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挑戦続ける「にじいろのさかな」 マーカス・フィスターさんインタビュー

絵本「にじいろのさかな」を並べた写真
マーカス・フィスターさん作「にじいろのさかな」は創刊25年を迎え、シリーズ累計で3000万部以上発行されている Helen James / Swissinfo.ch

鮮やかな虹色の鱗にきらきら光るホログラフィー。世界中で大ヒットし、日本でも多くの子供を引き付ける絵本「にじいろのさかな」シリーズの生みの親は、スイスの首都ベルンに住む作家のマーカス・フィスターさんだ。今年はシリーズ創刊25周年の節目を迎え、日本など世界各国で記念イベントが開かれた。国や時代を超えて愛される「にじうお」制作の背景を、フィスターさんにベルン市内のアトリエで聞いた。

スイスインフォ:日本では子供たちとのお絵かきや読み聞かせのイベントが開かれました。どんな印象を持ちましたか。

マーカス・フィスター:保育園や幼稚園、小学校などを訪問し、とても楽しかったです。米国、欧州、アジアで同じようなワークショップを開きましたが、子供たちの反応は似ていますね。違いが現れるのは6歳ごろから。およそどの国でも小学校に通うようになり、環境が変わるからでしょう。

日本の子供で特徴的だったのは、完全に自由に作業をすることに慣れていないようだったこと。机の上に塗り絵の画用紙があって、ただ色を塗ればいいような状態のほうがやりやすいようで、私は「他人のマネじゃなくて自分の好きなように塗って下さいね」と伝えました。

日本では他国に比べ絵本が重視されていると思います。絵本の美術館があり、「MOE外部リンク」のような雑誌もあります。付き添いのご両親も作家に敬意を払ってくれました。

名古屋では170点の原画を展示しましたが、ヨーロッパではそこまで大規模な作品展は開けません。ヨーロッパの人たちは(絵本の作品展に)そこまで関心が高くないので。名古屋では13日間で3万人以上が訪れてくれました。そんな大きな関心を呼ぶことはスイスでは絶対にありえないと思います。ここスイスでは足を運んでもらうまでが一苦労なんです。でも日本では、子どもも大人も興味を示してくれて、とても嬉しかった。

スイスインフォ:25年前、こんなにも長く世界中で愛される絵本になると想像していましたか?

フィスター:まず米国でヒットしたのは意外だったし、その2年後にはアジアでも成功しました。これだけ長く生き残っているのは素晴らしいことです。現在は新しい絵本がロングセラーになるのは難しくなっています。当時は絵本にとって良い時代でした。ロングセラーを生み出すならあの時代だった。当時出版された2~4冊の絵本は、今も非常に人気があります。

スイスインフォ:25年前に比べると、今の子供はデジタル化された世界に生きています。

フィスター:3~4歳の子供はまだ自分で読むことができませんから、親は子供と一緒に座って絵本を読み聞かせなければなりません。そのために時間を作るモチベーションが必要です。でもそれも良い経験となるでしょう。パソコンやアイフォン、アイパッドはたいてい一人で遊べるものです。子どもと親が一緒に何かをする時間もかけがえのない経験です。

デジタル機器も絵本もそれぞれ良い点があると思います。アイパッドも時には良いコンテンツがあり、子どもも何か得るものはあります。今の時代はデジタルなものが重宝されていますが、波があるのではないでしょうか。全てのものには流行り廃りがあります。いずれアプリなどに食傷気味になって、本に「ルネサンス」が来ると思います。

スイスインフォ:フィスターさんにとってスイス人としてのアイデンティティーは何でしょうか。それは作品にも表れていますか?

