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素晴らしいピノノワールを育てる「環境農家」

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アルプスの高い斜面にハンス・ペーター・シュミット氏は実験的なブドウ畑を作った。畑の土の中には気候変動の解決に役立つ古代の手がかりが埋められているかもしれない。

「これを見てください。こんなに黒いでしょう?この土は生きているのです。これは大きな効果があるかもしれません」シュミット氏は地面に這うように低くかがみこんで言った。

環境農家

 シュミット氏は普通のワイン製造農家ではない。シュミット氏がブドウ畑を持っているのは、スイスでも人気の高い種類のワインを140余りのワイン農家が製造しているヴァレー/ヴァリス州だ。ここの土壌は重厚な赤ワインのピノノワールを育むと同時に、大量の二酸化炭素 ( CO2 ) やメタンガスの排出を抑制している。 シュミット氏は農業経済学者が言うところの「環境農家」で、土壌の生態系の自然な多様性を取り戻すと同時に、大気中の温室効果ガスの増加を抑制する農法を採用している。

 さらにシュミット氏は、ほぼ再生可能な資源のみを使用し、環境農業に必要な年間10万フラン ( 約799万円 ) 以上に相当する電力をもうすぐ生産できるようになる。


 「彼のアイデアは非常に面白いものです。農家にとって将来大きな課題の1つとなるのは、いかにして炭素を地中に確実かつ永続的に固定するかということですが、大きな可能性があります」
 とバーゼル近郊にあるヨーロッパ最大の有機農業研究所「有機農業調査研究所 ( Research Institute for Organic Agriculture ) 」の主任農業経済学者フランコ・ヴァイベル氏は説明した。  

ミトピアのパワー

 シュミット氏は現在、ザンクトガレンに基盤を置く「デリナ ( Delina ) 」の調査コンサルタントをしている。同社はヨーロッパでも大手の有機ワインの販売会社で、ヨーロッパ大陸各地に広がる約40のワイン畑と提携している。

 環境農家としてのシュミット氏の作業の大半は、「ミトピア ( Mythopia ) 」と名付けられたブドウ畑で行われる。4年前に始めたミトピアはヴァレー州南部のシオンの上の斜面にある棚田状のブドウ畑だ。

 シュミット氏がミトピアを買った当時、何十年間も化学肥料を集中的に与えられていた土壌は死んでいたと言う。
「ブドウ園の問題は、ブドウだけの単一栽培が、ほかの植物、虫、鳥、動物、そして土壌に住み着いている何千もの生物の破壊につながることです。必要ないにもかかわらず、ワインを作るためにそれら全ての生き物を殺してしまうのです。ワインの質を変えることなくそれらの生き物を生かしていくことは可能です」 

 文化人類科学者的なシュミット氏は、エコロジカルな多様性のある小規模のブドウ園を造る古代の農法に興味を持っていた。そこで、ブドウの木を大幅に減らし、ハチの巣箱を置き、低木の茂み、アンズの木、ハーブなどを植えてみた。
「近所の農家は私のことを頭がおかしいと思っていました」

 しかしシュミット氏は大きな成果を得た。
「ハチがブドウを食べてしまうため、ほかの農家はハチにスプレーをまかなければなりませんでした。ここにもハチはいますが、ブドウは食べません。花を植えたので、ハチは花の方へ行くのです」

 現在シュミット氏のワインの生産量は年間1万本のみと小規模だが、1本33フラン ( 約2600円 ) と近隣の農家が造っているワインの2倍の値段で売れている。

バイオチャーで二酸化炭素を解決?

