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「北朝鮮人はただ食糧が欲しいだけ」

「偉大なる後継者」金正恩氏は、ベルン州の学校に通っていた Keystone

北朝鮮の金正日(キム・ジョンイル)総書記が死去し、全体主義の独裁国家に世界中が注目している。その理由を防衛専門家のアルベルト・シュターヘル氏に聞いた。

チューリヒ大学政治学研究所教授で戦略研究を専門とするシュターヘル氏はどちらかというと悲観的だ。

 「金正日氏の息子で、スイスで教育を受けた現在20代後半と思われる金正恩(キム・ジョンウン)氏が、北朝鮮の将官に受け入れられるかどうかにすべてはかかっている」

 他国の政府は、北朝鮮を17年間統治した正日氏の死を慎重ながらも楽観視している。息子への権力移行から朝鮮半島に不安が広がる可能性はあるが、一方では新しい外交がスタートする可能性も秘めている。

  

 北朝鮮のこれまでの行動が常軌を逸していたことは周知の事実。今後の路線を予測するのは困難だ。韓国は未知の人物である正恩氏に不安を抱き、120万人の戦力を持つ北朝鮮に対する警戒態勢を強めている。

swissinfo.ch : 正日氏の死去を、独裁者が1人減ったという良いニュースだと受け止めた人は大勢いました。しかしその後、正恩氏はもしかしたら自分の力量を世界に示すべきだと思っているかもしれないという不安が大きくなっています。そうなると、現在の多少なりとも安定した状況が脅かされます。これについてどう考えますか。

シュターヘル : ある独裁者が別の独裁者にとって代わるだけ。ムバラク一族が支配していたエジプトでのように。リビアのカダフィ一族やシリアのアサド一族も同じ。今後の安定はないだろう。むしろ、状況が悪化する可能性がある。

swissinfo.ch : アラブ世界の変化と比較するとどうでしょう。

シュターヘル : 異なる。チュニジアでは革命のようなものが起こった。リビアでは、主にフランスとイギリスが手助けをし、闘争のようなものが発生した。そしてエジプトには依然として将官やムスリム同胞団がおり、権力の座を狙っている。シリアでは、イランやトルコ、サウジアラビアなどの国々の影響が大きい。

swissinfo.ch : 北朝鮮の人々は今回の出来事をチャンスと見なし、自由のために力を注ごうとはしないでしょうか。

シュターヘル : 食べ物が欲しい、それが彼らの一番の関心事だ。ただそれだけだ。

swissinfo.ch : 今回のことで北朝鮮が停滞してしまった場合、国を動かしていける官僚はいるのでしょうか。

シュターヘル : それはまさに権力の継承がどのように進むかによる。正恩氏は軍経験がないため、軍の中には彼を疑問視する人間がいるかもしれない。そうであれば、将官の間で争いが起こる可能性がある。

swissinfo.ch : 中国は北朝鮮の最も大切な同盟国です。中国政府は今後も支援を継続し、当地域の「平和と安定のために積極的に寄与する」と発表しました。中国は急激な変化を恐れているのでしょうか。

シュターヘル : 中国人は北朝鮮の情勢悪化に備えている。政府は軍を北部へ移動させるだろう。そこには中国に入ろうとしている難民が大勢いるからだ。また、北朝鮮との国境周辺に住む中国人の3割は、事実上北朝鮮人だ。

これは非常に危険な事態であり、中国は北朝鮮の半分ほどを自国のコントロール下に置くようになるのではないか。これには核兵器も含まれる。中国はまた、同様に北朝鮮の情勢に注目しているロシアよりも早く行動を起こそうとするだろう。

swissinfo.ch : 核兵器についてですが、バラク・オバマ米大統領はこの問題について北朝鮮との交渉再開を検討しているところでした。オバマ大統領は交渉を再開するべきですか。

シュターヘル : 長期的にはその方がよい。北朝鮮が安定した状態にあれば、核兵器について議論を再開することはもちろん可能だ。しかし、現時点では北朝鮮の情勢の方が重要だ。

状況が悪化し、中国が北朝鮮に進出すれば、韓国にも難民が流れると予想される。これは韓国やアメリカにとっても問題だ。つまり、そのときに韓国がどのように出るか、また韓国軍が北朝鮮に入り込んだら、果たしてアメリカはそれを受け入れるか、ということが懸念される。

swissinfo.ch : 北朝鮮と韓国の関係はどのように変わりますか。

シュターヘル : 当分、大きな変化は見られないだろう。両国のシステムは酷似している。それは一種のノーメンクラツーラ(旧ソ連の制度で、共産党から任命された人だけが重要職に就いていた)で、自分が生き残ること、自分の権利やお金やぜいたく品などを得ることのみが目的だ。これが変わることはないだろう。

swissinfo.ch : 2008年、スイスは北朝鮮に対する開発援助を2011年で打ち切ると決定しました。これは再検討されるでしょうか。

シュターヘル : 私は、スイス政府は当分の間、北朝鮮に関する計画をすべて保留にし、状況の展開を見守るべきだと思う。

swissinfo.ch : 北朝鮮の未来は明るいと思いますか。

シュターヘル : 私はどちらかというと悲観的だ。この若者はこれから将官に守られながら権力掌握に努めなければならない。それはそれでいいのだろうが、問題も多々出てくるだろう。

スイスはスウェーデンと並び、南北朝鮮間の休戦を監視する「中立国監視委員会」のメンバー国。

1990年代の飢饉を受け、スイスはいち早く北朝鮮で人道的援助を開始した。

その後、この援助は長期の開発計画へと発展。このような支援はほかにはほとんどみられない。管轄は連邦外務省開発協力局(DEZA/DDC)。

開発計画は特に農産物生産の向上を中心に行われているが、北朝鮮の国際社会への統合も目的の一つ。

スイスの北朝鮮支援は連邦議会で激しく非難され、2011年に終了する予定。

金正日(キム・ジョンイル)氏の3男で後継者と見なされている金正恩(キム・ジョンウン)氏は、10代のときにベルン近郊の学校に通っていたことがある。

(英語からの翻訳、小山千早)

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