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「メイド・イン・ザ・ワールド」

Keystone

製品にはよくその製造国名が表示されているが、近年では、原料や部品、組み立てなどを一つの国ではなく複数の国にまたがって行う「メイド・イン・ザ・ワールド」が増えている。こうしたビジネスモデルには可能性がある一方、貧困国をグローバル経済から締め出す危険性もはらんでいる。

 グローバル化の波はとどまるところを知らず、国境をますます見えにくくしている。例えば、旅客機一つをとっても、機体の胴体がイタリア製、非常用ドアはフランス製、各種機器は米国製、翼は日本製ということが多い。グローバル化された生産プロセスは「グローバル・バリュー・チェーン(GVC)」と呼ばれる。国連貿易開発会議(UNCTAD)によれば、世界貿易の8割を占めている。

 世界貿易機関(WTO)のキース・ロックウェル広報官は、GVCには新取引のチャンス、効率的な取引、雇用の創出という三つの利点があると指摘する。国と国との間で完成品が取引されていたころは、「小さくて貧しい国々は市場から追いやられていた。だが今日では、小さな新興国でさえ自動車産業や電子機器産業の特定部門に特化した産業を築くことができる」という。「また、こうした国々では安く部品を生産できるという強みがある。そのため、GVCは直接投資や雇用の創出につながることもある」

 連邦経済省経済管轄局のハンスペーター・エグラー貿易促進部長も、GVCのメリットを認める。GVCは経済成長のチャンスを広げ、市場間における商品やサービスの取引が効率的になるという。

万能薬ではない

 しかし、この「メイド・イン・ザ・ワールド」貿易にも欠点がある。「GVCは途上国にとって世界経済に参加するチャンスとなる一方、すべての国民経済がGVCに参加できるわけではない」と、ビジネススクールIMDローザンヌ校のジャンピエール・レーマン教授(国際政経学)は指摘する。

 レーマン氏は共同執筆したGVCに関する報告書の中で、「GVCに加わる企業は顧客に対し、製品は厳しい基準と妥当な労働条件を満たしたうえで製造されていると保証すべきだ」と主張。ただし、「中小企業がこうした条件を満たすのは容易ではない」と付け加える。

 多くの国がGVCのチャンスを生かしきれていないことは、WTOも認めている。WTOのロックウェル氏は言う。「理想通りの規模でGVCに参加できる貧困国は少ない。必要なインフラや法律、ノウハウが欠けていることが多いからだ」

世界貿易機関(WTO)と経済協力開発機構(OECD)は、生産プロセスを複数国に分散することには課題が多いと警告する。

例えば、米アップル社のタブレット端末「iPad」(原価187.51ドル)を構成する部品はさまざまな国で作られている。各国別に部品の価格を見てみるとこうなる。韓国(80.05ドル)、中国(20.75ドル)、米国(22.88ドル)、ドイツ(16.08ドル)、その他(47.75ドル)。実際はより複雑だ。部品製造企業がさらに他国で製造された半製品を輸入しているからだ。

外国で付加価値を得るために輸出される部品や製品は、国境を超える度に帳簿に記載される。

WTOは、こうした輸出入を考慮すれば、米中間での貿易額は2008年、40%少なくなると推定する。

「メイド・イン・ザ・ワールド」イニシアチブを立ち上げたWTOはOECDと協力して、付加価値の影響を考慮した貿易収支計算方法や公開データベースの作成に取り組んでいる。

排除を少なくする

 グローバル化した生産プロセスに貧しい国々も参加できるよう、現在、さまざまな機関が支援を行っている。そのうちの一つが、WTOが促進するプログラム「貿易のための援助(Aid for Trade)」だ。途上国政府が国際貿易にスムーズに参加できるよう、国際協力支援者や寄付者をまとめている。プログラムの対象国にはブルキナファソ、コロンビア、ベトナム、ホンジュラス、ハイチなどがある。

 ロックウェル氏によれば、途上国支援プログラムに使われた金額はここ数年で約400億ドル(約4000億円)にのぼる。プログラムの目的は、対象国における投資の呼び込みや、競争力の強化だ。対象国にはこれまで、バングラデシュ、カンボジア、ベトナム、コスタリカなどがある。

 新興国に有利に働く「メイド・イン・ザ・ワールド」貿易には、スイスも加担している。連邦経済省経済管轄局はこうした貿易を促進するために、開発援助プログラムを行っている。「コーヒー豆、カカオ豆、綿などといった原料の持続可能な生産を支援したり、企業が国際労働機関(ILO)の定める労働基準を導入するよう促している」と、同局のエグラー氏は言う。

好ポジションについたスイス

 ところで、一体どのような国が「メイド・イン・ザ・ワールド」貿易に賛成、もしくは反対しているのだろうか?WTOのロックウェル氏によると、賛成国は基本的に「すでにGVCを取り入れている国」で、コスタリカ、チリ、メキシコ、中国、シンガポール、日本、米国、カナダ、ほとんどの欧州諸国だ。逆に、反対するのはこうした貿易には加わっていない国々だという。

 前出のレーマン氏は、「米国は間違いなくGVCのメリットを最も享受している国だ」と言う。例えば、多国籍企業の米アップル社は、こうした貿易モデルを採用すれば、最高の利益を生み出せることを熟知しているという。

 「中国での労働賃金の上昇を受けて、労働力の安い他のアジア諸国(ベトナム、バングラデシュ、インドネシア等)に移転する企業が増えている。それにもかかわらず、中国はGVCの恩恵で経済成長できた」と、レーマン氏は語る。ただし、「このような傾向はメキシコとコスタリカを除く南米およびアフリカでは限定的だ」と示唆する。

 スイスに関して言えば、スイスは勝ち組だと専門家らは口をそろえる。「人口800万人しかいないスイスでは輸出が重要だ」とロックウェル氏。レーマン氏は「スイスの多国籍企業は『メイド・イン・ザ・ワールド』貿易で成功してきた」と強調する。

 連邦経済省経済管轄局のエグラー氏は、スイスの場合は中小企業がカギを握ると話す。「スイスの工業製品は、一つの分野に高度に特化した中小企業が製造する。企業は半製品(完成途中の製品)を輸入し、それに付加価値をつけて輸出する」

 スイスは、世界で最も多く半製品を使用する国の一つだ。その割合は、経済協力開発機構(OECD)によると、化学産業では7割、繊維産業では6割にのぼるという。

 「メイド・イン・ザ・ワールド」製品が主流となることに懸念がないわけではない。しかし、こうした製品が今後も成功を収めるかどうかは、予想しにくい要因に左右されると、専門家らは言う。

 例えば、2011年にタイで起きた洪水では、同国からの製品輸出に頼る外国の自動車関連企業が大打撃を受けた。レーマン氏は、日中関係が国際貿易に与える影響も予想が難しいと指摘する。「両国はグローバル化した生産プロセスに密接に関わっている。だが、両国間の政治的関係は緊張状態が続いている。ほぼあり得ないが、戦争の可能性も示唆されている」

(独語からの翻訳・編集 鹿島田芙美)

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