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金融危機が政治システムの試金石に

Keystone

分権と妥協に支えられたスイスの伝統的な政治システムは、ここ2年間の大きな政治の乱れにも耐えてきた。

しかし専門家は、銀行機密やリビアとの外交問題などの危機に内閣はうまく対処しかねたという見方をしている。

波乱の2年間

 「政治的に安定した安息の地スイス」。そんなイメージとは対照的に、スイスは現連邦議会と内閣が4年間の任期についた2007年以降、嵐にもまれ続けている。まず、7人いる連邦大臣の1人が落選に追い込まれ、4大政党の中で最も大きい国民党 ( SVP/UDC ) が野に下ると宣言。続いて、国民党の2人の連邦大臣が新しく結成された人民民主党 ( BDP ) へ移籍。その結果、7人の連邦大臣の出身政党は5つに分かれた。

 政治の局面が変化し、現代の、あるいは昔ながらのスイス民主主義はこれまでにない状況に陥った。ほぼ半世紀前の1959年から2003年までの間、連邦内閣の配分にはずっと変化がなく、それは「魔法の公式」と呼ばれてきた。

 だがその後、スイスの政治には不明確な要素が現れ、徐々に予測不可能な色合いがにじみ出てきた。もっとも、ある方面から恐れられていたように、システムの柱が崩壊することはなかったが。

 それどころか、スイスの政治システムは逆に新しい形で安定するようになった。あるリサーチ機関の調査によると、各政党はそれぞれの支持率を維持しており、また、特定の案件について、議会や内閣では現在も各政党の協調政策が取られているということだ。

歩みは小幅

 ローザンヌにある「スイス公共行政大学院 ( Swiss Graduate School of Public Administration ) 」の政治学者アンドレアス・ラドナー氏は、世界のさまざまな出来事がスイスの政治路線にある程度影響を与えていると言う。
「主な政治問題や世界的な経済危機は、間違いなくスイスの政党やその戦略に間接的な影響を及ぼした。しかし、政治の流れはゆっくりで、その歩みは小幅だ」

ラドナー氏はまた
「急激で極端な変化を阻むハードルや制限は政治に数多く内在している。少なくとも、各政党の主要指針や勢力が変わらないうちは」
 と言う。その結果、中道右派も中道左派も絶対多数を獲得できなくなったというわけだ。

新たな展望

 波乱に満ちたこの数年間は、国家レベルの政治に新しい展望をもたらした。内閣で伝統的に保たれ、分権を基礎とした妥協のシステムもこの変化に順応することができたほか、中道右派の2政党、急進民主党 ( FDP/PLR ) とキリスト教民主党 ( CVP/PDC ) が連邦大臣の席を巡って争うという新たな対立も乗り切った。

 「主要政党が内閣配分を承認するだけ、というような政治システムになってしまってはならない。決定がなされる前に、何も政党間の意見が一致していなくてもかまわない」
 と言うのはザンクトガレン大学の政治学者シルヴァーノ・メックリ氏だ。
「これは、すべてのサイドから最終的に受け入れられる妥協を見つける能力、共通の関心を持つ人々が一つの解決策を見つける能力であり、その基礎は民主的な機関にある」

砲火を浴びる

 内閣は現在、この数カ月間に行った決定に対する批判の矢面に立たされている。つまり、金融危機への対処や銀行機密の保護、あるいはリビアとの外交問題であらわになった弱さを責められているのだ。

 メックリ氏も、内閣がこれらのケースで明白な戦略を提示せず、統一した立場を取らなかったという意見だ。しかし、その理由の一つとして、スイスのシステムの中ではそれぞれの連邦大臣の置かれている立場がかなり強力であること挙げ、
「内閣が取るべき唯一の選択とは、国内で各自が権力をデモンストレーションしても、国外では一つの声に絞ること」
 と主張する。そして、
「最近の危機で見られる問題は、内閣のシステムではなく内閣にいる人そのもの」
 と続ける。

 これまでの2年間、連邦議会は前期からの重要案件を引きずったまま。思いもよらない危機に見舞われ、自らの意思に反することが多くても、連邦政府の決定を受け入れざるを得なかった。明らかなケースとして、アメリカ政府に対する銀行顧客データの開示や核拡散の疑いを取り扱った文書の破棄を挙げることができる。

 「UBS ( 銀行 ) や銀行機密など、今期の議題として取り上げられていなかった案件を扱うことになり、議員らは事実、格別な努力を強いられている」
 
メックリ氏はさらに、
「連邦大臣同士の対立、またすでに退任したサムエル・シュミート前国防相やパスカル・クシュパン前内務相の後継者選びにも多くの時間が取られてしまった」
 と語った。

アルマンド・モンベーリ、swissinfo.ch
( 英語からの翻訳、小山千早 )

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魔法の公式

このコンテンツが公開されたのは、 内閣は現在4つの政党から成る、いわば連立政権。その内閣を構成する7人の閣僚を選出する際、4つの政党の分配比率を守る暗黙の了解を指す。この法則は法律で定められているわけではなく、あくまでも慣行だ。 1959年に初めて使われ…

もっと読む 魔法の公式

- 任期は約半分を過ぎたが、連邦議会は医療制度や老齢年金の改革など重要案件をまだ解決できないままだ。
- 内閣政党は1959年から2003年まで不変で、急進民主党 ( FDP/PLR ) 、キリスト教民主党 ( CVP/PDC ) 、社会民主党 ( SP/PS ) の各党が2席ずつ、国民党 ( SVP/UDC ) が1席を占めていた。
- 2003年に行われた総選挙で大勝した国民党はクリストフ・ブロッハー氏を連邦内閣に送り込み、キリスト教民主党に代わって2席目を獲得した。
- その4年後、連邦議会はブロッハー氏を落選させ、その代わりに当時国民党に所属していたエヴェリン・ヴィトマー・シュルンプフ氏を選任。この選挙で国民党は分裂し、新たに人民民主党 ( BDP ) が結成された。同党にはサムエル・シュミット連邦大臣 ( 当時 ) とヴィトマー・シュルンプフ司法相が所属している。
- 2008年、国民党の閣僚は再び1人のみとなった。
- 現在の内閣は、急進党、社会民主党からそれぞれ2人ずつ、キリスト教民主党、人民民主党、そして国民党から1人ずつという構成になっている。

連邦議会総選挙は4年ごとに行われる。
会期3週間の秋の連邦議会は9月27日に終了し、任期の折り返し地点を過ぎた。
次の総選挙は2011年10月に予定されており、続く12月に内閣選挙を迎える。

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