スイスの視点を10言語で

「北壁」― ロカルノ国際映画祭 -

始めは調子良く登っていたのに、多発する事故と悪天候に登山路が閉ざされてしまった Nadja Klier/Majestic

8月6日から開催中のロカルノ国際映画祭4日目のピアツァ・グランデでは、1936年に起こったアイガーの悲劇を描いた作品「北壁 ( Nordwand )」 が、この秋のロードショーを前に初公開された。会場はヨーロッパ版「スリル映画」に息を飲む観客で満席だった。

今年はアイガー北壁初登攀70年周年など、麓 ( ふもと ) のグリンデルワルトでは多くの記念行事が催されている。この映画は映画ファンに限らず、山岳愛好家や一般人にも注目されることになりそうだ。

政治に利用されたアイガー

 1936年のドイツ。ベルリンオリンピックを前に、アイガー北壁を制した人には金メダルを贈るとヒトラーは発表し、ドイツ民族の「優秀さ」を世界に示そうとした。ドイツ軍兵士のトニー・クルツ ( ベノ・フュールマン ) とアンディ・ヒンターシュトーサー ( フロリアン・ルカス ) の2人は政治にはほとんど興味がない。しかし、ザイルを利用し宙づりで、勢いをつけて横飛びに山の壁を渡ることが得意だった。アンディは言う。
「僕たちならできると、世間に示すチャンスだ」

 一方慎重なトニーは
「山登りは、誰かに何かを示すためにするのではない。自分の喜びのためにするものだ」
 とあまり乗り気ではない。しかし結局、挑戦を決意する。

 トニーのガールフレンドのルイゼは、駆け出しのカメラマンとして大衆紙のジャーナリストと共に、アイガーの麓クライネシャイデックに待機した。北壁の様子はここから望遠鏡を通し手に取るように分かる。滞在するホテルには社交界の富豪たちが、タキシードやドレスをまとい、ホテルのテラスから「古代ローマのグラディエーターの戦い」を見物するかのように、彼らの挑戦をかたずをのみながら見守っている。

君たちは別のルートを選ぶべきだった

 7月18日、トニーとアンディは夜明け前に登り始めたが、すぐ後にはオーストリア隊が続いた。午後15時半、雪の上に道を作りながら登り続ける。雪用のアイゼンは途中で失ってしまった。3100メートル付近で野宿した翌日は曇りとなり、オーストリア隊のヴィリが、落石で頭を負傷した。この日も結局野宿だ。悪天候に見舞われながらも、ドイツ隊はほぼ順調に頂上を目指すのだが、ヴィリの頭から流れる血は止まらない。
「君たちは別のルートを選ぶべきだった」と怒りながらも、トニーは北壁初登攀を断念し、20日には下山することにした。

 しかしここから本当の悲劇が始まる。登りで横飛びをした場所まで降りるが、横渡ししたザイルは、先を急ぐあまり取り払ってしまっていた。ここでも横飛びを試みるアンディだが、今回は上手く行かない。こうして吹雪の中4人の彷徨 ( ほうこう ) が始まる。21日、ザイルを岩に止めるハーケンが抜け出て、トニーを残して3人は谷底に散っていった。

 一方、ルイゼは腰の重いスイス人山岳ガイドたちをやっとの思いで動かし、登山電車の最終地アイガーヴァントからトニーの救助を試みる。愛するトニーにはここから声が届くのだ。果たして救助隊はトニーを救助できるのか。重苦しいスリリングに観客の心は奪われていく。

クルー全員が山を好きになる

 ドイツ人のフィリップ・シュテルツィ監督によると「北壁」は「できるだけ史実に忠実に作った」というが、「当時の社会状況を象徴するために」ルイゼと大衆紙の記者はフィクションだ。
「フィクションを入れることで、一般観衆にも分かりやすくした。この映画を通して、歴史的な背景を説明し、こうした悲劇を多くの人たちに思い出して欲しいと思った。『タイタニック』もそのように作られている」
 とシュテルツェイ氏は9日の記者会見で語った。そのほか、山のシーンなどはアイガーばかりではなく、多くの映像の切り貼りで作られた。

 一方、主役の俳優4人は、役作りのため実際に登山の訓練を受けたという。横飛びのアンディ役のルカス氏は、それまで氷河を見たことがないという登山の素人。しかし、役を終えて登山が好きになり、ロカルノ映画祭が始まる前にアイガーの頂上まで登った。
「山登りは心臓がどきどきする。不可能だと思っていたことを可能にするという魅力がある。普段の生活にはこれといった目標がないが、登山には目標がある」
 と語った。

 そのほかカメラマンもすっかり登山家になったという。
「山のシーンは肩にカメラを担いでの撮影だ。これまでの山の映画は山の美しさを表現することが重要だったと思う。しかし、この映画では、役者の間にカメラが存在するアングルを意識した」
 とシュテルツェイ氏は言う。

 「北壁」の一般公開を間近に控え、山での事故が目立っている。
「今の山登りは、限られた休暇の中で無理に登ろうとする登山家が多い。また、それを助長する観光業も問題だ。撮影のクルーは待つことを覚えた」
 とシュテルツェイ氏は、現代の山登りの問題点もこの映画を通して再認識されることを願っているという。

swissinfo、ロカルノにて 佐藤夕美 ( さとう ゆうみ )

映画「北壁 ( Nordwand )」
監督 フィリップ・シュテルツェイ
トニー・クルツ = ベノ・フュールマン
アンディ・ヒンターシュトーサー  =  フロリアン・ルカス
ルイゼ・フェルナー = ヨハナ・ヴォカレック
配給 Majestic Filmverleih
121分

swissinfo.chの記者との意見交換は、こちらからアクセスしてください。

他のトピックを議論したい、あるいは記事の誤記に関しては、japanese@swissinfo.ch までご連絡ください。

SWI swissinfo.ch スイス公共放送協会の国際部

SWI swissinfo.ch スイス公共放送協会の国際部