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行って得する美術・博物館 -1- 画商が建てた美術館 —バイエラー財団—

バイエラー財団(Fondation Beyeler)の美術館が開館したのは、1997年10月21日のことである。当時は、バーゼル出身の画商、バイエラー夫妻が建てた美術館として、また人気の建築家、レンゾ・ピアノの設計した美術館として話題となった。

それからおよそ10年経った今も、印象派、キュービズム、フォービズムなど、近代美術の名画を鑑賞に訪れる人が絶えない。

 バーゼルの連邦鉄道駅から路面電車を一度乗り換え30分。バーゼル・ラント州の州都リーエン(Riehen)に、バイエラー財団がある。さほど大きくないプロテスタントの教会と交番がコアとなった街の中心地から、騒然と並ぶ車の列を横に見ながら、バーゼル通り(Baselstrasse)を3分ほど北に歩くと入り口がある。一歩敷地内に入ると、そこには外の雑音から謝絶された空間が広がる。

近代美術の宝庫

 ここには毎年、スイス全国から、また、バーゼルの国境を越えてドイツやフランスから、およそ34万人の人が訪れるという。「スイスで一番入場者が多い美術館です」とクリストフ・ヴィタリ館長(66歳)は胸を張る。美術館としては珍しく月曜日も開館している。筆者が訪れた日にも特別展示のマティス展を鑑賞しようと、入り口には長い行列ができていた。入り口の左側にある4本の柱と壁が、池の水に反射した太陽光線で揺れて見える。自然が織り成す柔らかな光のショーに来訪客は、入館前からすでに幻想的な世界に誘われているかのようだ。

 常設展示場には、ピカソ、ジャコメッティ、クレー、マティス、カンディンスキーといった19世紀からの近代美術の絵画が、およそ25点のアフリカ、オセアニアの彫刻と一緒に展示されている。「単に、画家が集めた彫刻です」とそっけないヴィタリ館長。しかし、近代美術の絵画にエキゾチックな彫刻を組み合わせることで、展示場の雰囲気はぐっとエレガントになるから不思議だ。

 「すべてが重要な絵画です」というヴィタリ館長だが、やはりここで見逃せないのはモネの『睡蓮』。この絵のためだけに部屋が一つ設けられている。大きな窓からは長方形の池が見え、夏になると水面に浮いて咲く睡蓮の花も鑑賞できるといった二重の楽しみがある。

一日中ここで過ごす訪問客

 建築家のレンゾ・ピアノは、この美術館の創立者の画商、バイエラー夫妻のコレクションの一つ一つの芸術作品に「ぴったりと合った空間を作ったのです」とキュレーターのカタリン・ショットさんが、当初の計画を説明する。しかし160点から始めた財団の展示がいまでは、およそ200点に増えたことや、年々大規模になっていく特別展示のスペースが不足し、2000年には建物の全長を12メートル伸ばし、全面積を3,764平方メートルまで拡張した。

 館内をすべて観て回るだけでも十分な時間を確保したい。やはり、ここを訪れる人は、ゆったりと時間のある年配の人が多いという。「一日中、館内や公園で過ごす人が多いんですよ」とショットさん。公園にある小さな吾妻屋では恋人たちが身を寄せ合い、一人でベンチに座る金髪の女性がサンドウィッチを食べている。近くに住む市民は、絵画の鑑賞だけではなく、天気の良い日は公園で過ごし、別館に財団が直接経営するレストランで食事をしたりコーヒーを飲んだりして、優雅な時を過ごすようだ。

 確かに、真っ白なテーブルクロスの上にシンプルなワイングラス。白い皿の両側にどっしりと重いフォークとナイフがセッティングされた洒落たレストランでの昼食は、絵画鑑賞の合間にお勧めだ。サラダ(グリーンサラダ600円など)、アンティパスタ(イタリア風の海鮮と野菜1400円など)、メインの肉や魚料理(2600円から)のほかに、ベジタリアンディッシュ(1800円から)も用意されている。

