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現代人は睡眠不足

睡眠は人間に欠かせない。眠った翌日には心も体も回復し、経験したことが頭の中で整理される Keystone

不眠はよくある悩みのタネだ。人は深く眠ることで活力を取り戻すが、睡眠不足は病気やうつ病のもとになる。睡眠は人間が生きていく上で欠かせないものだが、睡眠不足の現代人は増える一方だ。この傾向は健康上だけでなく経済上にも大きなリスクをはらんでいる。

 「疲れ切った社会」「万年時差ボケ」「不眠という流行病」といった表現がメディアで頻繁に使われようになった。実際、人間の睡眠時間は短くなり、眠りの質も悪化する傾向にある。2014年末にバーゼル大学、チューリヒ大学及び連邦環境省環境局が発表した調査報告書外部リンクによると、スイス人の平日の睡眠時間は平均7時間30分。これは30年前と比べると40分も短い値だ。さらにアンケート回答者の4分の1が睡眠の質は「普通、または悪い」と回答している。

 報告書では、こういった現象の背景には「常にスイッチオンの社会」があると説明されている。いつでも連絡が取れる状態を可能にするスマートフォン、タブレットなどのデジタル端末やパソコンの普及、職場環境の変化、深夜のソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)の利用などがその一因だ。

 「本来、自分にどれくらいの睡眠が必要か感覚的に分かるものだ。ところが、睡眠不足が体に悪影響を及ぼす可能性があることを知らない人が大勢いる」と、バーゼル大学の時間生物学者・睡眠研究者であるクリスティアン・カヨッヘンさんは言う。「『睡眠衛生』についても人々は知っておくべきだが、多くの人はこの言葉すら聞いたことがない」

 専門家たちの間では、睡眠衛生はいわゆる「祖母の習慣」として認識されている。それは、夕方以降はカフェインを含む飲み物を飲まない、寝室の光源は最小限に抑える、いつも決まった時間に就寝するなど、安眠するための基本的なルールのことだ。

謎が多い「睡眠」

 そもそもなぜ人は眠るのか。科学者たちは未だに解明できていないが、ただ分かっているのは、人間には睡眠が必要だということだ。人は夜眠ることで心身ともにリフレッシュし、明日への活力を養う。また、睡眠は一日の出来事を処理する手助けにもなる。「昼行性の生き物である人間にとって、睡眠は生物学的に定められたリズムだ」とカヨッヘンさんは言う。

 睡眠時間は人によって様々で、短時間で十分な人もいれば長時間眠る人もいるが、やはりリミットはあるという。「平均的な睡眠時間を取る人(スイスで7.5時間)が1日6時間の睡眠を2週間以上続けると睡眠不足になる。これは24時間眠らなかった時と同じ状態という研究結果が出ている」とカヨッヘンさん。また、睡眠時間が短いのには慣れていると言う人は、単に睡眠不足に気づいていないケースが大半だという。

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冬眠

 アンケート回答者の4割が「冬は睡眠時間が通常より少し長い」と答えている。しかし人間には「冬モード」は存在しない、とカヨッヘンさんは言う。「昔は暗くなればいつか寝るしかなかったが、今では電気のおかげで夜を昼に変えることができる。確かに便利ではあるが、デメリットもある。そのため人間が本来持っているリズムが無視され、健康に悪影響が出る恐れがある」

 それでは人間も動物を見習ってハリネズミやマーモットのように冬眠したり、クマのように冬ごもりしたりするべきなのだろうか?「人間にそのような芸当はできない。肉体的に不可能だ」と、ベルンにあるデールヘルツリ動物園のベルント・シルドガー園長は説明する。「欧州北部に生息するクマは3、4カ月冬ごもりをし、その間、食物や水は一切摂取しない。人間にはとても無理な話だ」

 人間の体にとって良いのは、やみくもに目標を追いつづけないようにすることだと、シルドガー園長は言う。「冬眠は解決策にならない。24時間ノンストップで活動を続けるのは人間の肉体と精神に合わないということを現代人は改めて認識するべきだ」。ちなみにシルドガーさんは、しっかり睡眠時間を取っているという。

