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エジプト大統領選挙「理想的な候補者がいない」

エジプト人作家エサト・アルカムハウィ氏は、母国で1年後に再び革命が起こるとみている Susanne Schanda/swissinfo.ch

エジプトではムバラク前政権崩壊後、初めてとなる大統領選が今月23、24日の両日に行われる。

スイスのソロトゥルン文学祭(Solothurn Literary Days)にゲスト参加したエジプト人作家エサト・アルカムハウィ氏に、祖国に対する期待や懸念を語ってもらった。

swissinfo.ch : あなたがここソロトゥルンで読書をしたり、文芸の議論をしたりしている間に、エジプトでは初の自由選挙による大統領選が行われようとしています。投票はすでにお済みですか?

エサト・アルカムハウィ : いや、まだだ。昨年は革命について執筆し、今は大統領選について書いているが、積極的に政治に関わることはしない。

swissinfo.ch : なぜですか?

アルカムハウィ : 理由は二つある。一つは、行政手続き上の問題だ。私はカタールに住んでいるため、カタールで登録をしなければエジプトの大統領選には投票できない。だが、投票登録をしなければならなかったときに、私はエジプトに滞在していた。ウェブ上でも投票登録はできたが、システムが機能しなかった。そのため、私は投票できないのだ。

理由はほかにもある。私はこの選挙で今の状況が鎮静するとは考えていない。この選挙ではエジプトの未来が作られることはない。(選挙後も)ただの移行期間だ。

swissinfo.ch : では、いつになったらエジプトの未来が作られるのでしょうか?

アルカムハウィ : 2011年1月25日の革命は、長期にわたる改革の始まりに過ぎない。1年後あたりにさらなる革命が勃発することを期待する。

swissinfo.ch : どの候補者が移行期間の大統領としては最適でしょうか?

アルカムハウィ : 理想的な候補者はいない。軍がすべてを掌握しているからだ。今後起こり得るシナリオは二つある。旧政権の候補者か、ムスリム同胞団からの候補者が勝利した場合、次に起こる革命は大統領や軍に反対するものになる。一方で、無理だとは思うが、もし革命派の候補者が勝ち、その人が大統領になった後も国民の側に立つとしたら、次の革命は軍に反対するものになるだろう。どちらにせよ、1年後にはまた革命が起こる。

swissinfo.ch : ムスリム同胞団がエジプトで勢力を増していることに対し、どうお考えですか?

アルカムハウィ : ムスリム同胞団は危険だ。だが、ムスリム同胞団が軍にかけ合ったり、公約を何度も破ったりしたことで、この団体に反対する声がここ数カ月で高まっている。ホスニ・ムバラク前大統領がお気に入りだった町シャルム・エル・シェイク(Scharm ash-Sheikh)から軍病院に移ったということ以外、エジプトでは何も変わっていない。いまだに旧体制が支配している。

swissinfo.ch : これから憲法が新しく起草されなければなりません。新憲法はどれほど重要なものになるでしょうか?

アルカムハウィ : 我々は、憲法の破局に直面している。市民団体は、まず憲法を起草し、それから新大統領を選ぶということを初めから要求していた。だが、軍やムスリム同胞団はこれを阻止した。革命直後に新しい勢力が集い、革命での要求が憲法に直接反映されてしまうことを危惧したためだ。

つまりこういうことだ。我々には新しい議会があるが、法の基盤は何もない。不可能な状況なのだ。これに比べたら、チュニジアは良い方向に進んでいる。チュニジアの軍はエジプトの軍と違って、私利私欲を追及していない。

swissinfo.ch : イスラム教を侮辱したとして、リベラルなジャーナリストや知識人が、ここ数カ月に度々起訴されています。エジプトはイスラム国家になりつつあるのでしょうか?

アルカムハウィ : イスラム教の超保守派、サラフィストは、昔からしてきたことをしているだけだ。ただ、ムバラク前大統領は今の軍よりもサラフィストをうまく利用していた。これまでは、イスラム教の価値と相反しそうな映画や本にサラフィストが反対し、それに対して、リベラルな知識人が批判をするという構図があった。だが現在では、軍政権下でサラフィストが権利を獲得し、政治の舞台で大手を振っている。これは憲法違反だ。彼らは民主的手続きを無視している。

swissinfo.ch : エジプトの発展において、宗教はどれほど問題になりますか?

アルカムハウィ : もし頭が痛くなったら、単に薬を飲んで仕事をするのではなく、なぜ頭痛が起きるのか理由を探さねばならない。エジプトで宗教が重要な位置を占めるのは、社会に広まる貧困と独裁政権に理由がある。経済状況が改善したら、新しく前進的なアイデアを受け入れる用意が社会全体で高まるだろう。一度にたくさんのことを期待してはダメだ。言い換えるなら、「パンももらっていないのに、ケーキを欲しがるな」だ。

swissinfo.ch : この改革プロセスにおいて、知識人の役割とは何でしょうか?

アルカムハウィ : 知識人はほかの市民と同じ権利と義務がある。私は「知識人」という言葉には抵抗がある。「知識人」というと、先導的な役割や模範的な人物像が期待されるものだが、ランクの高い役人や文化省大臣など政府を支える知識人もいるからだ。例えば、文化評論家のガベル・アスフォウル氏はムバラク前大統領夫人のスピーチ原稿を書いたり、ムバラクが辞任するほんの数日前には、文化省大臣のポストを受諾したりしていた。

そうした「知識人」がいる一方で、常に政権を批判していたソナラー・イブラヒムという作家もいる。国が授与する文学賞の受賞が決まった時は、露骨に受賞を拒否し、タハリール広場での反政権デモにも参加していた。

swissinfo.ch : あなたは今、カタールにお住まいですが、エジプトを離れるきっかけは何でしたか?

アルカムハウィ : 私がカタールの首都ドーハに越してきたのは、革命が起きた後で、今から約1年前のことだ。新聞の編集者として働き、文芸新聞の共同設立者でもあったが、政府に対し批判的な態度を取っていたために、編集長になることができなかった。そうしたときに、ドーハから「文化雑誌の編集長にならないか」とのオファーが来たので、それを受けることにした。

swissinfo.ch : エジプトの状況は良くなると期待していますか?

アルカムハウィ : もちろんだ。だが、それには1世代かかる。革命を起こした若者たちは、今後も自分たちの理想のために全力を注ぐことだろう。私は期待している。私の夢は、いつかエジプトに戻り、喫茶店を経営しながら小説だけを執筆することだ。

1961年、エジプトで生まれる。

学生の頃からエジプトやアラビア語のさまざまな新聞に寄稿。エジプトの文芸新聞「アクバル・アルアダブ(Akhbar al-Adab)」の創設者の1人。

1年前から中東のカタールに在住。「アル・ドーハ文化雑誌」の編集長を務めるかたわら、エジプトやアラブ語の新聞にコラムやコメントを執筆している。

主な著書として、『番人(Der Wächter)』、『愉快な町(Stadt des Vergnügens)』、『ナイル川の向こう岸の部屋(Ein Zimmer über dem Nil)』がある。

(独語からの翻訳・編集、鹿島田芙美)

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