宇宙探査 小国スイスの大きな貢献

「子どもの夢がかなった」

Keystone

1969年7月20日夜、世界中の目が月に向いていた。若かりしクロード・ニコリエ氏もニール・アームストロングの冒険を胸を高鳴らせながら追っていた。ニコリエ氏は宇宙に滞在したことがあるただひとりのスイス人宇宙飛行士だ。

このコンテンツは 2009/07/20 15:25

現在64歳のニコリエ氏は合計4回宇宙へ旅した。今は「アメリカ航空宇宙局 ( NASA ) 」、「欧州宇宙機関 ( ESA ) 」、そして「連邦工科大学ローザンヌ校 ( EPFL ) 」の職員として仕事をしている。

月に降りたことこそないが、地球から600キロメートルも離れた空間にいたニコリエ氏は、最も月に近づいたスイス人だ。

swissinfo.ch : ニール・アームストロングが月面に足を下ろしたときはどこにいましたか。また、月面着陸の瞬間についてどんな記憶が残っていますか。

ニコリエ : 当時わたしは24歳で、軍のパイロットをしていました。ローザンヌとモントルーの間にあるラ・トゥール・ド・ペイ ( La Tour-de-Peilz ) という町に住んでいたおばのところに数日間泊まり込み、毎日白黒テレビを見ていました。ニール・アームストロングが宇宙船から出てくるまで、長い時間辛抱強く待ったことを覚えています。

その瞬間は魔術でも見ているような、とにかく素晴らしい瞬間でした。「わたしたち」が初めて月に降りたのは、漫画の「ティムとシュトルッピ」の中でした ( 笑い ) 。でも、この夜にそれが現実となったのです。子どもの夢がかなえられたのです。

swissinfo.ch : アメリカ人とともにスイスの一部も月に降りましたね。

ニコリエ : その通りです。太陽風計測用のアルミホイルシートは、ベルン大学のヨハネス・ガイス教授の実験のたまものなんです。

swissinfo.ch : 宇宙ミッションには4回参加していらっしゃいますが、「あちら」では無限というものをどんなふうに体験するのでしょうか。

ニコリエ : わたしはアポロ計画に参加した宇宙飛行士ほど遠くに行ったわけではありませんが、地球の軌道上600キロメートルの高さで味わう気分は素晴らしいものです。無重力状態を経験し、また地球と宇宙の眺めにも感嘆します。とにかくすごいとしか言いようがありません。

そんな光景の美しさを堪能できるだけでなく、わたしは任務が持つ意味にも満足感を覚えました。特にハッブル望遠鏡の修理がそうでした。

ハッブル望遠鏡は科学と天文学にとって本当にこの上ない価値を持つ機器なので、これを再び使用できるようにすることは大変重要なことだったのです。

swissinfo.ch : 1969年から4年間、人類は6回月に行っていますが、それ以後は1度も行っていません。月の魅力は火星に取って代わられてしまったのでしょうか。

ニコリエ : そんなことはないと思います。アポロ計画の目的は、ロシアより先に月に降りることでした。もちろん、技術的、科学的、そして計画実行の遅れも取り戻されなければなりませんでしたが、目的は純粋に政治的なものだったのです。

月に6回行った後、月調査は打ち切られることになりましたが、それには経済的な理由もありました。その後、ミッションの焦点は国際宇宙ステーションが計画しているように地球の軌道上に移行しました。

swissinfo.ch : アポロ宇宙船の構成部品を作っている企業で働いていたビル・ケーシー氏のように、「人類はまだ1度も月に降りていない」と主張する批判的な声も聞かれます。人類が成し遂げた偉大な出来事の1つが実は茶番だった、などということはありえますか。

ニコリエ : 知的な面からみれば、そのような疑問を感じるのも当たり前です。テンジンとヒラリーは1953年、本当にエベレストに登頂したのでしょうか。このような冒険には証人がいますが、それが月となると難しい。月はここからあまりにも遠く離れているのですから。

