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パルムラン新大統領「スイスの優先事項は常に国民の健康」

パルムラン
Tomas Wüthrich / 13 Photo

2021年、スイス連邦大統領に初めて就任した保守系右派・国民党のギー・パルムラン氏(61歳、ヴォー州出身)。新型コロナウイルス危機の中でスイスを導き、所属政党の意向に反して欧州連合(EU)との制度的枠組み条約の交渉を進めていくという困難な任務を負う。

swissinfo.ch: ここ数カ月、スイスの新型コロナウイルス対策では経済的利益が大きな比重を占めていました。米国誌「フォーリン・ポリシー」は、「スイスは人の命より緊縮経済を優先」と題する記事を掲載しましたが、この見方を受け入れますか?

パルムラン:いいえ。コロナ危機への対応において、スイスを利己的な国だとみなすようなこの解釈には反対です。私たちは常に国民の健康を最優先してきました。だからこそ、感染防止対策とその経済的影響の利害のバランスが当然必要になります。今のところ、それほど悪くはありません。

政府は定期的に措置の見直しを行っています。ここ数週間は各州の間でより的確に調整がなされ、それぞれが連邦政府の基準よりも厳しい措置を講じています。これは、コロナ禍において州が責任感を持って危機管理に当たったことを証明しています。

swissinfo.ch:ですが、スイスと同等の医療制度を持つ隣国のオーストリアやドイツでは、相対的な死亡率がはるかに低くなっています。どう説明されますか?

「私たちは皆、連邦制と国の団結を大切にしている。最初の危機に直面したからといってそれを簡単に捨てたりはしない」

パルムラン:どの国もそれぞれのやり方で危機に対処しています。我が国と同様に連邦国家であるドイツは、ウイルスが流行し始めた春にはそこまで深刻な影響を受けませんでした。オーストリアは、当初非常に厳しい対策を講じた後、夏には比較的自由な措置を取り、再び規制を厳格化しました。

スイスは常に、独自に状況分析を行ってきました。政府の決定を批判したり、もっと別の対策をとるべきだったと言ったりすることはいつでもできます。ですが、政府は州と連携しながら責任を持って選択・決定してきました。私たちには明確なルールと基準があります。それがこの国のやり方です。

swissinfo.ch:秋には、各州が異なる感染防止措置を講じて不協和音が生じ、かなりの不満が噴出しました。スイスの連邦主義は、コロナ危機を無傷で切り抜けられるのでしょうか?

パルムラン:今回の出来事で連邦制の一部の面を見直す必要があるとしても、これが連邦制の失敗ではないと私は確信しています。連邦制は、晴れの日だけではなく嵐の時にも機能しなければなりません。時には、国の異なるレベル間で連携が遅れたり、スムーズに行かなかったりしたこともありました。それは未来への教訓としなければなりません。ですが、中央集権型の国で取られた方法がスイスよりも優れていたとは言い切れません。私たちは皆、連邦制と国の団結を大切にしています。最初の危機に直面したからといって、それを簡単に捨てたりはしません。

パルムラン
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swissinfo.ch:まさしくその「国の団結」を任期中のテーマにされていますが、具体的な取り組みは?

パルムラン:「団結」は私たちの社会には欠かすことのできない絆です。どんな犠牲を払っても守らねばなりません。スイスには異なる文化、異なる言語もあれば、山岳地帯や平野部、農業地帯、都市部もあるのです。

今回の危機ではある種の緊張や無理解が表面化しています。大統領としての1年間に私が優先することは、住む場所で影響が異なる政府レベルの決定について、その根拠を説明していくことです。この数カ月間は、その分野、つまりコミュニケーションの分野があまりうまく行かなかったようです。

「この危機では、国民や企業に状況予測を伝えることが非常に困難だ。それが政府の決定に対する不満の増大につながっていることはよく分かっている」

swissinfo.ch:世論調査では政府支持率が最低になっていますが、どのようにスイス国民の信頼を取り戻していく考えですか?

