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対テロ戦争で露呈 スイス企業のコンプラ違反

テロ
Keystone/ABC

見て見ぬふりをしていたり、ブラックリストに載っている企業とビジネスを行っていたりと、2001年9月11日の米同時多発テロをきっかけにテロの取り締まりが強化される中、スイス企業のデューデリジェンス(調査)慣行が問われた。

旅客機2機が激突し、米ニューヨークの世界貿易センタービルが崩れ落ちてから約20年、航空産業にIT関連サービスを提供するスイス企業が米政府と和解合意に達した。ジュネーブ拠点の電気通信会社、国際航空情報通信機構(SITA)は13~18年の間、米国が特別指定国際テロリスト(SDGT)に分類した航空会社にサービスを提供していた。これに対しSITAは昨年2月、米当局に約780万ドル(約8億4240万円)を支払うことで合意した。

米財務省外国資産管理室(OFAC)は、テロ支援企業として制裁対象となっていた航空会社5社(シリア・アラブ航空、イラクのアル・ナセル航空、イランのマーハーン航空、カスピアン・エアラインズ、マラジ・エアラインズ)にSITAが飛行計画、予約、メッセージングのサービスを提供したと訴えていた。

SITAは特定の航空会社とビジネスを行う際に、関連リスクの確認措置をもっと取るべきだったというのがOFACの主張だった。グローバルテロ制裁規則(GTSR)違反に対する罰金の最高額が24億5千万ドルだったことを考慮すれば、米当局に協力的だったSITAは軽く済んだ。とはいえ、同社にとっては大きな変革であり、最新のガイドラインを常に把握しなければならなかった。

SITA広報担当のジュリウス・バオマン氏はswissinfo.chの取材に対し、「我々は世界の貿易政策と制裁措置がかつてない速さで変化していくのを目の当たりにした。法令を順守し、そしてそれを維持することがより難しくなっている」と述べた。

このため同社はここ数年でコンプライアンス・チームを強化し、法律専門家を多数雇用。また、管理職を含む社員を対象とした定期的なコンプライアンス研修にも力を入れている。

同氏は「我々はコンプライアンス違反のリスクを軽減するため、役員レベルでもコンプライアンス対策を整備してきた」と話す。

テロへの資金供与

テロリストとつながりやすいもう1つの部門は資金調達と決済だ。

反国際組織犯罪グローバル・イニシアチブ外部リンクの専門家マリオ・ミシェル氏は「テロへの資金供与は、一種の逆マネーロンダリング(資金洗浄)なので、見抜くのが難しいことがある。送金者側から見ればきれいなお金であることが多いが、送金目的が適法でなければ、受取人を分析する必要がある。しかし、受取人の本人確認(KYC)情報を通常は持っていないため、それが難しい」とswissinfo.chに語る。

08年、プライベートバンキング業界に激震が走った。エルベ・ファルチアニ被告の内部告発によって、英系金融大手HSBCプライベートバンクのジュネーブ支店には、テロリストへの資金供与に関する規則を見て見ぬふりをしてしまう弱点があることが露呈した。

国際調査報道ジャーナリスト連合(ICIJ)によると、同時多発テロより前に国際テロ組織アルカイダに資金を提供していた疑いのある複数の顧客が同行に口座を持っていることが判明した。米当局が02年にボスニアから押収したアルカイダの文書の中で、「金の鎖」として列挙されていた20人にこれらの顧客が含まれていた。「金の鎖」が03年にメディアによって暴露されると、米上院の小委員会はHSBCに対し、これらの高リスクの顧客に特別の注意を払うべきだったと警告した。しかし、顧客はHSBCの名簿に載ったままだった。

ICIJは報告書の中で「金の鎖リストの重要性はその後疑問視されてきたが、ICIJは、03年以降も存在するHSBCスイスの口座の中に、金の鎖メンバーとおぼしき3人を見つけた」と述べた。

法廷
スペイン・マドリードの全管区裁判所で2018年に行われたスイスへの犯罪人引き渡しを巡る審理に出廷したエルベ・ファルチアニ被告。スイスの裁判所は同被告にデータの不正取得、金融スパイ、スイス銀行・企業秘密保持規則違反の罪で懲役5年の判決を下していた Keystone / Emilio Naranjo / Pool

HSBCは、米国人富裕層の未申告の資産12億6千万ドルを保有していたとして、最終的に1億9200万ドルの罰金を米国に払わなければならなかった。テロ支持者の疑いがある顧客にサービスを提供したことに対する処罰は受けなかったが、米当局が関心を持つ閉鎖口座の情報を提供するよう求められた。

