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「ワカラナイ」の小林政広監督に聞く

Locarno Film Festival 2009

2007年にロカルノ国際映画祭グランプリの金豹賞を受賞し、今年は「ワカラナイ」を出品した小林政広監督は、審査員としての昨年を数えるとロカルノは4度目。現代の日本人監督の中で最も「ロカルノ通」である。

フランソワ・トリュフォー監督に大きく影響されたという小林氏が初めて作った子どもを主人公とした「ワカラナイ」を通し、日本の家族について、また、アニメ映画について、ロカルノ映画祭が盛況の現地で聞いた。

swissinfo.ch : 「ワカラナイ」は病気の母親がいる少年のことを描いた映画です。監督にとって、少年を描くということに、ある特別な思いがあるようですが。

小林 : トリュフォーは27歳の時「大人は分かってくれない ( Les Quatre Cents Coups)」を作っています。20代、30代と、若くしてデビューすると、自分の中の世界の変化でものの見方も変わっていく。同世代を主人公にして映画を作るということは一番自然なことだと思います。

一方、僕の場合、初めて映画を作った時には、すでに42歳ぐらいになっていました。それまでテレビのライターをしていたので、いろいろな世代の話を書けましたし、書かなければいけませんでした。自分が映画を作る時は自分より年上の世代を主人公として作ったので、ある意味背伸びをしていたと思います。
そういう意味では今回の映画は、すべて初めてのことです。

swissinfo.ch : 現代の少年の中には、キレてしまい犯罪に走ったりする少年もありますが、映画の中の亮は勉強もし続けるなど、非常に純粋で立派ですね。

小林 : キャラクタ作りの上で、そうしたところで欠点を作りたくなかったのです。説得力のある人間にしたかった。投げやりな感じにはならないような子にしたかったのです。

トリュフォーの少年は、その当時でも、本当に普通の、ありふれた、どこにでもいる少年ではないのではないかと思います。親からうとまれたり、家出したりというのは、どの時代でも特別、数少ない、感受性が強いということですから、一般的な子どもではありません。

亮も、( 彼が置かれた特殊な ) 家庭環境などがあるので、気がつかなくともよいことも気づいてしまう、気づかざるを得ない部分もあるでしょうし。

swissinfo.ch : 監督は記者会見の中で、ご自分が少年だった時には精神的な被害者だったと語っておいででした。精神的な意味で、子どもは被害者で大人は加害者という見方ではなく、お互い迷惑をかけ合いながら分かり合えるのが家族ではないかという考え方もあると思いますが。

小林 : 親子の関係というのは、「( 迷惑を ) かけ合いながら」というのではないと思います。常に子どもに、一番しわ寄せはくるのではないかと思います。親がうまくいっていないと、どうしても子どもに、弱い者に当たると思います。生活が苦しかったり、どうしていいのか分からなかったり、問題があると、子どもの方に行くのではないでしょうか。

swissinfo.ch : 今年のロカルノの国際部門に出品された映画の多くが、家族や人の孤独を描いています。今の映画は「家族」がテーマですか。

小林 : 昔からやはり、ロカルノに限らず、特にカンヌなどは、家族というテーマは、最も普遍性があり、どこの国でも共通するものなので。ホームドラマは、どのような時代でも必要とされていると思います。

ただ、9.11事件以降、もっとひどいことが起きていたため、そちらの方に目を向けていたのですが、再び家族の方に戻って来たのでしょう。戦争をテーマとしていても、ホームドラマ的な要素がないと映画的広がりも出てきませんし、普遍性が出てきません。ある特殊な話になってしまいます。そうしたものはドキュメンタリーですればいいのではないかと思います。

swissinfo.ch : 監督は、政治的メッセージのある映画は作らないとおっしゃっていましたが。その理由は?

小林 : 「映画は、反体制といわないまでも、反抗でなければならない」とトリュフォーも言っているのですが、反抗ということとポリティックということは全く別です。 ( 映画というものは ) 先導やプロパガンダになってはいけないと思います。人々を引っ張っていくという、オピニオンリーダーではないはずです。言葉で言えないことを表現するのが映画だと思うのです。

映画は、現体制を批判したり、賛同したりすることではない。物語の中にそういう要素がなければならないとは思うのですが、直接的に言ったり、観客を一つの方向に導いたりするのは危険ではないかと僕は思います。

