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「黒いスイス」への言い訳 −下−

スペイン内戦で戦ったスイス義勇兵は、祖国に戻っても仲間意識が高かった。(映画「スペイン内戦で戦ったスイス人」リヒャルト・ディンド監督より)。 Cinémathèque Suisse

日本で出版された「黒いスイス」は、外国人にはあまり知られていないスイスの姿を紹介している。著者は6年間、毎日新聞のジュネーブ特派員だった福原直樹氏である。

文豪ヘミングウェイと同じくスペイン内戦で戦ったスイス人が犯罪者とされたままでいる。第二次世界大戦中にユダヤ人のパスポートにJの赤いスタンプを捺すようにした。外国人がスイス国籍を取得するために住民投票をした自治体があった。前回は、同書が挙げるスイスへの批判項目の一部を紹介した。こうした批判を踏まえスイスインフォは今回、「黒いスイス」が生まれる背景を分析する。

スイスを外国に宣伝する外務省の「プレゼンツ・スイス」が、日本人を対象にスイスのイメージ調査した。スイスはイメージの良い国と思う人は7割を越え、フランス、オーストリア、ドイツと比較してもトップだった。理由として、1.国民が親切 2.環境対策がしっかりしている 3.政治が安定している 4.将来に目が向いている 5.国際的に活躍している 6.人道活動が盛んであることが挙げられた。
スイスに対して良いイメージを持つ読者が、「黒いスイス」を読めば、スイスはなんと「黒い国」なのだろうという印象を持つことは必至であろう。

直接民主制での物事の決定には時間が掛かる

 コーラー氏が大統領だった1997年ユダヤ人団体や米国から、賠償金を要求された際、スイス国立銀行の所有する金を売却した資金70億フラン(およそ6,000億円)で「連帯基金」の設立を決定し、戦争や災害の被害者を救済する大計画を打ち出した。
 その演説の中でコーラー大統領は外国に対し「直接民主制の国スイスが、その非を認め謝罪するまでには相当の時間が掛かる」という事情に理解を求めた。
 主権は国民にあり、政府は国民の決定に従うことが他の国よりはっきりしているのがスイスである。国民投票により、さまざまな事柄が決められるという事のほか、政府や議会の決定でも、有権者の5万人の署名があれば、レファレンダムとして、再度国民の審議を問うこともできる。
 たとえば国民がEU加盟を拒否したとすれば、政府は国民の意向に当然のことながら従う。現在、EUの加盟国ではないスイスの政府は、EU諸国に対して負う不利さを是正するためEUとの交渉をすすめている。しかし、政府とEUとの取り決めは再び国民の批准を得なければならず、条約が覆される可能性も大いにある。
 このように、国民と政府の役割が分かれているため、物事の決定にも時間が掛かる。

政府が認めても回復されない名誉

 資源が乏しいスイスは、中世から傭兵として、外国に出稼ぎに行く人が多かった。傭兵同士が外国で敵味方に分かれて殺し合うということもあり、1515年スイスは厳格なる中立の道を選び、傭兵はいまでも禁止されている。16世紀であっても、政治は民主主義制の下ですべてが決定されていた。
 スペイン内戦に参戦したスイス人の名誉が、未だに回復されないことは、500年前の決定がいまでも有効だからである。ルート・ドライフス内務相は1999年、「歴史は参戦者に対して、相対的評価を与えるであろう」との見解を述べ、スペイン内戦の参戦者が大志を持って戦ったことに理解を示した。しかし、一部の関係者から名誉回復の要請が出ているものの、議会は否認し続けている。国民からのレファレンダムが起きない限り、内戦参戦者の名誉は回復しない。直接民主制は、一つのことを決めるのに長い時間が掛かるという、一例である。

両刃の剣

 著者の福原氏は連邦制のスイスでは「生活が地域社会を中心に回っており、住民の視野は自ずと狭くなる。最高権力者の視野が狭ければ、全体の方向性を見誤ることもあるだろう。スイスの直接民主制は両刃の剣だ」と指摘した。
 スイスの国民は狭い視野を持って、対外的には保守的で国益が最優先の政治をしてきたかもしれない。しかし、ナチスドイツの台頭、スペインのフランコ政権、ここ数十年に起きた各国の戦争や紛争による難民の国外流出、欧州がEUとしてまとまろうとする動きなど、700年以来直接民主制を敷いてきた歴史の中で、一時的なできごとに過ぎないのである。どの国より長期的な観点から見ているのがスイスといえよう。
 また、国益が人道に優先すると同書は指摘するが、スイスは国内総生産の0.34%にあたる、15億3,000万フラン(2001年)(およそ1, 300億円)を国の予算として開発途上国の開発資金として投資している。国内総生産に占める割合で見るとOECD諸国の中でもスイスはベルギーに次いで7番目である。また、個人の寄付金も2億7,400万フラン(およそ233億円)に上る。
 直接民主制のありのままの姿や、スイスの人道活動内容を語らずして、「黒いスイス」の全容は知りえないのではないだろうか。
 
スイス国際放送 佐藤夕美 (さとうゆうみ) 

「黒いスイス」
福原直樹著
新潮社 新潮新書
680円(税別)

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