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日本の住民投票、ほんとうに力のある道具なのか?

元米兵による女性殺害事件に抗議して開かれた19日の沖縄の県民大会には、約6万5千人が集まり、悲しみや怒りを訴えながら、同時に在沖海兵隊の撤退や辺野古新基地建設反対などを再確認した。沖縄では20年前の1996年、米軍基地縮小を問う県民投票を行っている Keystone

住民が自治体の政策に対し、自分たちの意思を示す住民投票。この直接民主制の形を使って東北電力の原発設置に「ノー」を突きつけた町がある。新潟県の旧巻町だ。この投票が行われた1996年は、沖縄で米軍基地縮小に関する投票も行われ、住民が直接請求で投票を要求した「夜明け」であり、そのため「住民投票元年」と呼ばれる。だがその後、住民投票は日本でどう展開しているのだろうか?スイスの直接民主制を推進するスイスインフォの特集の一環として、この直接民主制の形を調べてみた。

 日本の住民投票の歴史はそれほど長くない。わずか35年前に始まった。1979年、東京立川市の住民が、米軍跡地利用に関し連署を添えて投票の直接請求運動を起こした。議会で否決されたものの、これが住民投票への直接請求の第一号になった。

 次に1982年、原発建設に反対する高知県窪川町が町長提案で住民投票を考えたが、四国電力が建設を断念したため行われていない。だが、住民投票を規定する「住民投票条例」を町長が始めて作成している。これはその後、住民投票条例を住民が作成し投票を行った、冒頭の旧巻町に大きな影響を与えている。

 しかし、原発建設反対という、国の政策といわれる問題で勝利した巻町の住民投票は、輝かしくは見えるが、実は住民側の長期戦と多くの偶然から生まれた「奇跡の実例」だった。なぜなら、住民投票に至るまでには、たくさんの難関を突破しなくてはならないからだ。

 まず、かなりハードルの高い有権者の2%の署名を集め、住民投票条例案を自ら作成し、それを町長や町議会に提出する。だが、住民投票条例は議会でほぼすべてが否決されている(巻町の場合、偶然が重なって議員の一票が賛成に回ったため可決された)。

 さらにこうした難関を突破して投票までこぎつけ、過半数の賛成で可決されたとしても、提案は町議会や首長にとっての単なる「一つの参考」ないしは「反映させるもの」とされており、法的拘束力はない。これだけの努力をしてもだ。

 こうした、絶望的に見える住民投票だが、「やはり優れた、政治への住民参加の形だ」と語る南山大学大学院法務研究科の榊原秀訓(ひでのり)教授に、話を聞いた。

swissinfo.ch : 巻町の住民投票をどうとらえていますか?

榊原秀訓 : 福島原発事故以降まったく状況は違ってきていますが、当時原発設置に関しては、首長と議会の同意を得れば住民の意見は一日のヒヤリングだけでほぼ終わり。住民側と議会側の意見が違っていても交付金が自治体にプラスになると政治家側が思うとそれで終わりの現状。政府のほうも法律を改正するようなこともなかったのです。

一番大きいのは、原発に関する参加手続きというものがほとんどないことと、住民の多くが反対していてもそれを議会に反映する仕組みもないことです。つまり議会で重要な政策を決める際に、住民の意見をじっくりと時間をかけて聞くという場がない。こうした中で、自分たちの地域にとって重要なものは、自分たちで決めたいというのが「住民投票」の理念であり、この理念が前面に出てきたのが巻町だと思います。

swissinfo.ch : 住民の意見が十分に反映されない当時、巻町の住民投票は画期的だったということでしょうか?

榊原 : 1996年が「住民投票元年」と呼ばれたのは、沖縄で米軍基地縮小の賛否を問う県民投票も行われたからです。米軍基地縮小は、国の外交に関わるので沖縄がいくら声を上げても国はそれをほとんど聞かない。そこで、沖縄県知事とか県議会ではなく、沖縄の住民が反対意見を持っていて、問題をなんとか解決して欲しいということで声を上げたのです。

そう考えると、住民投票は政治的交渉を後押しするという意味もある。巻町も沖縄も、受け入れの決定権は自分たちにはない。だから何らかの交渉が必要になって、それを政治的に後押しする。

迷惑施設を国から押し付けられる場合も多く、他にも、廃棄物処理施設などの迷惑施設の建設が計画されているのに、自分たちにはそれを拒否する権限がないことがある。それで、迷惑だという主張を正当化する、ないしは国に働きかける、ないしは市が県に交渉するなど、そういう意味合いで住民投票をやる。半分ぐらいはこうしたもので、残り半分はトップが明確な判断を出さない場合に住民投票を考えています。