( 第58回カンヌ映画祭に出品した ) 「バッシング」でイラクの人質になった事件を扱いましたが、あくまでフィクションとして作りましたし、イラクという言葉もいっさい使わなかった。いろいろな意味で普遍性のあるものにしようとしましたが、あまりにも実際に起きた事件から時間が近かったことから、ドキュメンタリーのように捉えられたという反省などもあり、今回の作品はフィクションで、どこにでもあるような話ですよね。

swissinfo.ch : 国際部門や新鋭監督部門で日本のアニメが出品されています。アニメと一緒に「ワカラナイ」が評価されることをどのように思いますか。

小林 : アニメーションと実写の映画とはやはり、全く世界が違うものですから。ただ、同じ表現ですから、実写にはできないことをアニメはやっているし、アニメができないことを実写がやっているところがありますから…。
好きなアニメもたくさんありますし。

swissinfo.ch : 最近、日本では、まんがや劇画をテレビドラマにしたり、映画にしたりすることがよくあります。

小林 : ちょっともう、時代おくれという感じがします。昔は週刊誌やまんがを読んでいる人たちばっかり。今は、まんがを読んでいる人はいません。みんなゲームやDSか携帯でしょう。いまだにまんがの原作というのは、かつて当たったものがあるから、それをずっとやっているという程度の考えしかなくて。もう、とっくに飽きられている。一部、映画になって当たるものもあるのでしょうが。ただもう、そういう時代ではないと思います。

swissinfo.ch : 昨年お話しいただいた際、ロカルノは華がないが、そんなロカルノが好きだとおっしゃっておいででした。今回の「マンガインパクト」では、大手資本を背景としたアニメが多く上映されます。

小林 : 良いことだと思います。ただ、今年1回で終わってほしくない。やるなら、来年、再来年も、まんがではなくともお客さんを呼ぶイベントをもう少しやっていくべきだと思います。大きな会社を巻き込んだりしてね。ロカルノ映画祭は日本で知られていないので。カンヌ、ベルリン、ベネチアしかないのではないかと。それ以外で評価された映画は、マイナーなイメージしかない。

最近モントリオールの映画祭が評価されているというか、モントリオールでグランプリを取ったものがアカデミー賞の外国映画賞を取っただけですが、先見の明があったという意味だけでも、宣伝効果がありました。モントリオールはフランス語圏であるものの、北米の映画祭で、より娯楽色の強い、イベントとして捉えられる映画祭です。

どこまでいってもスイスはスイスの、なにか不器用な部分でやっていくのが一番良いと思います。

佐藤 夕美 ( さとう ゆうみ )、ロカルノにて、swissinfo.ch

8月5日から15日までイタリア語圏ティチーノ州のロカルノ ( Locarno ) 市で開催される。
カンヌ映画祭と並ぶ長い歴史を持ち、ジャンルの多様性や若い監督を応援することなどで定評のある、ヨーロッパの代表的な映画祭。
コンペティションでは、メインの金豹賞部門 に18の作品が、新鋭監督部門 ( Cinéastes du présent ) に17の作品が出品されている。
また今年は日本のアニメ約80本を歴史的かつ総合的に眺める「マンガインパクト ( Manga Impact ) 」が企画され、上映、展覧会、対談などが開催される。これはイタリアの「トリノ国立映画博物館」との共同企画で9月16日からは、トリノで開催される予定。
戦前の短編アニメ、戦後の手塚治作品から、最新の作品まで幅広く上映。高畑勲監督特集、富野由悠季監督特集、「スタジオ・GGAINAX」の特集、シンポジウム、セミナーなども組まれている。

1954年東京生まれ。
林ヒロシの名前でシンガーソングライターとして活動。
映画への情熱が募り、フランソワ・トリュフォー監督の弟子になろうと渡仏。しかし、トリュフォー監督には会わずに帰国。脚本家としてテレビドラマを多数手がけるが、42歳で映画監督に転向。デビュー作「Closing Time」でゆうばり国際ファンタスティック映画祭グランプリを受賞。その後、カンヌ国際映画祭に4回出品。ロカルノ国際映画祭では、第56回にも「完全なる飼育 女理髪師の恋」で特別大賞を受賞している。
その他主な作品
「海賊版 Bootleg Film」 ( カンヌ国際映画祭出品 )
「殺し KOROSHI」( カンヌ国際映画祭出品 )
「歩く、人」( カンヌ国際映画祭出品 )
「フリック」
「バッシング」 ( カンヌ国際映画祭コンペティション参加作品 )
「愛の予感 リバース」 ( 第60回ロカルノ国際映画祭金豹賞受賞作品 )
「ワカラナイ」 (第62回ロカルノ国際映画祭出品 )
( 参考資料「魂の仕事人」など)

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