いずれにしても、わたしは人類が月に降り立ったこと、そしてアポロミッションはわたしたちが見たとおりに行われたことを少しも疑っていません。

swissinfo.ch : NASAは2020年までに再び人類を月に送り、できれば常設の基地を作りたいと考えています。月に人が住むことは可能でしょうか。

ニコリエ : 科学調査のための基地を月に造ることは可能だと思います。しかし、「植民地化」は無理でしょう。大勢の人々が月に行くとは思えません。遠い未来においても。

月はとてもきれいなところです。オルドリン ( アームストロングとともに月に降り立った宇宙飛行士 ) は「壮大な殺風景」と言い表しましたが、月は人間にとてもやさしい場所です。

swissinfo.ch : 今すでに月旅行を宣伝している民間企業もありますが。

ニコリエ : それは気になりません。ただし、責任を自覚したツーリズムであるということが条件です。わたしは宇宙飛行士以外の人も月へ行くことが可能であるべきだと思っています。この非凡な経験は、宇宙飛行士だけに制限されるべきではありません。

swissinfo.ch : 月は、ヘリウム3などのエネルギーを得ることができるかもしれないという点でも関心を呼んでいます。これは本当に期待できるメリットでしょうか。月は何らかの形で「地球を救う」ことができると思いますか。

ニコリエ : そのことに関しては賛否両論に大きく分かれています。月のヘリウムを利用するとなると費用がとてもかさむからです。すべては地球のエネルギー源開発にかかっています。核融合により大きい期待がかけられるようになれば、場合によっては月のヘリウム3の利用もありうるかもしれません。

今は、月面に巨大なインフラを実現する時期ではありません。しかしいずれ、地球から月への往復費用もそれほどかからなくなると思います。

swissinfo.ch : 経済危機、貧困、戦争、環境破壊など、地球は数多くの問題を抱えています。それなのに、なぜ宇宙探査にお金をかけるのでしょう。

ニコリエ : 宇宙はさまざまな可能性を秘めています。宇宙が探究されていなければ、わたしたちの生活は今とは異なったものになっていたでしょう。通信を見ただけでも、経済面で費用がかなり抑えられています。

NASAの年間予算は170億ドル ( 約1兆6000億円 ) ですが、ジェネラル・モーターズやUBS銀行が受け取った支援金に比べれば取るに足らない金額です。

また、宇宙へ目を向けるとき、その対象となっているのは常にこの地球です。たとえば、スイスが毎年欧州宇宙機関に支払っている1億4000万フラン ( 約122億円 ) は、その大部分が再び産業に流れ込んでおり、ひいては職場に戻ってきているのです。このような出費の仕方は浅はかとは言い難いものではないでしょうか。

ルイジ・ヨーリオ、swissinfo.ch
( 独語からの翻訳、小山千早 )

クロード・ニコリエ氏略歴

1944年9月1日、ヴォー州ヴヴェイ ( Vevey ) 生まれ。

ローザンヌ大学で物理学を修める。1974年、「スイスエア社 ( Swissair ) 」のパイロットになる。

1976年、「欧州宇宙機関 ( ESA ) 」の奨学金を受け取る。2年後、ヨーロッパ初の宇宙飛行士グループのメンバーになる。

1980年、NASAのミッションメンバーの教育を受ける。

宇宙へ4度の飛行:1992年 ( アトランティス号 ) 、1993年 ( エンデバー号 ) 、1996年 ( コロンビア号 ) 、1999年 ( ディスカバリー号 ) 。およそ8時間の宇宙遊泳を経験した。

現在は、連邦工科大学ローザンヌ校 ( EPFL ) で宇宙飛行技術を教える。

冒険家ベルトラント・ピカール氏とともに、太陽光発電の飛行機で初めて地球を1周する「ソーラー・インパルス」プロジェクトに携わっている。

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歴史に残る一歩

1969年7月20日ケープ・カナベラル ( Cap Canaveral ) 時間の21時56分 ( スイス時間の3時56分、日本時間の11時56分 ) 、アメリカ人宇宙飛行士のニール・アームストロングが人類史上初めて月に降り立った。

この着陸を記念して ( 人類と宇宙人のために ) 、アポロ11号の乗務員はステンレス製のプレートを月に残してきた。そこには「1969年7月、地球に住む人類が初めて月に降り立った。われわれは全人類を代表して、平和裏に月にやってきた」と記されていた。

月に降り立った宇宙飛行士はこれまで合計12人いる ( 最後は1972年12月 ) 。

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月は誰のもの?

1967年にアメリカ、イギリス、当時のソ連の間で結ばれた宇宙条約 ( Outer Space Treaty ) では、月を含む天体は「人類共有の遺産」と決められている。

そのため、どの国もその主権を主張することはできない。

月への観光旅行を計画し始めた民間企業はいくつかある ( 費用は約8000万ユーロ、約11億円 ) 。

また、月の土地を販売しようとしている企業もある。例えばイスラエルのある企業は、1ヘクタール100ドル ( 約9400円 ) で注文を受け付けている。

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