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ワクチン失速のスイス 義務付けには消極的

移動式のワクチン接種会場
もっと多くの人がワクチンにアクセスできるよう、複数の州では数週間前から移動式の接種会場の運用が始まった Keystone / Cyril Zingaro

いま多くの国で、新型コロナウイルスワクチンの接種率が伸び悩んでいる。それはスイスも同じだ。それでも連邦内務省保健庁(FOPH)は、ワクチン接種を受けない人に半ば強制的に接種を促すような対策の導入には消極的だ。

6月下旬のスイスは、リラックスした雰囲気に包まれていた。天気に恵まれただけでなく、大幅な緩和措置によって再び大人数で集まることが可能になったため、多くの人々がバーやレストランなどでサッカー欧州選手権(EURO2020)を観戦した。また、長い間延期していた旅行の準備を始める人もいた。

保健庁感染症班のヴィルジニー・マセレ班長は、そのような雰囲気の中でワクチン接種のことが頭から抜け落ちてしまった人もいただろうと認める。

全国的なワクチン推進キャンペーンの調整役であるマセレ氏は、「感染者数の減少でリスクが去り、多くの人が普通の生活を楽しんで良いと思ったのかもしれない」と語る。

今月初旬、ワクチン接種は1日当たり9万回から6万回にペースダウンした。16日の時点で規定回数のワクチン接種を終えているのは人口の40%強。一方、新規感染者数は大幅に減少した後、増加に転じている。今月中旬の新規感染者数は1日当たり500人で、感染力の強いデルタ株の割合が増えた。

全国的なワクチン接種キャンペーンの企画を担当するマセレ氏
全国的なワクチン接種キャンペーンの企画を担当するマセレ氏 Keystone / Peter Schneider

マセレ氏は、このような状況の変化は驚くことではないと話す。「他の国でも接種率が50%を超えたあたりから、ワクチンを受けようとする意志が弱まってくることは確認されている。ただそれはスローダウンしているに過ぎない」

元気のないキャンペーンを盛り上げる

世界保健機関(WHO)は、デルタ株が間もなくウイルスの主流になると予測しており、多くの政府がワクチン接種を強化している。いち早く国民へのワクチン接種を開始したイスラエルでは先月、新規感染者が急増したため、政府は若者をターゲットに積極的なワクチン接種を呼び掛けている。ロイター通信によると、欧州では、オランダ、ノルウェー、スペインで新たな啓発活動が行われ、接種率を押し上げた。

スイスは最近の世論調査で、25%が「接種する予定はない」と答えた。しかしマセレ氏は「(予定はなくても)気持ちはある」とあくまで楽観的だ。

同氏は、「逆に考えれば、75%の人に対してワクチン接種を呼び掛けられるということだ」と話す。そしてそれが達成されれば、全体として「非常に良い」カバー率になると付け加えた。65歳以上の約80%は接種が完了しており、若い世代では、特に同年代の仲間に説得されて予防接種を受ける傾向があるともいう。

ワクチン接種の目的は集団免疫の獲得ではない。「私たちはつながりのある世界に住んでいるため、ウイルス撲滅を目標にするのは不可能だ」が、可能な限り死者や入院患者を防ぐことは目標にできると話す。

ただ、スイス政府が米国で行われているような、接種者に宝くじが当たるタイプの促進策などを計画する動きはない。また、フランスのように医療従事者へのワクチン接種の義務化といった強制措置もとらないという。

「なぜ医療従事者をターゲットにするのか」と、マセレ氏は疑問を投げかける。「重要なのは、すべての人がワクチンを受けることだ」。

国の生物医学倫理諮問委員会は強制的なワクチン接種に否定的だ。アンドレア・ビュクラー委員長はドイツ語圏スイス公共放送SRFのラジオ番組で、患者を守る代替手段として医療従事者を定期的に検査するなどの手段があることを踏まえ、強制的な接種は「正しいことではない」と意見を述べた。

マセレ氏によると、信頼できる専門家が職員の質問に答えるなど、病院によっては、ワクチン接種を促す効果的な方法をすでに見つけているという。

FOPH自体は今後も、事実に基づく情報の共有に焦点を置いた広告キャンペーンを続けていく予定だ。

マセレ氏は「これが一番良い方法だと聞いている」と言う。FOPHは、ワクチンの利点を強調した案内、ポスター、ビデオを、国民へのワクチン接種を管轄する各州に配布している。

▼キャンペーン動画の1例(フランス語)

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またソーシャルメディア上でワクチンの生殖能力への影響を心配する若い女性を対象にするなど、同キャンペーンでは特定のグループを対象にした啓蒙活動にも取り組んでいる。現在は夏の休暇から戻ってきた人々にワクチン接種を呼びかけるメッセージを準備中だ。

人々の身近な存在に

スイスでまだ色々な可能性が残るのは、予防接種の完了もしくはコロナ検査の陰性を証明するCOVID証明書を公共の場でどう広く活用していくかだ。フランスではすでに採用済みだが、スイスでは現在、クラブ・ディスコや1万人以上の人が集まる場所への入場時にCOVID証明書を提示する必要がある。

マセレ氏は、「これらを検討するのはウイルスの拡散を抑えるためで」、ワクチン接種率を向上させるためというわけではないと言う。「もちろん、より多くのワクチン接種を促すという副次的な効果はある」。

例えばフランスでは、医療従事者への予防接種の義務化や、レストランやカフェへの入店にCOVID証明書が必須になると発表した後、ワクチン接種の予約が急増し、24時間で100万人以上が予約した。

他にもスイスのいくつかの州は、独自にさまざまな戦略を試みている。アールガウ州、シュヴィーツ州、ヴォー州は数週間前、移動式のワクチン接種会場の運営を開始した。他にもジュネーブ州で薬局が予約なしのワクチン接種受付を開始したところ、2時間もの行列ができたと、フランス語圏スイス公共放送RTSが報じている。

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また、ワクチンを人々の身近な存在にするというのは、単に受けやすい環境を整えることにとどまらない。マセレ氏は、信頼できるコミュニティのメンバーが、住民と直接接触することも重要だという。

「医師は、ワクチン接種をためらっている患者さんを説得するのに5分もからないと言う」

ワクチン接種率のばらつき

しかし、ワクチン接種は州の管轄のため、予防接種率は州の間で差がある。

「各州がそれぞれの人口や環境に適した対応や取り組みを行うのは当然だ」(マセレ氏)。FOPHは各州の担当者に対し、地域のデータを精査し接種率の低い集団を特定するよう促している。

マセレ氏は英国での感染再拡大を例に挙げ、デルタ株の流行がワクチン接種率にどう影響すうかを注視する。

「入院しているのは、ワクチンを接種していない人だけなのか?ワクチンの失敗もあるのではないか」と問いかけ、英国では多くの人がスイスでは承認されていないアストラゼネカ製ワクチンを接種している点も指摘した。

「何がこの増加をもたらしているのか、またこの英国の例をスイスへの教訓として活かすことができるのかどうか、それについては十分な情報がない」

マセレ氏によると、今回の感染者数の増加とデルタ株の感染拡大は、これまで予防接種にちゅうちょしていた人々に予防接種を受けさせるというプラス面もある。

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SWI swissinfo.ch スイス公共放送協会の国際部

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