パルムラン:この危機において非常に困難なのは、国民や経済主体に状況予測を伝えることです。それが政府の決定に対する不満の増大につながっていることは、私もよく分かっています。また、国民の間にある種の疲労感が広がっているのも感じています。ワクチン接種の開始でその状況が緩和され、徐々に通常に戻っていけるはずです。だがはっきりしておきたいのは、すでに被害が出ているということ、そしてそれがすぐには終わらないということです。我々の使命は、被害を最小限に抑え、回復が訪れた時にスイスがすぐに通常運転に戻れるようにしておくことです。

swissinfo.ch:コロナ危機ですでに国には300億フラン(約3兆5千億円)以上の経済損失が出ています。スイスの債務比率は国内総生産(GDP)の30%以下で、他国に比べると低いですが、今は国がさらに主導権を取って、経済再生に向けた投資計画を策定する時期に来ているのではないでしょうか?

パルムラン:エコノミストたちは、現時点で景気刺激策は意味がないという意見でほぼ一致しています。金融刺激と数十億フランの注入によって経済メカニズムは機能し続け、一時的な苦境に耐えることができています。

同時に、将来に向けて多額の投資もしています。先の議会では、今後4年間で研究と教育に280億フランの予算を計上することを決めました。輸出産業や研究開発事業への投資を希望する中小企業向けの支援策も決まったところです。

国は1億3千万フランをかけて、今後2年間のイノベーション促進特別プログラムを立ち上げました。イノベーションに投資する企業活動を促進するため、コストの一部負担策として2024年までに総額2億6千万フランが投じられます。観光、スポーツ、文化セクターには、別の特別支援策が取られます。

swissinfo.ch:スイス経済には、この危機から迅速に立ち直るだけの回復力がありますか?それとも深刻なダメージを受ける可能性があるのでしょうか?

パルムラン:すでにダメージは出ており、経済分野によってそれは大きく異なります。同じ業界でも状況がかなり違い、例えば都市部のホテルは山岳地帯のホテルに比べ、はるかに厳しい状況にあります。

しかしながら最新の統計では、2020年の倒産率は例年よりも低い。これは、経済構造を人工的に維持する必要があったとしても、国の介入の仕方が的を得た効果的なものであったことの現れと言えます。

危機からの脱出は、国民にワクチンを接種してウイルスの流行をコントロールできるかどうかにかかっています。私は、最善の経済刺激策は人が働けるようになることだと考えています。

swissinfo.ch:国民へのワクチン接種に大きな期待を寄せられているようですが、国際比較では、スイスに住む人はワクチン接種にとりわけ懐疑的です。国民への模範となるよう、公開でワクチン接種を受けますか?

パルムラン
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パルムラン:もちろん接種を受けるつもりです。必要であればサッカー場のど真ん中で受けてもいい(笑)。ワクチン接種は、重症化リスクの高い人に配慮するためにも、市民としての模範的行為であり、早期に普通の日常を取り戻すための最善の方法です。

もちろん、一部の国民がワクチンに対して感じている不安や疑問は正当なものです。スイス当局はこれからの数カ月間で、成分や有効性、副作用の可能性について最大限の透明性を示していきます。

swissinfo.ch:この危機から個人的に学んだことは?

パルムラン:親族が新型コロナウイルスに感染し少し心配な状態になったので、私もこの危機を真っ先に体験することになりました。幸いなことに、私の周りで亡くなった人はいませんでしたが。

2019年に私が経済相に就任したとき、一部のメディアは「何もしないのが良い経済相」と言っていた。だが我々はこの危機を通じて、強い意志、それから内務相・経済相・財務相の間の非常に緊密な連携がなければ何も達成できないことを証明しました。これが、私がこの危機から学んだ大きな教訓です。

swissinfo.ch:あなたの言葉は、「強い国家」への支持そのものです。所属政党のリベラルな信条と相容れません。

パルムラン:一たび危機が過ぎれば、スイスの持つ起業家精神という特性と企業のダイナミズムに回復を任せなければならない。この危機の間、私は多くの経済関係者たちのアイデアや並外れた適応力に感銘を受けました。変化を続けるべき経済構造を、国が永遠に支援し続けることは賢明ではないでしょう。国家は起業家に取って代わるべきではありません。