フィスター:ベルンで生まれ育ち、私にとってベルンはスイスで一番美しい街です。3年間チューリヒに住み働いたことがありますが、ベルンの旧市街を散歩しているときが一番故郷を感じるし、スイスにいると実感できます。絵本を描くには必ずしもこのアトリエである必要はありません。アイデアを得るのは旅行中でもどこでも起こりうる。それでもスイス、ここベルンで仕事をするのが一番居心地が良いです。外国を旅行するのは好きですけれどね。

ただ、私は長年、動物を主題にした絵本を描いています。動物はとても普遍的な主体です。もしベルンの街を絵本に描いたとしたら、アメリカの子どもたちは何だか異質なものに感じるでしょうね。大事なのは、小さな読者が物語と一体化できるかどうか。もし髪の黒い子が、金髪の女の子が出てくる絵本を読んだら、フクロウやペンギンといった動物が出てくるものよりも絵本の世界に入り込みにくいでしょう。私が動物を題材にするのもまさにそれが理由です。

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スイスインフォ:海のないスイスの作家が魚を主体にしたのも意外感があります。

フィスター:私は色々な動物を手がけてきましたが、あるとき魚を紙に描いてみてこれは面白い挑戦になると気づきました。魚は典型的な絵本向きの動物ではありませんから。通常はウサギだとかクマだとか、ふわふわした動物が好まれますが、魚はどちらかというとギラギラして無表情、ジェスチャーも乏しい。でもだからこそ絵本に描いてみようと思いました。誰でも仕事において挑戦をしてみたいと思うものでしょう。

難しかったのは背景です。白クマだったら氷山や陸の上など色々な背景を描けるでしょうが、魚だとほぼ水中で、バラエティーを広げにくい。新刊を出すときには何かしら新しさ、変化を出さなければならないのが悩みどころです。

スイスインフォ:8冊目の最新作で、女の子の魚が登場しました。

フィスター:日本の読者の希望から生まれたんですよ。私の本の面倒を見てくれている日本の女性編集者も、そう提案してくれました。私にとってはオスもメスもなく、魚は魚なんです。でも(フィスターさんの描くキャラクターが)ある国ではオス、別の国ではメスだと思われているようで、この女性編集者から、日本では典型的な男の子の魚だと受け止められていると聞いたんです。それで女の子の魚が良いと強い提案があったのです。日本ではこの赤い女の子の魚が気に入ってもらえたようですね。

スイスインフォ:次作へのアイデアは既にありますか。

フィスター:いつもかなり間隔を開けて出版しています。前作を出したのは5年前でした。だからまだ構想については何も考えていません。通常、新しいお話を書くときは、着想から出版まで1年半くらいかけています。「にじいろのさかな」は一定の物語の中に生きていて、8作出した後にさらに意味のある話を探さなければなりません。またイラストがだんだん似通ってきてしまうので、新しさを出すのに工夫が要ります。

日本や中国、米国など色々な国を周って読者が喜んでいるのをみるのがモチベーションになります。もちろん、このシリーズを続けている間にも、何か別のお話を書くことも私にとってはとても大切なこと。「にじいろのさかな」ばかり描きたくはありません。

フィスターさんは1960年、ベルン生まれ。ベルンの美術学校を卒業し、チューリヒの広告会社でグラフィック・デザイナーとして働いた後、独立。1986年に「ねぼすけふくろうちゃん」(日本では2017年発行)を出版し、絵本作家としての活動を始めた。2017年までに「ペンギンピート」や「うさぎのホッパー」シリーズなど49冊の絵本を刊行している。

代表作「にじいろのさかな」は1992年に出版。虹色と銀の鱗を持つ世界一美しい魚・にじうおが、仲間の魚に鱗を分け与えることで孤独から脱し幸せを得る物語。ホログラフィーと呼ばれる箔押しを使った技術が好評を博す。「にじいろのさかな しましまをたすける!」などシリーズ化し、世界で3000万部以上を発行。日本では谷川俊太郎が翻訳を手がけたことも人気を押し上げている。

​​​​​​​マーカス・フィスターさんホームページ外部リンク(英語・独語)

講談社「にじいろのさかなの部屋」外部リンク

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