バイエラー氏の手腕

 創立者のエルンスト・バイエラー氏は今年、85歳になる。父親は連邦鉄道で働いていたというが、当人は商学と美術史を勉強し、早くも24歳で自分のギャラリーを持つに至った。2年後、浮世絵の展覧会を行ったのを皮切りに、これまで250回以上の展覧会を開催し続けている。

 絵画、彫刻を扱うビジネスマンとしての彼の才能が非常に長けていることは有名である。1959〜65年にかけて、米国最大といわれた個人コレクション、トンプソン・コレクションを買い上げたほか、100点のクレーや、セザンヌ、モネ、ピカソ、マティス、ミロー、モンドリアンなどを合わせて340点の絵画、また、80点のジャコメッティなど数多くの作品を買い集めた。バイエラー氏が買った絵画などはその後、ニューヨークのMoMA、ロックフェラー財団など有名な美術館や個人に売却された。

 1997年10月16日付のドイツ語圏の日刊紙、ターゲスアンツァイガー(TA)に掲載されたインタビューでバイエラー氏は、画商としての手腕を指摘され「わたしが画商となった当初、バーゼルは『画商の地図』にはなかった地域で、売るのには苦労したのです。しかし80年代、絵画や彫刻がブームとなり、わたしの倉庫に山積みになっていた作品が突然、高い値段で売れ始めたのです」と語っている。こうして巨万の富を得る一方、一級品を数多く収集したバイエラー氏は、晩年になって美術館を創立するまでに至ったわけだ。

特別展ができる理由

 バイエラー財団の美術館が年に3回から4回開催する特別展は、毎回のように美術界の話題として取り上げられている。これまでに開催された特別展の中で、20万人という記録的な入場者を感動させたのはマーク・ロスコ展だった。そのほか、シュールリアリストのマグリット展、絵の中の花をテーマにした花展、パウル・クレー展、セザンヌ展なども高く評価された。

 ショットさんによると、特別展示に質の高い芸術作品を数多く集められるのは、バイエラー氏の人間関係の力だという。たとえばピカソ。バイエラー氏は1950年代から展示会のカタログを製作することに力を入れ、印刷されたカタログをすべて、ピカソに送っていたという。このカタログに興味を持ったピカソは、バイエラー氏を自宅に招待し、自分の作品から26点を自由に選ばせたのだ。こうした芸術家との交流、世界の有名美術館や個人の収集家たちとの信頼関係により、特別展に出品する作品の選択には困らないのだそうだ。

 今年8月からは、エロスをテーマにした特別展が行われる予定だ。「エロス1」は早期のピカソとロダンを「エロス2」は19世紀から現代までを取り上げ、2回に分けて紹介する。「バイエラー氏の発案です。150年間の美術におけるエロスを網羅するのは大変な挑戦です」と準備中のショットさんは大変そうだが、テーマに魅了され、この展示会にも多くの入場者が訪れると期待している。

swissinfo、佐藤夕美(さとうゆうみ) リーエン/バーゼル・ラントにて

<バイエラー財団>
ヒルディとエルンスト・バイエラー夫妻のコレクション。常設展には40人の芸術家による200点が展示されている。設計は2005年ベルンに開館したパウル・クレー・センターも手がけた、レンゾ・ピアノ。
<バイエラー・クラブ>
年会費150フラン。特権:入場料が割り引かれる。定期的に財団の情報が送られてくる。
<食事>
財団直営のレストランのほか、財団のあるバーゼラー通りにはイタリアン、モンゴルバーベキューのレストラン、中華レストラン、カジュアルなレストランなどがある。
<周辺>
プロテスタント教会。ホテル2軒。バーゼル通りにはかわいい雑貨を売っている店やユニークな看板があるので、車で混雑する道が気にならなければウインドーショッピングもお勧め。

開館時間 10〜18時 年中無休 水曜日は20時まで
アクセス バーゼル連邦鉄道駅から路面電車2番、Messeplatzで6番に乗り換えFondation Beyeler下車。徒歩1分
入場料 大人21フラン(2000円)

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