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白と黒の世界、無限に

ソフィー・イムホフ ( Sophie Im Hoff, 1814~? ) の切り紙作品、ブルジョワ階級の家庭の団欒のひと時、楽器を演奏するする人、手芸をする人、そして切り紙をする少女もいる. Château de Prangins

「スイス切り紙細工の友協会」の創立20年を記念して、ヴォー州プランジャン( Prangins ) 村のスイス国立博物館・シャトー・ドゥ・プランジャン ( Château de Prangins ) で「切り紙細工展−伝統と現代」が開催されている。

過去と現代の作品が総合的に展示され、白黒の世界の無限の可能性を見せる、見事な展覧会である。

「スイス切り紙細工の友協会」が開催するコンクールで選ばれたスイスの現代作家のもの160点と、過去の歴史をたどる70点が一堂に並ぶ同展は、「スイスの切り紙細工の世界」を総合的に見せてくれる。紙とはさみとナイフという限られた手段を逆手に取り、限られているからこそ追求できる白黒の無限の表現方法に挑戦する。

切り紙細工の歴史

 もともと切り紙細工は中国のもの。それがインドネシアやバルカン半島を通って17世紀にヨーロッパに伝えられた。スイスで一番古いものは、1696年のボーン・シュテッテン家で発見されたレースのような繊細な切り紙。当時、切り紙は手紙に飾りとして添えたり、食卓の飾りなどに使っていた。

 その後18世紀には、フリーブール州の修道院などで、尼僧が瞑想の手段として静かに紙を切り、できたものを水彩で描かれた聖人の周りを飾る額縁にしていた。

 一方、18世紀の半ば、ヨーロッパでは、人物をシルエットで黒く描く絵画が流行し、その影響で黒い紙を切ってシルエットにし始めた。この頃から切り紙は、装飾から人物表現に移行するようである。

 19世紀の初め、スイスでは良家の子女の間でこの切り紙細工が流行した。楽器を弾くことと同様の一つのたしなみであった。イム・ホフ家のソフィーが残した切り絵は、19世紀のスイスのブルジョワ階級の家庭の団欒を劇の一場面のようにシャープな線で表現している。楽器を弾く兄弟の傍らで、熱心に切り紙をしている少女はソフィー本人であろうか。

スイス切り紙細工の父

 こうしたブルジョワ階級での切り紙細工の流行は、農村部にも浸透していき、特にベルン州やヴォー州のル・ペイ・ダンオー地方で盛んに行われる。スイスの切り紙細工の父ともいうべき人物、ヨハン・ヤコブ・ハウスビルトゥ ( 1809−1871 ) はこのル・ペイ・ダンオー地方の出身である。

 彼は、伝説的人物。どうやってあの大きな指をはさみの穴に入れていたのかと思う程大柄で、赤貧を洗うごとく貧しかった。紙を買うお金も無く、後半生、色のついた紙を使い出すのは、人からお菓子や飴の包み紙をもらって使ったからだという。

 しかし彼こそ、スイスの切り紙細工の典型的絵柄、左右対称で、木、牛、子供、祭りなど、いわば理想化されたスイスの山の生活のモチーフを完成させた作家である。彼の作ったものはしばしば聖書に挟むしおりとして使われていたという。

現代

 「スイス切り紙細工の友協会は、20年前ベルンで創立されました。以来会員は増え続け、今500人のメンバーがいます」と会長のフェリシタ・オーラー・ヴァイス氏が語るように、現代の切り絵細工は発展を遂げ、ハウスビルトゥが完成した伝統的モチーフから離れ、限定された白黒の世界での可能な限りの表現方法を追求している。 

 エルンスト・オプリンゲールは、地平線のかなたにまで続くシマウマの群れを表現する。シマウマの白黒の線が、各々重ならないお陰で、1頭ずつが独立して描かれている。その技法は神業に近い。

 その横に、大きな木の枝を「葉脈」のように何万もの線で描くソニア・ズブリンの作品が並ぶ。「この作品を完成するのに、ソニアは300時間かけたそうです」と今回の展覧会開催者ヘレン・ビエリ・トンプソン氏。紙を切って作ったとは思われないその繊細な線と複雑な形。

 大別すれば、黒い紙を切る場合、ハウスビルトゥの伝統モチーフのように形全体を黒く浮かび上がらせるように切り抜く手法と、黒い線が形の輪郭を成す場合があるようだ。ズブリンの作品はこの後者の例。 

 「私の知っている作家、バルバラ・シーラーは看護婦で、朝6時から10時まで紙切り細工をしてから仕事に出かけます」とオーラー・ヴァイス氏。会員の中にはプロとしてこれで生計を立てる人もかなりいるらしい。ちなみに、今回の展示品も買うことができるという。あなたも、この白黒の繊細な世界をまず鑑賞し、そして手に入れてみては。

swissinfo、 里信邦子 ( さとのぶ くにこ ) シャトー・ドゥ・プランジャンにて

「切り紙細工展−伝統と現代」は2006年11月18日から2007年2月25日まで。
会館時間:11時〜17時 ( 月曜閉館 )
入場料:7フラン ( 子供無料 )
住所:Château de Prangins( シャトー・ドゥ・プランジャン)、1197 Prangins
交通手段:車でレマン湖畔をジュネーブ方向に行くとニヨン ( Nyon )の手前にシャトー・ドゥ・プランジャン ( Château de Prangins ) の駐車場が湖側にある。または、ニヨン 駅からタクシーかバス ( Prangins village 下車 )
家族で切り絵細工のクリスマスカードを作るアトリエ、 2006年11月26日、12月3日、12月10日。
数人の切り紙細工作家によるデモンストレーション、2007年2月4日、13時30分〜17時。

ヴォー州プランジャン( Prangins ) 村のスイス国立博物館・シャトー・ドゥ・プランジャン ( Château de Prangins )は、チューリヒのスイス国立博物館のフランス語圏支部の形を取り、主にスイスの18、19世紀の生活を、文化的、政治的、経済的、社会的側面から総合的に理解できるような常設展を行っている。18世紀に建てられた華奢な城の様式と、この時代の果物と野菜を集めて栽培している菜園も訪れる価値のあるもの。ジュネーブとローザンヌの間に位置する。

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SWI swissinfo.ch スイス公共放送協会の国際部

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