こうした中で、巻町の住民投票が特に注目されたのは、きちんと住民投票条例を作って、住民投票を行ったからです。条例がないとどこまで正式にやったかがはっきりしませんから。ですから皆が「住民投票のスタート」として、巻町を考えています。

そして、この住民投票条例の中で、「町長は、(中略)巻原発の建設に関する事務の執行に当たり、地方自治の本旨にもとづき住民投票における有効投票の賛否いずれか過半数の意志を尊重しなければならない」(3条2項)と規定して、尊重義務をしっかりと述べていることも注目すべき点です。

swissinfo.ch : 住民投票条例ですが、法律の専門家ではない住民がこうした条例を作るのは大変だと思います。条例を作るための教育などが、例えば高校の授業などで行われていますか?

榊原 : いえ、そんな教育はまったく行われていないと思います。

住民投票条例は、巻町以前に作られていて、高知県の窪川町が原発設置反対で町長提案で作ったのが全国初です。条例を作ることは、条例を使うというよりその作成によって原発を建てる側が慎重になることを期待する「政治的道具」という面もあります。結局、窪川町では、四国電力が建設を断念したので、住民投票は行われていません。

このように、政治への参加の仕組みに何かないかと考えたとき、どうも他の自治体でこのような政治的道具を作ったらしいと聞いて、自分の自治体でも使えるのではないかというので見つけてくる人がいる。当時は紙媒体ですが。

もちろん、初めに作ったときは法律に詳しい研究者たちも協力して作っているんですよね。その後、幾つかの条例が出てくるとほぼパターン化するので、条例に何を定めたらいいかといった骨格はほぼ一緒ですから、そういうのを見ながら作るという状況です。

swissinfo.ch : 巻町の住民投票条例には尊重義務が明記されており、それは素晴らしいことです。しかし、住民投票が住民の大きな努力の末に可決されても、それを首長や議会は行政へ「反映する」、ないしは「尊重する」だけです。可決に従うような制度を作る方向に、地方自治法が改正されることはないのでしょうか?

榊原 : 「なぜ反映にとどまるか」、「なんで法制度にしないのか」という疑問への答えですが、まず住民投票で結果が出ればそれに従うような法制度を作る可能性があるかというと、ほぼその可能性はゼロです。

少しだけ可能性があったのは、民主党政権時代です。この時代に、地方自治法を改正するということが考えられていました。それは住民投票を広く使うというものではなく、実際に住民投票条例を作って、幾つか住民投票が行われているような大規模施設に限って、法律上必ず住民投票をやるという「大規模施設設置に関する住民投票案」の提案です。

大規模施設は大型なので、財政的に将来負担がかかる。そのため本当に作る必要があるのか考えるべきという問題があるからです。

ところが、この提案でさえ反対が強く、住民投票に任せたくない、あるいは住民をそんなに信用できないということで、結局見送りです。ですから、他の分野で法律によって最終的な決定を行うような住民投票をするという風には多分ならない。大きな政権交代とか、何かが大きく変わらない限りはあり得ないですね。

つまり、地方自治法の改正もないし、新しい「住民投票法」といった法律もできないということです。

swissinfo.ch : できないことの根本原因は何でしょうか?

榊原 : 住民に対する不信なり、議員としての特権というか。選挙で選ばれた議員は、自分たちが住民を代表しているので、住民投票に限らずいろいろな住民参加制度自体、いらないと考えているからです。

では、彼らが本当に住民を代表しているかというと、それはまったく別の話で、議員として一生懸命やるから任せてほしいというより、手かせ足かせなく自由にやりたいという部分が大きいと思います。

だから、議会自体をどう変えるかということも当然大きな課題になっていて、議会改革も今進行中です。「議会基本条例」という条例を半分近くの自治体が作っていて、議員や議会をもっと活性化しなくてはいけないという改革が進行しています。こちらのほうが、多分進むだろうと思います。

具体的に言うと、議会改革の一つの方向は、住民の意見を聞くということです。今議会でこういうことをやっているという説明を自治体内の幾つかの地域でして、住民から「こういう政策を取り上げたらどうですか」というのを聞いてきて、まじめに議会の中でスクリーニングし、必要なものだけさらに検討する。市のトップはトップでいろいろ住民から聞いているので、市のほうで案を作るし、議会のほうではそれとは違う政策をいろいろ検討して、意見をぶつけ合う。これが、理想として描いている改革です。