睡眠不足は安全上の問題

 実際に、睡眠不足は能率、判断力、集中力に悪影響を及ぼす。「疲れている人は反応が遅く、安全上リスクがあることが反射能力テストで分かっている」とカヨッヘンさんは説明する。「能力的には血中アルコール濃度が1リットル中0.1ミリグラムの人と同じだ。こういった人はマイクロスリープ(微小睡眠)に陥る危険性がある。車の運転時に本人の自覚なしに数秒間の睡眠状態に陥ると、致命的な事故を招きかねない。息を吐いてアルコール濃度調べる検査器のように、運転手の眠気を調べるテストがあればよいのだが」

 また、睡眠不足だと間違った判断を下すリスクも高くなるという。世界の政治や経済、環境問題に関する会議が夜遅くまで行われ、重要な決定が行われることを考えれば、憂慮すべきことだとカヨッヘンさんは言う。「本来、こういった会議も睡眠・覚醒リズムに合わせるべきだ。長時間の会議を開いて出席者の睡眠を奪うよりも、彼らにきちんと睡眠を取らせる方が結果は良くなるだろう」

睡眠不足は健康上の問題

 また、睡眠不足だと新陳代謝が悪くなり肥満や心臓・循環系統の病気を促すという。さらに「うつ病の最大の原因は睡眠障害だ。うつ病患者の9割以上が、睡眠障害からうつ病へ発展している」とカヨッヘンさん。

 ホームドクターも睡眠を過小評価することが多いと、カヨッヘンさんは指摘する。睡眠障害を抱えた人は薬を処方されるが、それは長い目で見れば問題の解決にはならないという。「原則として理想的な睡眠薬というものは存在しない。睡眠障害を持つ人は正式な睡眠医療クリニックで適切な治療を受けるべきだ。この種のクリニックはスイスにも多数存在する。クリニックでは基本的に薬を出さず、問題の根っこを解決する試みが行われる」

 睡眠を十分にとっている人は生産性が高く、仕事がはかどり事故も少なく、精神的にも安定しているという。スイスには従業員の睡眠に関して興味を示している人事部も存在する。「健康で睡眠を十分にとっている従業員は欠勤が少ないことを企業は実感しているからだ」

 それに対し睡眠不足はリスクが伴い、社会的にも膨大なコストを生んでいる。スイス紙によれば、そのコストはスイスで年間推定15億フラン(約1954億円)に及ぶ。

睡眠不足はコストの原因

 近年、睡眠は健康のもとという意識が浸透してきており、政治や医療保障分野でもっと取り上げられるべきテーマだとカヨッヘンさんは言う。「連邦内務省保健局が国民の食生活に関するキャンペーンを行ったように、睡眠衛生を促進するのは国の役割だと思う。コスト発生の原因となる重要な社会的側面なのだから」

 そこでカヨッヘンさんが提案するのが、保健局の主導で睡眠不足予防キャンペーンを実施し、例えばパワーナップと呼ばれる短い仮眠を取ることを勧めたり、夜勤を行う従業員やトラックの運転手に睡眠の重要性を伝えたりすることだ。

 だが保健局には睡眠不足がコストの要因になるとの認識がないようだ。保健局広報は「今のところ睡眠不足は我々の課題の範囲には含まれていない。予防キャンペーンなども現時点では予定されていない。食生活や麻薬問題のように政治的圧力が掛かっている状態でもない」とスイスインフォに対し回答した。

睡眠に関する調査結果

スイス人の平均睡眠時間は、平日7.5時間、休日は8.5時間。これは30年前と比べて40分短い値。

基本的に10代の若者の睡眠時間は1日7時間以上、年配の人は7時間以下。

スイス人の就寝時間も30年前と比べると47分遅くなっている。

アンケート回答者は「睡眠時間は7時間必要」と回答しているが、この値も30年前と比べると41分短い。

スイス人の睡眠時間は他の諸国より長いという結果が出ている。フランスでは平日の睡眠時間が6.9時間、休日は8時間、英国は平日6.9時間、休日7.3時間、米国は平日6.8時間、休日7.4時間だった。

(出典:ベルン大学及びチューリヒ大学)

(独語からの翻訳・シュミット一恵、編集・スイスインフォ)

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