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スイス高級時計の中古市場 ブロックチェーンで模倣品対策

人気上昇中、高級中古時計のオンライン購入 Andrew Poplavsky

高級中古時計市場が沸いている。だが、平均的なごく普通の消費者にとって、本物と偽物を見分け、人気の高い時計の真価を見定めるのはそれほど簡単なことではない。そんな中、ブロックチェーン技術を利用した認証が、時計業界により高い透明性をもたらしそうとしている。

ロレックスの新作ダイバーズウォッチを購入したい。そう思っている時計愛好家には忍耐が求められる。「今秋発表された、伝説的なタイムピースの新バージョンの発売は、数年先になる予定です」。王冠を抱くブランドの各公式販売店から戻ってくる回答は、どれも判で押したようだ。

ウェイティングリストはすでにかなり長い。高級ブランド・マーケティングの黄金律「希少なものほど手に入れたくなる」に基づいて、希少性は巧妙に練られている。

そんな垂涎度最高記録を持つ時計と言えば、何といってもパテック・フィリップのノーチラスだろう。このモデルを求める顧客はなんと11年以上も(!)、いつかこの聖なる腕時計を手にする日が来ると信じて待ち続けているのだ。

高級中古時計市場は現在ブームに沸いている。そして、このようなコレクターズウォッチの値打ちはトレンドに乗って急上昇中だ。ボストン・コンサルティング・グループ(BCG)の最新の調査によると、高級中古時計の世界市場は今でもすでに160億フラン(約1兆8300億円)の規模に達しており、この先さらに2025年まで年間平均8%の成長が見込まれている。ちなみに、新作モデルの推定年間売上高は500億フランだ。

求められるWEBセキュリティの向上

BCGによると、時計愛好家の中では現在、中古の高級時計の購入をいとわないという人が大半を占めている。だが、その一方で「セキュリティや快適さ、サービスに寄せる明白な期待」も大きい。

模倣品や偽の鑑定書が広く出回っているグレーマーケットでは、製品のトレーサビリティーがブランド戦略の中心的要素を占めるようになった。

情報の保存や移送を分散的に行うデジタル技術、ブロックチェーンはその解決策の一つであり、数年前から目覚ましい発展を遂げている。

「ブロックチェーンを使えば、偽造や複製が不可能で非常に安全な独自のデジタル認定証を、一つひとつの時計に発行することができる。模倣品対策における究極の解決策だ」と話すのは、GoodsID外部リンクの共同創立者であるルイ・ドゥ・ラ・スディエール氏だ。

Portraitbild von Loys de La Soudière
GoodsIDの共同創立者ルイ・ドゥ・ラ・スディエール氏 Lavieille Philippe/le Parisien / Lavieille Philippe

このフランスのスタートアップ企業は、2017年からブロックチェーン技術をベースにした高級品向け正規品認証の開発に取り組んでいる。2018年には、複数の個人投資家やフランスの公的投資銀行(BPIフランス)からプロジェクト資金として100万ユーロ(約1億2400万円)を得た。

スイスの時計産業は、そんなGoodsIDが重点を置いている市場だ。最近、ベルン州きっての時計の町ビール(ビエンヌ)市にオフィスを開設した。今後はここを拠点に、スイスの主要時計製造会社を顧客として獲得していく計画だ。

「すでに大手ブランド2社との話し合いが進んでいる。数カ月以内に当社のソリューションの採用が決まるはずだ」とドゥ・ラ・スディエール氏は自信たっぷりだ。

時計製造業のデジタル革命

ネット販売の興隆は新型コロナウイルス危機でさらに加速し、時計業界の考え方も急速に変化した。同業界は、デジタルによる大規模な「創造的破壊」に関してこれまでかなり保守的であり、あまり開放的とは言えなかった。

しかし、例えばパイロットウォッチで知られるブライトリングは昨年10月半ば、すべての新作モデルに暗号化されたデジタルパスポート外部リンクを発行すると発表した。これにより、従来のペーパーの裏書はお払い箱となる。

ブライトリングがパートナーとして選んだのはアリアニー外部リンク。有価物をデジタル認証する際の中立的な国際水準の構築を目指す、フランスの公益連合だ。

ブロックチェーンの多様な利点

ブロックチェーンをベースとしたデジタル認証を利用することによって、セキュリティやトレーサビリティーを確保できるだけでなく、マーケティングも非常に的を絞りやすくなる。

「中古品市場で売却の動きがあれば、時計製造会社は新しくオーナーになった購入者とコンタクトを取り、メンテナンスを勧めたり、自社ブティックへ招いてブランド世界の探索に誘ったりすることができる。製品をコミュニケーション手段として用いるわけだ」とドゥ・ラ・スディエール氏は例を挙げる。

一方、時計のオーナーにしてみても、クリック一つで時計の所有権と真正性を検証できるため、中古品市場での時計の価値がぐっと高まるほか、デジタル認証によって保証が簡易化されたり、また認証を盗難保険として利用したりもできる。

ヴァシュロン・コンスタンタンのコレクション「レ・コレクショナー」の各モデルは、2019年5月15日からブロックチェーン技術を用いてデジタル認証されている。

このような長所があることから、ブロックチェーンはスイス時計業界に広く浸透するだろうと関係者は見ている。「スイスの時計製造会社は、自社製品を現代的な技術で識別可能にできるという利点に気づいた。これは良い傾向だ」と言うのは、スイス時計協会(FH)偽造品阻止部長のミシェル・アルヌー氏だ。

偽造品市場は危機知らず

デジタル認証の開発に携わる企業の多くは、自社のソリューションをスイスの時計産業全体の水準にすべく、FHに働きかけている。これについてアルヌー氏は、「それを決めるのは各時計ブランドだ。何しろ、単一の規格を作るための法的基準がまだ整っていないのだから」と語る。

「正規品認証を行う第一の目的は、顧客を安心させることにある。この技術で偽造が無くなることはない。それは単なる夢物語だ」 ミシェル・アルヌー、スイス時計協会(FH)偽造品阻止部長


アルヌー氏はまた、ブロックチェーンに期待を寄せすぎる危険性についても警告する。「正規品認証を行う第一の目的は、顧客を安心させることにある。この技術で偽造が無くなることはない。それは単なる夢物語だ」

なぜなら、偽造スイス時計の購入者のほとんどはそれと承知で時計を買っており、認証を必要としていないからだ。

また、スイスの時計産業が未曽有の業績悪化を何とか切り抜けようと奮闘しているのに対し、偽造時計市場は特に危機に瀕しているわけでもない。

スイスの税関で没収された偽造時計は、今年25%近く増加した。さらにFHによると、今日世界中で販売されている偽造時計の数は、本物の時計のほぼ2倍になるという。

アルヌー氏は次のように総括する。「多くの国が国民の移動を制限しているため、インターネットで偽造時計を探す時間がたっぷりできた。それらは、平均的な庶民にはもはやほとんど手が届かなくなってしまった本物のスイス時計よりはるかに安価だ」

(独語からの翻訳・小山千早)

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SWI swissinfo.ch スイス公共放送協会の国際部

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