 シュミット氏が最も力を入れてきた課題は土壌の中にある。同氏は、バーベキューで使われているような炭の小さな塊を含んだ黒い土をひとつかみすくい取った。
「実際これはバーベキューに使えます。が、これは「バイオチャー ( biochar ) 」です。草や刈り取った不要物など、化学肥料を使わず有機的に育ったものなら何でもバイオチャーになります」
 当然、ワインを作るためにブドウ汁を絞りとった後のブドウの皮もバイオチャーになる。

 シュミット氏は、試作機を使って約2年前からバイオチャーを作り始めた。機械は熱分解という方法で、有機物を酸素無しで最高550度まで加熱する。その最終製品がバイオチャーとなり、製造過程で発生するガスと熱は電力の生産に使うことができる。

 アメリカにも熱分解に手を染め始めた農家もあるが、スイスで初めて実践したのはシュミット氏とデリナだ。バイオチャーの歴史は遠く古代にも遡 ( さかのぼ ) る。16世紀にスペインの探検隊は、アマゾンにあり得ないほど肥沃な土地を活用していた文明を発見した。そして何世紀も後にコーネル大学の教授が、やせた貧しい土地のすぐ隣に深さ数メートルの肥沃な黒い土壌があった痕跡を発見し、この謎が解けた。やせた土地の中にあった驚異の物質はバイオチャーだったと思われる。

 「大きなスポンジのようなものだと考えてください。ミネラルを含み、水分を保持し、汚染物質を保留し、微生物に住処 ( すみか ) をあたえることができるのです」
 とチューリヒ大学でバイオチャーを研究しているサミュエル・アビヴェン氏は説明する。

 しかしそれだけではない。有機物は外気に触れる場所で腐敗すると、地球温暖化の原因になる2大温室効果ガスのCO2とメタンガスを排出する。コンポストは温室効果ガスの削減に役立つが、熱分解はもっと効果がある。なぜなら第1に熱分解は有機物の腐敗を止めることができ、それによって温室効果ガスが大気中に放出されるのを防止するからだ。

 防止可能な温室ガスの正確な排出量は現在研究中だ。
「バイオチャーに大きな期待を寄せている人がたくさんいますが、まだ十分な理解が進んでいないため私はまだ多くは期待していません。しかし希望は持てます」
とアビヴェン氏は語った。

拡大

 シュッミット氏の実験は世界中の注目を集めている。同氏によると試作機はよく機能しており、現在デリナは約33万5000ユーロ ( 約3975万円 ) を投入し、1000トンものバイオチャーを製造できる機械を購入する予定だ。そしてその機械で
年間約12万フラン ( 約959万円 ) に相当する電力の生産が可能になる。

 「これはただ気候に悪影響を与えないだけではなく、気候を改善する方法です」
 とシュミット氏は語る。もはや電力を作り出す際にCO2が排出されることはない。そのかわりに炭素化合物が地中に注入される。

 機械を稼働するにはエネルギーが必要でCO2を増やすことになるが、シュミット氏は加熱に必要な電力は比較的少ないと即座に答えた。一旦温度が上がるとコンポストのように連鎖反応が起き、バイオチャーの材料の有機物質自体が熱を生み出す。

 新しい機械は6月から稼働を開始し、ヨーロッパ中のブドウ園と畑にバイオチャーを供給できるようになる予定だ。

 それまでの間、シュミット氏は地下のワイン貯蔵庫へ降り、カシの木の樽に眠っている新しいピノノワールのサンプルを取り出し調べる。豊潤で風味のあるワインは、まるでそのワインを育んだ土壌のようだ。
「私たちは単に自然への想いからではなく、いいワインを造ることができるから環境農業を実践しているのです」

swissinfo、ティム・ネヴィル アルバにて 笠原浩美 ( かさはら ひろみ ) 訳

バイオチャーの収益性は京都議定書の改定によって大きく向上する可能性がある。
現在までのところ京都議定書によると、企業は地中に炭素化合物を埋めるビジネスをサポートすることで自社の二酸化炭素 ( CO2 ) 排出量を相殺することはできない。
京都議定書が改定されれば、1ヘクタールあたり1120フラン( 約8万9500円 ) 相当のバイオチャーを生産するブドウ畑をもたらす可能性があるという。
ヴァレー州のブドウ畑の15%から20%がバイオチャーを生産すると、年間約100万フラン ( 約7996万円 ) の収入増を見込めるようになる。
これによって毎年大気中に排出される1万4000トン相当のCO2 の削減が可能になる。

ヨーロッパ最大の有機農業研究所で1973年に設立された。
120人の職員が耕作、作物の生産、動物の健康にとってエコロジカルな方法を研究している。
東欧、インド、中南米、アフリカ、その他の地域で現在数多くのプロジェクトを運営している。

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