スイス最大手行のUBSも米当局の目を逃れることはできなかった。同行は15年、テロ関連の制裁措置を受けている顧客と取引したことについて170万ドルの罰金を支払うことで和解した。「テロ行為を行う者、行う恐れがある者、あるいは支援する者」との取引を禁止したジョージ・W・ブッシュ大統領(当時)の大統領令を受けて作成された制裁リストに、この顧客は同時多発テロの1カ月後、登録された。同行はこの顧客の口座の入出金を停止していたが、米国内での投資と投資利益の処理は継続していた。

OFACによると、「UBSスイスで制裁措置コンプライアンスの責任者を務める最上層部の管理職を含む」コンプライアンス部門の複数の社員が、この顧客のブラックリスト入りに気づいていたという。それにもかかわらず、「UBSスイスは、UBSがこの顧客のために米国宛あるいは米国経由の取引を処理しないようにする対策や措置を取らなかった」

UBSの広報担当は当時、ロイター通信に対し、「我々はこの問題を解決できて嬉しく思う」と述べた。「我々が関連する取引を発見し、自発的にOFACの注意を喚起した」

銀行部門への影響

UBSに降りかかった問題はスイスの銀行部門全体に広がった。銀行部門は同様の取り締まりを避けるために、ブラックリストに載っている団体や個人にいかなるサービスも提供しないようにする必要があった。

スイス銀行協会(SBA)の広報担当を務めるモニカ・デュナン氏によると、同時多発テロをきっかけとしたマネーロンダリング防止法の強化や、国連で採択されたテロ組織に対する経済制裁も同部門に影響を与えた。

「国連の他にも、米国をはじめとする一部の国が独自の制裁リストを発表した」ため、「銀行は資産を凍結し、引き当てを禁止し、凍結資産に関する要求事項を報告する義務があった」と同氏は述べた。

国際会計事務所KPMGスイスが銀行部門における金融犯罪について18年に行った調査によると、対象となったスイスの銀行50行のうち86%が過去3年間に金融犯罪を当局に報告していたことが明らかになった。約40%はスタッフの追加雇用やITシステムに投資したが、金融犯罪を調査する専門チームを立ち上げたのは18%に過ぎなかった。

「完璧なコンプライアンスシステムは存在しない。コンプライアンスは全体像が見えない状況で管理されることが多い。だから、さらに調査し、リスクに基づいたアプローチで意思決定を行う必要がある」と前出のミシェル氏は指摘する。

同氏によると、銀行がアクセスできるのはパズルの中の1つの小さなピースに過ぎない。銀行が適切なデューデリジェンスを行っていれば、口座の関連取引を見たり、顧客のバックグラウンドを知ったりできる。しかし、銀行はそれでも顧客が語るストーリーに頼らざるを得ない。もし、そのストーリーがもっともらしければ、銀行の注意を引いた取引が深く調査される可能性は低い。

「例えば、顧客が他行の口座で何をしているかは通常知ることができない。もし、全体像を把握できれば、点と点をつないで不正を見抜くことはもっと容易になるだろう。しかし、それができないのは法的規制があるからだけではなく、コンプライアンス担当者が対処するには仕事量が多過ぎるからだ」と同氏は説明する。

その代わり、銀行が疑わしい取引を見抜く能力を向上させるには、人工知能(AI)といった技術の進歩を利用する必要がある。もっと多くのコンプライアンス担当者を雇うことも有効だろう。しかし、犯罪者も痕跡を消す術を身につけている。近年では暗号通貨を使った新技術でシステムを打ち破ることが可能になっている。

「我々の能力は向上しているが、それは犯罪者も同じだ。いつまでたってもいたちごっこだ」と同氏は話す。

20年目の清算

同時多発テロの影響をまだ収められていないスイス企業の1つにセメント大手のラファージュホルシムがある。(18年にスイス企業ホルシムと合併し、ラファージュホルシムになる)仏企業のラファージュは16年に告発された。訴えたのはシリア北東部の同社工場の元従業員らで、同社は11~14年の間、ジャラビーヤ工場の操業を継続するために、イスラム国(IS)を含むさまざまな武装グループに対し最大1300万ユーロ(約18億8200万円)を支払ったという内容だった。同社は人道に対する罪でも訴えられた。

17年の内部調査の結果によると、現地の幹部らは「会社と、生活をラファージュ・セメント・シリアの給与に依存する従業員との最善の利益にかなう」と信じていたという。しかし、ラファージュは当時のコンプライアンス・プログラムでは法律違反を防げなかったことを認めた。

仏パリ控訴院は19年、同社の戦争犯罪の容疑を晴らしたが、人命を危険にさらしたこと、テロへの資金供与及び禁輸措置違反については起訴内容を支持した。これに対し、訴えたグループは上告。同時多発テロが世界とビジネス慣行を永遠に変えてからほぼ20年に当たる7日、仏最高裁判所が判決を下す予定だ。

(英語からの翻訳・江藤真理)

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