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職場で役立つ「心の知能指数」 スイスのテストで測定

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「心の知能指数」測定テストは、操縦士の職業にあなたが向いているか判断するのに役立つだろうか? © Keystone / Christian Beutler

「感情知能(心の知能=EI)」は職場でますます求められるスキルになってきているが、会社側にとっては誰にその能力があり誰にないのかわかりにくい。スイスの科学者が開発したテストは、履歴書からは分からないこの知能の高さ(EQ)を測定しようとするものだ。

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数カ月かけた大変なプロジェクトがようやく成功裏に終了したと想像してみよう。我ながらよくやったと満足して日常業務に戻ろうとしたちょうどその時、上司がやってくる。そして、プロジェクトへの多大な貢献への労いの言葉もなく、あなたが他の仕事をないがしろにしていると批判してきたとする。

あなたなら仕事を辞めようと思うだろうか?マルチタスクが不得意だと自分を責めるだろうか?それとも、上司というものは完全に満足することはないものだという事実を受け止めるだろうか?「受け止める」ことを選んだ人は、「心の知能」とも呼ばれる感情知能の指数(EQ)が高いことになる。

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マルチェロ・モルティラーロ教授はジュネーブ大学応用感情科学研究部門の部長を務める研究主幹だ swissinfo.ch

「EQが高いというのは、常に幸せだという意味ではない。自己と他者の感情にうまく対処できるということだ。良い場合もあれば悪い場合もある」と説明するのは、「ジュネーブ感情能力テスト(Geneva Emotional Competence Test)」の開発に携わったジュネーブ大学の科学者、マルチェロ・モルティラーロ教授だ。このテストで測られるのは、感情表現のうまさではなく、行間を読んだりサインに気付いたりする能力、いつ妥協すべきかやいつ黙っているべきかを理解する能力だ。 

EQの高い人材を求める企業が増えている中、これまでは目に見えず測定不可能で非常に主観的だと考えられていた利他性や共感力、対立の解決能力といったソフトスキルや特徴を測定する、モルティラーロ教授が開発に協力したようなツールが広く用いられるようになってきている。 

欠けている材料 

2015年にフランスのアルプス山中でジャーマンウィングス機が墜落した事件は、職場におけるEQの議論がなぜ必要かを示す一例だと、スイスの人材コンサルティング会社ナンティスの産業心理学者セバスチャン・シモネさんは話す。 

意図的に飛行機を墜落させたことが判明したこの飛行機の副操縦士は、医師から勤務不可と診断されていた。しかし会社はそのことを知らなかった。 

「操縦士をあっ旋する際、航空会社は操縦士の精神面の健康状態が重要だと今では理解している」とシモネさんは説明する。EQが高いほど、感情を上手くコントロールできるため、ストレスをためにくくなる。「当人のEQが早くわかればわかるほど良い」

感情知能(心の知能)

感情知能の定義として最も広く用いられているのは、イェール大学のジョン・メイヤー氏とピーター・サロベイ氏が1990年に提唱したもので、自己と他者の感情を正確に認識し、個々の目的を達成するために適切な方法でそれを用いる能力と表現した。EmCo4テストには4つの要素が含まれる。

  1. 感情の認識 – 他者の非言語的感情表現を正確に知覚、解釈、分類する能力。
  2. 感情の理解 – 自己および他者の感情の性質、原因、結果を理解する能力で、共感力の概念と最も強く結び付けて考えられる。
  3. 感情のコントロール – 行動戦略を通じて他者の(通常は否定的な)感情に適切に反応しそれを修正する能力。
  4. 感情の調整 – 適応戦略を通じて、自己の否定的な感情を効果的に扱い、対処する能力。

この能力が求められるのは、操縦士や医師など、プレッシャーのかかる職業に限られない。数年前に求人サイト「キャリアビルダー」が実施した調査によると、71%の会社がIQよりもEQを高く評価していた。また別の調査によると、最高経営責任者からウェディング・プランナーに至るまで、EQはさまざまな仕事での成功を予測する主要な判断材料になるという。

感情の格付け

EQを測定する科学的テストはいくつか存在するものの、モルティラーロ教授たちが2012年にジュネーブ 感情能力テストの開発に着手するまでは、特に職場に特化したものは存在しなかった。教授たちの狙いは、信頼のおける科学と職場の現実の両方に根差したテストを開発することだった。 

モルティラーロ教授はテストの開発にあたり、「EmCo4」という名称でこのテストの商業特許を保有するナンティスのシモネさんのチームと協力して、専門家の判断、科学理論、そして何千人もの回答に基づいた平均値を組み合わせた。 

このテストは多項選択式で、実際の職場で起こりそうな状況が例として用いられ、IQスコアに似た結果が出る。つまり、115個の質問のすべてに正解と不正解がある。 

例えば、あなたが契約更新をしようとしている顧客の前で同僚二人が口論を始めた場合、どう対処すべきか?非常に忙しい時に上司から、あなたの責任範囲ではないテーマについて、同僚の代わりに翌日プレゼンテーションをしてくれと頼まれたらどうするか?正解は意外なものかもしれない。 

優劣の判断を下さない一部のテストとは違い、このテストでは平均と比較して自分がどのあたりに位置するかが赤から緑へのカラースケールで示される。 

「パフォーマンスに関するテストなので、自己評価はできない。知能を測定する以上、正解もあれば間違いもある」とシモネさん。 

またこのテストは、他の多くのテストのような自己報告型でもない。「誰かの知能レベルを判断する時、『自分で自分の知能レベルはどの程度だと思いますか?』と聞く人はいない」とシモネさんは説明する。 

シモネさんもモルティラーロ教授も感情知能は学習可能であると考えていて、それが生まれついての変えようのないスキルだという考えには反対だ。しかしモルティラーロ教授は、科学的裏付けのない手法を使ってEQを上げられると約束するコーチには気をつけた方がいいと話す。

ブームの始まり? 

社員の幸福とマインドフルネスが注目されている現在、このようなテストの需要は増加するとモルティラーロ教授は見ている。2017年にジュネーブテストが発表されて以来、ナンティスはネスレや製薬会社サノフィ、スイス政府といった顧客に紹介する全ての人材の評価にこのテストを用いている。

スイス人のEQは?

スイス人は例えばラテン系の文化と比べると、感情表現が特に豊かな国民として知られてはいない。しかしスイス人は、困難な状況において感情をコントロールすることが大切になる「感情の調整」分野では成績が良いとシモネさんは指摘する。

「ドナルド・トランプのようなタイプはスイスでは許容されない。自分の感情を抑えられない人間があのような要職に就くことはありえない」

ロボットや機械学習に頼る仕事が増え、そんな職場において働き手の主な差別化要因となるのが感情知能だと主張する専門家が増えていることも、テストの需要に拍車をかけている。また、このような標準化された評価ツールには別の間接的な利点もある。公平な競争の場を確保し、ジェンダー、年齢、社会経済的背景などにとらわれない適材適所を実現する可能性を秘めていることだ。

しかし、このテストはヨーロッパと北米の事務職では通用するが、それを超えてグローバルに応用する準備はできていない。スイスは経済的に安定していて、職場が伝統的にフラット(非階層的)で合意に基づいているため、このようなツールの開発に適していると関係者は話す。

モルティラーロ教授は言う。「アフリカや南米やアジアでこのテストが通用しないと言っているわけではない。まだ実施された例がないため、分からないというだけだ」

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