まとめると、住民投票を行う一つの背景は、住民の意見が議会に反映されてないからで、またもう一つの背景は、議員が結局何もしていないということがある。だったら議会のほうを変えないといけないだろうと。まあ、議会を飛ばして住民投票で決めるというのが一つの方向であるとすると、住民と議会のところを近づけるのも一つの方向としてあり得る。

研究者としては、要するにいろんな方向を考えればいいわけで、住民投票のような直接的参加もあるし、しかしすべてのことを住民投票で決めることは当然あり得ないので、では、議会を強くしていくとか、住民投票以外の参加のルートというものを考えていくとか、「それぞれを考えましょうよ」というのが、多分多くの研究者の考えだと思います。

swissinfo.ch : もう一度住民投票に戻ると、「直接的参加としての住民投票」ということですが、投票の結果が「反映」、「尊重」としてしか扱われない場合、実際にやる意義はあるのでしょうか?

榊原 : もう一度確認すると、住民がどう考えようと最終的には、トップが権限を持っていて、自治体が作成する条例で国の法律を改正することはできない。法上の上下関係があり、法律が上で条例が下なので、下の条例でそれより上にある法律の規定をかえることはできない。だから、条例で拘束力は持たせられない故に、「尊重する」ないしは「反映させる」ことしかできないのだということです。

だけど現実的には、法的拘束力がないから結果を無視できるかというと、政治的には多分そうはできない。やはり過半数の人が反対しているわけですから。それに、へたするとリコールされてしまうわけですから。

みんながダメだと言っているのに、オーケーだと言ったときにずっと市長や議員でいられるかといったら、そうではない。「だったら今度は首長をリコールする」とか、「議会を解散する」という風になる可能性もあるので、事実上は「尊重する」という風になりますね。

しかし、実際には結果に従わない人もいました。例えば、沖縄の名護市で「辺野古に米軍基地を作りそこへ米海兵隊を常駐させる計画」について住民投票をやった。結果は、「受け入れない」側が勝ったのですが、「受け入れます」という対応を市長がして、その代わり責任とって辞めると言いました。辞任なんですが、これは、住民投票の結果を無視しているので、そのまま続けられていたかというと、なかなか難しかったと思いますね。

だから、政治的には「従わないことは相当難しい」ということです。

swissinfo.ch : では、住民投票も力がないわけではないと?

榊原 : いえむしろ、圧倒的に力があると思います。

圧倒的に力があるからこそ、首長などが自分の政策を推進して、反対派が「いや、それおかしいから住民投票でやろうよ」って言ったときに、もし反対が多数になると事実上推し進めることができなくなるので、住民投票条例を作りたくない、あるいは作っても投票した後に開票していないところがあるほどです。

これは、投票率が50%以下のときは開票しないという条例をわざわざ作って、投票に行かないようなキャンペーン(運動)を張るんですよ。これは、本当は住民投票条例を作るのに反対なんだけれども、反対と言い続けると政治的にまずくて、へたをするとリコールされたり、されなくてもずーっと批判され続けたりするので形だけはやるというものです。

それともう一つ、住民投票は、巻町以降に市町村合併のためにたくさん行われたため、これを初期のように、単に知識のレベルで知っているというより、経験として知っているという人たちが爆発的に増えています。

ですから、地元にとってなんか重要なものがあれば、住民投票条例を作って住民投票をやって決めることのほうがいいのではないかと思っている人たちが、現在たくさんいると思います。

榊原秀訓(ひでのり)教授略歴

1982年、名古屋大学法学部卒業。

1987年、名古屋大学大学院法学研究科博士後期課程満期退学。

その後、名古屋大学法学部助手、鹿児島大学法文学部助教授、名古屋経済大学法学部助教授、同教授。

2004年、南山大学法学部教授

2006年、同大学院法務研究科教授(2016年6月現在)

主要著書・論文

「巻町原発住民投票と住民参加」法学セミナー503号(1996年)

『住民参加のシステム改革』(日本評論社、2003年)(共著)

「行政の市場化・契約化と新自由主義」法の科学39号(2008年)

「議会外の行政統制」公法研究72号(2010年)

『討議デモクラシーの挑戦―ミニ・パブリックスが拓く新しい政治』(岩波書店、2012年)(共著)

「自治体の総合計画策定における参加制度と議会」南山法学37巻1・2号(2014年)

『アクチュアル行政法(第2版)』(法律文化社、2015年)(共著)

『地方自治の危機と法―ポピュリズム・行政民間化・地方分権改革の脅威』(自治体研究社、2016年)

など、多数

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