1959年11月9日、レマン湖畔にあるヴォー州の村ビュルサン生まれ。農家・ワイン製造者として学んだ後、若くして政治の道に進む。ヴォー州議会議員、国民党ヴォー州支部代表を経て、2003年に下院(国民議会)議員となる。12年間の下院在職中に、社会保険の専門家として名を知られるようになる。

2015年、エヴェリン・ヴィトマー・シュルンプフ氏の後任として閣僚入り。対話を重視し、合意的で実践的な人物だが突出したところもあまりないとされたパルムラン氏は、国民党指導者のクリストフ・ブロッハー氏の愛弟子と言われ、優秀な若手エコノミストで米ハーバード大学卒のマルチリンガル、ツーク州出身のトーマス・エッシ氏を破って閣僚に選出された。

入閣後、連邦国防・国民保護・スポーツ相に就任し、冷戦時のスイス軍秘密部隊P26に関する極秘文書の「紛失」問題などを引き継ぐ一方で、軍事予算の引き上げなどで注目された。2019年1月、連邦経済・教育・研究相に就任し、より保守的な風を吹き込んだ。

パルムラン氏は大統領に就任する15人目のヴォー州出身者。前任は、1989年と96年に大統領を務めた急進民主党のジャン・パスカル・ドラミュラ氏。

swissinfo.ch:スイス連邦大統領として、EUとの制度的枠組み条約交渉を進めることが期待されていますが、ブリュッセルで合意書に署名する準備はできていますか?

パルムラン:署名する前に、現在進められている交渉、議論を終わらせなければなりません。内閣が正式に取り組み、その後の手続きを決定します。合意に至った場合は、書類に署名するのは原則として連邦大統領です。

swissinfo.ch:この枠組み条約を断固拒否するあなたの所属政党、国民党の意向に沿いません。

パルムラン:私たち閣僚は皆、内閣でそれぞれの所属政党の意見を代表しています。ですが、そこから議論が始まり、決定がなされ、その決定は内閣全体の意見となります。それが合議制というものです。EUとの合意の件についても同様です。

swissinfo.ch:先任者の一人、サミュエル・シュミット氏のように所属政党から「半閣僚」と非難されるようなことになっても?

パルムラン:閣僚は誰でも、遅かれ早かれいつかは自分の党からの非難にさらされます。政治生活にはつきものです。閣僚に選出されるなら、ゲームのルールを知っておかなければなりません。ルールに従いたくなければ、最初から選挙に出馬するべきではありません。

「スイスは、保護主義への回帰と大国間の争いを懸念している。国外に製品を輸出して収入を得ているスイスのような国にとって、現状は容易ではない」

swissinfo.ch:世界の地政学的背景では、スイスは中国と米国の冷戦の中で孤立した存在になっています。バイデン氏が米大統領に選出され、EUはワシントンに歩み寄る可能性がありますが、スイスはどのような立ち位置を取るべきでしょうか?

パルムラン:スイスは国際貿易をできる限り円滑にするよう力を注いでいます。保護主義への回帰や大国間の争いは懸念するところですね。世界貿易機関(WTO)などの国際機関は麻痺しており、製品を輸出して収入を得ているスイスのような国にとって、現状は容易ではありません。

だからこそ私たちは、企業が輸出を継続し国内雇用を維持できるよう、自由貿易協定の適用範囲拡大に向け努力しています。ですが、私は国際レベルでの緊張緩和を求めたい。それがあらゆる人たちにとって最善の結果ですから。

swissinfo.ch:バーゼル大学の最近の研究によれば、中国共産党がスイスで影響力を持ちすぎていると言われています。共産党代表者の一人はとりわけスイス商工業連盟(SGV/USAM)と密接に接触しているという指摘もあります。スイスは誤った陣営を選択したのでは?

パルムラン:一定のルールが守られている限り、スイスは世界の全ての国と良好な経済関係を維持していきたいと考えています。中国と締結した自由貿易協定に関しては、定期的に合同委員会を開いて経済的側面について議論し、実際的な問題が発生した場合にはその解決を図っています。同時に中国とは、安全保障や人権問題についても数多くの対話を行っています。スイスはお人好しになることなく、共通の利益のために力を注ぐ必要があります。合意が完全に満足いくものでなくなった場合には常に、再び交渉して調整する可能性が残されています。

(仏語からの翻訳・由比かおり)

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