」とスイスインフォの電話インタビューで語るのは、佐伯吉捷(よしかつ)さん。リュージュ社のオルゴールを専門に扱う佐伯貿易株式会社の創業者であり、日本オルゴール療法研究所の所長でもある。

 佐伯さんは40年前に初めてリュージュのオルゴールの音色を聞き、今までに経験したことのない感動を覚えたと言う。そして、「この音色を大勢の人に伝えよう」と全国各地でオルゴールコンサートを開くようになる。そのうち佐伯さんの元に、オルゴールを聞いて耳鳴りが治ったり、血圧が安定したという声が届き始めた。驚いた佐伯さんは、オルゴールの音色の研究を始めた。

 この時、佐伯さんに協力した大阪大学産業科学研究所の奥田良行さんは、スイスインフォとのEメールのやりとりで次のように当時を振り返る。「今はデータを持っていないが、オルゴールから発生する音の周波数を無響室を利用して分析したところ、相当に低い周波数から高い周波数の音まで発生していることが分かった」

 佐伯さんはこの分析を行う前、人の耳に聞こえない高周波と低周波を含む音楽が脳幹部の血流を促進するという、旧文部省と京都大学の研究結果を新聞で読んでいた。そのため、奥田さんとの研究の結果、「72弁以上のオルゴールから出るこの周波数が脳の中枢部を刺激して血流を改善し、自然治癒力を高め、ひいては自律神経を正常化する」と考えた。現在、この理論を用いてうつや耳鳴りなどで悩む人にセラピーを行う場を提供する傍ら、オルゴールの効果に関する研究を続けている。

療法として

 日本オルゴール療法研究所ではセラピー用のオルゴールをリュージュに特注しており、クッパーCEOもこの療法のことは知っている。だが、リュージュにとってオルゴール療法はオルゴールの利用法の一つであり、それがすべてではない。「ただ、オルゴールの音色は確かに感情に働きかける。何の心配もなかった子どものころを思い出させたり、常に忙しくなるばかりの日常で心を落ち着かせたりしてくれる」とも話す。

 製造地であるスイスでは、オルゴールはクリニック・ラ・プレリーのようにウェルネス分野でBGMとして利用されているに過ぎない。一方日本では、佐伯さんによるとすでに八つの病院がオルゴール療法を取り入れた治療を行っている。

 千葉県我孫子市にある、「ほしの脳神経クリニック」はその一つ。星野茂院長はもともと薬や西洋医学に頼らない治療法に関心を持っており、運動療法を取り入れていた。2011年にオルゴール療法を知ると、即座に導入。ヒノキでできた特製のベッドで1時間、患者にオルゴールを聞いてもらっている。データは取っていないが、これまでに約100人が治療を受けたと推測する。その半数は、雑誌や書籍でオルゴール療法を知り、自ら試しに来た人だった。

 星野院長自身は、うつや認知症の患者にこの療法を勧めているが、オルゴール療法を中心に据えているわけではない。全体的には「効果はさまざま。他で何をやっても治らず、オルゴール療法をやってみようという人が多い」と語る。

 クリニックにいる3人のセラピストの1人、高橋美輪さんは「リラクゼーション効果があることは知っていましたが、オルゴールを聞いただけで本当に病気が治るものなのか、初めは半信半疑でした」と電話インタビューで話す。「でも、耳鳴りや不眠などには効果が現れやすく、夜眠れないので元気がなく病人のようだった人が何回かセラピーを受けて良くなり、喜んでいるのを見るとやりがいを感じます」。ただし、個人差があるため、1回である程度の効果が出る人もいれば、なかなか出ない人もいる。「1回きりで止めるか、リピーターになるかのどちらかが多いですね」

日本オルゴール療法研究所によると、大阪大学産業科学研究所との合同研究で、72弁以上のオルゴールには3.75ヘルツ(Hz)の低周波から10万Hzを超える高周波まで存在していることが分かった。

この幅広い周波数が脳の中枢部に直接作用し、血流を促進する。これにより自律神経が正常に機能するようになり、自然治癒力が高まって不調が改善されるという理論。

オルゴールは、内部で櫛歯がはじかれて音を出す。セラピーではこの「生演奏」を聞いたり、その振動を感じ取ったりする。「1日3時間以上聞くとよい」と佐伯さん。

日本オルゴール療法研究所と提携している八つの病院やセラピールームの他、老人ホームなどでも根本治療としてオルゴール療法が利用されている。また、胎教、情緒教育、終末期、予防医学でも効果が出ているという。

2014年には「響きと生命科学の国際療法センター」を開設する予定。

(出典:日本オルゴール療法研究所)

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