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緑の親指も高齢化

「都会の喧騒から離れた静かな場所で過ごすひと時と、無農薬の野菜を育てることが楽しみ」とローナーさん swissinfo.ch

8月。中旬くらいまではスイスの夏も真っ盛り。今年は天候が少し不順だが、「緑の親指」を持った人々 ( 植物を育てるのがうまい人を欧米ではそう呼ぶ ) は、そろそろ菜園での収穫が楽しみになる頃だ。

だが、せっかく緑の親指を持って生まれても、庭を持てないという人も多いはず。そんな人のために用意されているのが、スイス各地の郊外に点在する「家族農園」だ。どの農園にも小さな小屋とBBQ用のグリルがしつらえられ、その前の小ぢんまりとした畑には色鮮やかな花やみずみずしい野菜がにぎやかだ。

外国人の融和の場

 チューリヒ市を一望する高台にあるアルメント ( Almend ) 家族農園。平日の午後は人影もまばらだ。市内に住むブルーノ・ローナーさん ( 68歳 ) は家族農園を借りて約30年になる。きっかけは、幼い息子が野菜を育てたがったこと。だが、緑の親指を持っていたのは、今ではもう父親となったその息子ではなくローナーさんの方だったようだ。雑誌を読んだり、農園の利用者と情報交換をしながら知識を増やし、楽しみながら無農薬の野菜や花を育てている。農園の広さは約220平方メートルで、賃借料は水道代などの雑費を合わせて1カ月30フラン ( 約3000円 ) だ。

 家族農園用の土地は国や地方自治体の所有だが、管理を行っているのは各地域の家族農園協会だ。その上部組織である「スイス家族農園家連盟 ( SFGV/FSJF ) 」のヴァルター・シャフナー会長 ( 61歳 ) は、地域によっては借り手の半数以上が外国人だと言う。
「週末に家族みんなが庭に集まって、畑の手入れをしながらBBQを楽しんだりしています。こうして連帯感を培っているのでしょう」

 しかし、これだけ多くの外国人が集まると問題も起こりやすいのではないだろうか。
「隣の農園が騒いでうるさいなどといった苦情はもちろんありますが、それは外国人だからというわけではありません。むしろ、家族農園の存在は融和にとても役立っていると思います。ここでは国籍も職業も宗教も関係なく、みんなただの庭好きなのです」

 前述のローナーさんはスイス人だが、アルメント家族農園でもやはり問題は無いと言う。ここの家族農園には1年前に移ってきた。新参者ということもあり、周囲の人と進んでコミュニケーションを取ることを心がけている。引越しすることになったのは、以前借りていた家族農園の土地に、住宅が建てられることになったからだ。

悩みも多し

 ローナーさんは珍しいケースではない。シャフナー氏によると、1980年くらいから家族農園が次々と閉鎖され、そこに公共の建物や住居、道路などが建設されている。国や地方自治体は、利用目的が未定の土地を家族庭農園用に提供しているが、その土地の利用がいったん決まると、家族農園は閉鎖されてしまうのだ。そうなっても代わりの土地が提供されるとは限らない。

 また、会員も高齢化しているため、これまで使ってきた農園を手放さなくてはならなくなったときに、新たに別の農園を探そうとする人は少ないという。シャフナー氏は、最も多い利用者は65歳から80歳くらいまでと推定する。これはスイスだけではなく、ヨーロッパ各地で確認されている傾向だそうだ。スイス家族農園家連盟が5年ほど前に実施した調査では、家庭農園の総面積はおよそ640ヘクタール、会員数は約2万7000人だった。しかし、これらの数は減少の一途をたどっている。

 このような傾向を食い止めるため、スイス家族農園家連盟は家族農園に関する連邦法の制定を求めている。ドイツにはすでにこのような法律があるが、スイスでも緑を多く提供し、憩いの場となっている家族農園の建設用地への転用をある程度禁止したり、国や地方自治体から資金援助を得たりしたいところだ。しかし、政治家の反応は今ひとつ。
「緑の党 ( Grüne/Les Verts ) 以外、家族農園はどの政党にとってもあまり関心のあるテーマではないのです」
 とシャフナー氏は肩を落とす。

 シャフナー氏にとって心外なのはまた、マスコミから「毒を撒き散らす家族農園家」と見なされていることだ。確かに1980年代には、さまざまな殺虫剤や化学肥料を大量に使ったため、土の汚染を招いた。しかし、今では協会への加入時に会員に手渡すパンフレットで自然にやさしい野菜作りの手ほどきを行い、また定期的に土の検査を行うように奨励するなどの努力の甲斐あって、「汚染問題はまったく無い」とシャフナー氏は保証する。

 畑仕事は時間も手間もかかる。自ら26年間家族農園で畑を耕しているシャフナー氏は、
「スーパーに行けばなんでも手に入るし、若者は消費するだけでわざわざ自分で作ろうと思わない」
 と若者の関心の薄さを残念がる。今は昔と比べて余暇の過ごし方も豊富になっている。緑の親指も、若者の間ではなかなか威力を発揮できないのかもしれない。
 
swissinfo、小山千早 ( こやま ちはや )

1925年に創立された家族農園管理の上部組織。直接の管理は各地域や州の家族農園家協会が行っている。

5年前の調査によると、管理している家族農園の総面積はおよそ640ヘクタール。現在はこれより少ないが、明白な数字は出ていない。

5年前の会員数は2万7000人、現在は2万5000人に減少している。イタリア語圏とロマンシュ語圏には会員はいない。

会員の多くは65歳以上の高齢者。

地域によっては会員の半数以上が外国人。

家族農園の面積は100平方メートルから400平方メートルまで。平均的な広さは200平方メートル。

家族農園は1年を通して利用できるが、シーズンは4月から10月末まで ( 地域によって多少異なる ) 。11月から3月末までは、凍結を防ぐため水道栓が閉められる。電気は通っていない。

一般的に、家族農園での宿泊や動物の飼育は禁止されている。園内の小屋は農具、テーブルや椅子、食器を収納するためのもの。借り主の多くは庭にグリルを置いている。

スイスの家族農園は国境を超えたフランスのアルザス地方にもある。収穫物の関税は特別に免除されている。

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SWI swissinfo.ch スイス公共放送協会の国際部

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