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殺虫剤、メリットはあるが生態系への懸念も

Keystone

スイスと欧州連合(EU)はミツバチの保護を目的に、特定の殺虫剤に対して新規制を導入する。その影響を被るのは、バーゼルが拠点のシンジェンタなどの農薬製造会社にとどまらない。ヨーロッパにおける食物の生産方法も、この新規制で変わるかもしれない。

 春の時期、フランスやドイツ、英国の農村地帯にある広大なアブラナ畑は満開の花で黄色に染まる。

 ドイツの農家だけでも、150万ヘクタールの耕地に500万トンの菜種を生産。菜種は食用油、燃料、飼料などに加工される。菜種油はドイツで最も人気の食用油だ。

 菜種農家のヴォルフディートマー・フェッターさんは、観光客がこの黄色のアブラナ畑を見に来ることを誇らしく思っている。だが、気がかりなのは、ニコチン成分の殺虫剤の使用禁止が発表されたことだ。シュテルンベルクに600ヘクタールの耕地を持つフェッターさんは、コガネムシやゾウムシやタマバエの駆除にこうした殺虫剤を使ってきた。

 「心配だし、来年どうなるのか見当がつかない」とフェッターさん。「農薬を使っての種子処理は環境に最も優しいので、とても価値がある。今の農薬が使用禁止になれば、広大な土地に(効率の劣る規制外の)農薬を何度も吹きかける必要が出てくる」

ネオニコチノイドは、種子処理剤に使用された初の殺虫剤で、害虫が農作物に広がるのを着実に抑える働きがある。

スイスと欧州連合(EU)は最近、ネオニコチノイド系殺虫剤の使用を今後2年間にわたって禁止することを決定した。理由は、この成分がミツバチの個体数減少に関係する疑いがあるため。ネオニコチノイドに含まれる神経毒がミツバチの方向感覚に悪影響を与えるという研究結果も発表されている。

農薬製造企業シンジェンタの主張では、ネオニコチノイド系殺虫成分の一つであるチアメトキサムが、種子処理や葉面散布の際、駆除の対象外である有益な節足動物に長期的に深刻な悪影響を与えるということはない。

殺虫剤とミツバチの個体数減少との関係を確かめる前に、行政側が殺虫剤の使用を禁止したことは「順序が逆だ」と、スイス農業・酪業家協会(SBV/USP)のディレクター、ジャック・ブルジョワ氏は言う。

他方、スイスの養蜂家やミツバチ研究者らは、殺虫剤がミツバチの健康に被害をもたらすと考えており、国が特定の殺虫剤使用禁止を決定したことを歓迎している。また、国に対し、ミツバチの個体数減少の解明に資金援助を増やすべきだと主張している。

危惧する生産者

 EUは4月末、ミツバチの個体数減少の要因と考えられているネオニコチノイド系殺虫剤の使用を今年12月から2年間禁止すると発表した。養蜂家やグリーンピースなどの環境団体はこれを歓迎している。

 一方、ドイツ植物油協会(UFOP)のヴォルフガング・フォーゲル会長は「この決定によって、ドイツのほぼすべての菜種が影響を被る」と話し、「ドイツをはじめとする欧州の農業は、輪作に重要な植物を失う」と警告する。

 この問題は、スイスの農家にとっても他人事ではない。スイスのライン谷の農家にとって、ネオニコチノイドの使用禁止は「大問題」になるだろうと、スイス農業・酪業家協会(SBV/USP)で耕種農業分野担当のウルジナ・ガルブゼラ氏は考える。「トウモロコシの生産も同時に諦める生産者が出てくるのではないかと、我々は心配している」

 同協会のマルクス・リッター会長は「殺虫剤は畑を守ってくれる」と強調する。「有機農法で生産された菜種はスイスにはほとんどなく、害虫の問題はいまだ解決されていない。現在のところ、(ネオニコチノイドに代わる)唯一の方法は、広範囲に他の農薬を散布することだ。しかしこの場合、農薬が駆除対象外の生物に与える悪影響がメリットを上回る」

 しかし、「農家の間でも、農薬がミツバチの個体数の減少に与える影響が危惧されている。すべての農作物はミツバチによって受粉されるからだ」とも付け加える。

農薬生産企業にも打撃

 年間売上142億ドル(約1兆4千億円)を誇る世界最大の農薬製造企業、シンジェンタは、ネオニコチノイドの使用禁止で売り上げの1億ドル弱が失われると計算。損失分は部分的にしか補えないと危惧している。

 農薬製造企業にはさらなる問題が待ち構えている。2年間の使用禁止期間に、ネオニコチノイドとミツバチとの関係に関する研究が行われる予定だが、もしこの殺虫剤がミツバチに悪影響を与えることが証明されれば、その使用が永遠に禁止される可能性が出てくるのだ。

 そのため企業はロビイング活動を通し、「ネオニコチノイドの使用禁止でEUは5年間で最大170億ユーロ(約2兆2千億円)の損失を被り、100万人分以上の雇用を危険にさらす」と警告を出している。このデータは、ネオニコチノイドと農業との関係を調べた調査報告で発表されたものだ。調査の委託および資金提供者は、シンジェンタやドイツの化学薬品企業バイエルだった。

 ネオニコチノイドの使用禁止がEUに限られたものだったら、企業の損失は微小だったかもしれない。しかし、この殺虫剤は企業の成長を押し上げており、世界的な売り上げは間もなく20億ドルに達すると専門家は推定する。

 「シンジェンタの売り上げへの直接的な影響はさほど重要ではない。だが、ネオニコチノイドの使用禁止が世界的に広まっていくのではないかと懸念されている。ただ、我々はその可能性は低いとみている」と、チューリヒ州銀行(ZKB)アナリストのマルティン・シュライバー氏は言う。

 同氏の見積もりでは、シンジェンタのネオニコチノイド系殺虫剤「アクタラ(Actara)」と種子処理剤「クルーザー・マックス(Cruiser Maxx)」の売り上げは10億ドル。こうした商品に取って代わるものを市場に出すには、時間も資金もかかるという。

 シンジェンタのダニエル・ブラクストン広報担当も、「これまでの製品と同様に安全で効率的な代替製品を開発することは非常に困難」と語る。

害虫駆除を目的とした農薬は、駆除の対象ではない生物にも悪影響を与える可能性があると、連邦経済省農業局のオリヴィエ・フェリックス氏は説明する。

農薬による生態への悪影響の有無を調べるのは企業の責任であり、行政側は企業から提示された証拠が本当かどうかを調べるだけだという。ただし、国は厳しい基準を設け、企業側に対して安全性を証明するための研究を追加するよう要求し、農薬製品の販売許可審査に時間をかけている。

フェリックス氏は言う。「農薬製品の販売許可を審査する際、我々はその毒性をチェックするだけでなく、その製品に含まれる成分に深刻な危険性がないかどうかを審査する。現実に起こり得る最悪のシナリオを考慮しながらチェックするので、安全性はかなり高い」

欧州連合(EU)は過去20年にわたり、約1千種類の農薬成分を再審査。そのうちの3分の2が、再審査を受けるのに必要なコストが実益を上回るとの理由で、再審査を断念している。

代替案

 シンジェンタによると、有効な成分を一から開発するには約2億ドルの費用、2500人の研究者、2万5千回の臨床実験が必要だ。さらに、有効成分の発見から市場投入には8~10年かかる。

 殺虫剤は医薬品に比べて開発費用が安く、農薬市場には規制が少ないと、ZKBのシュライバー氏は言う。しかし、殺虫剤でも医薬品でも、有効成分には重大な二次的被害を引き起こす可能性がある。そこで、安全性がカギとなってくる。

 連邦経済省農業局のオリヴィエ・フェリックス氏によると、スイスでは2005年、450ある成分のうち、124について使用許可が取り消された。そのほとんどが長期間使用されてきたもので、おそらく安全なものだという。だが現在では、成分の安全性が証明できなければ、その成分を含んだ製品の販売は出来ないという。

 企業側には、対象となる成分がどのくらいの使用量でどのような影響を生物に与え得るのかをまとめた報告書を当局に提出することが求められている。シンジェンタの場合、販売許可を得るのに、一つの製品につき通常80~100冊分のファイルを当局に提出している。

 フェリックス氏によれば、安全性の証明を義務付けた結果、今日の殺虫剤は20年前のものに比べてかなり安全だという。しかし、消費者の間では、殺虫剤に対するイメージがいまだ悪く、殺虫剤は農業製品の生産高向上に使用されてきたことが忘れられがちになっている。フェリックス氏は言う。「店の棚に完璧な商品が置かれているのは、畑を守り、収穫高を上げるために生産者が目に見えぬ対策を取ってきたおかげだ」

(英語からの翻訳・編集 鹿島田芙美)

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