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中央アジアで低下するロシアの影響力

ウズベキスタンのサマルカンドで開かれた上海協力機構(SCO)首脳会議
9月22日にウズベキスタンのサマルカンドで開かれた上海協力機構(SCO)首脳会議に出席したウラジーミル・プーチン大統領(右から3番目)。参加国はパートナーであり同時にライバルでもある。ロシアはその中の一国にすぎない Sputnik

ロシアのウクライナ侵攻、多発する武力衝突――。ソビエト連邦崩壊から30年、旧ソ連諸国では火種がくすぶっている。ロシアの役割と中国の影響力についてスイスの安全保障アナリスト、ベンノ・ツォック氏に聞いた。

swissinfo.ch:旧ソ連圏では何かと動きがあります。中央アジアで治安を安定化させる「警察」の役割を果たしてきたロシアの影響力が失われているのでしょうか?

ベンノ・ツォック:まずは、ロシアが実際にどの程度、警察的な役割を果たしてきたのかを問う必要があります。少なくとも中央アジアの同盟国に対しては紛争の調停役、また、ある種の安全を保証する役割を多々担ってきました。しかし現在、複数の差し迫った武力衝突を前にロシアの役割が疑問視されています。さらにロシアにはそこに大きなリソースを投資する意思も能力もありません。それが露呈した今、他のパートナーを探し始めた国もあります。

ベンノ・ツォック氏
David Biedert

連邦工科チューリヒ校(ETH)安全保障研究センター(CSS)の研究員、ベンノ・ツォック氏外部リンク。同センターのスイス・欧州大西洋安全保障チーム主任を務める。

swissinfo.ch:アゼルバイジャンはロシアの同盟国であるアルメニアを攻撃しました。ロシア兵が2020年に起こったナゴルノ・カラバフ紛争以来不安定なこの地域の平和維持のため、この戦闘現場からそう遠くない場所に駐留しています。アゼルバイジャンはロシアを恐れていないのでしょうか?

ツォック:いません。この紛争でロシアは治安維持の役割を果たしてきました。一方ではアルメニアと同盟を結び、アルメニア国内に軍事基地を置くなど軍事的協力関係を築きいています。他方、アゼルバイジャンとも良好な関係を維持しています。ナゴルノ・カラバフ紛争は過去30年間、時折武力衝突が起こっているとはいえ、大きな動きはありませんでした。しかし2020年に起こった紛争ではトルコがアゼルバイジャンを全面的に支援し、状況が一変しました。

アゼルバイジャンは今年に入ってから再三、小さな停戦違反を起こしロシアを試してきましたが、これに対しロシアは口頭でけん制するのみでした。ロシアが消耗し、恐らく部隊もナゴルノ・カラバフから引き揚げウクライナに移動していると確信したアゼルバイジャンは、ナゴルノ・カラバフではなく、アルメニアの都市部を攻撃したのです。ロシアはこれに反応せず、これ以降アルメニアとの同盟は反故(ほご)にされています。これによりトルコはこの地域で影響力を強化することに成功しました。

swissinfo.ch:中央アジアでもキルギスとタジキスタンの間で紛争が起こっています。偶然同時期に起きたのでしょうか?

ツォック:イエスでありノーです。この紛争は過去30年間に何百もの小競り合いや衝突を繰り返してきました。(9月に起きた)最近の衝突は軍事規模が大きかったとはいえ、長年続いてきた同じ緊張状態がベースにあります。

恐らく多くの要因が影響し合っています。政治指導者が愛国主義的であることを強調し、それを利用しようとしていること。さらにロシアがこの両国からも軍を引き揚げたことも要因の1つでしょう。こういった要因が重なり、状況の激化を招いたと考えられます。

今回の国境を巡る紛争では、事態の激化を止める抑制力が存在しませんでした。ロシアもその役割を果たせなかったのです。軍事同盟「集団安全保障条約機構」(CSTO)は北大西洋条約機構(NATO)に対抗して設立され、ロシアが支配的立場にありましたが、これが幻想だったことが明らかになったのです。

swissinfo.ch:カザフスタンは中央アジアで最もロシア寄りの国の1つと考えられていましたが、ウクライナ戦争開始後は距離を置いているように見えます。何が理由でしょうか?

ツォック:カザフスタンは非常に微妙な立場にある国の1つです。経済的に大きくロシアに依存するため、常にバランスをとる外交政策をとっています。それでもロシアの圧力に耐えているのは注目に値するでしょう。カザフスタンは現実的な立場を考え、北の隣国ロシアとの良好な関係を引き続き維持すると同時に、ウクライナに援助物資を送る政策をとっています。

綱渡りは続くでしょう。カザフスタンにとって、ロシアの弱体化は中国やトルコ、もしくは欧州など他のパートナーに目を向けるチャンスですが、その必要に迫られているとも言えます。ウクライナ侵攻以降、この傾向は明らかに加速しています。何よりも、ウクライナと同様の事態に陥ることを危惧しているためです。

swissinfo.ch:ソビエト連邦の解体は比較的穏便に進みました。当時懸念されていたこの地域の混乱状態が、時間差で今起こっているのでしょうか?

ツォック:極端な論ですが、全く的外れではありません。地域によって状況は異なりますが、どれもソビエト連邦解体により表面化しました。ナゴルノ・カラバフ紛争とタジキスタン内戦という、当時最も激しかった紛争が今日まで尾を引いているのは偶然ではありません。国境画定や資源など、未処理の問題が多々あります。

これら政府の上層部は、その性質をソビエト連邦から引き継いでいる点を見落としてはいけません。つまり対立関係を含め、一部の国ではあまり政治的体質が変わっていないのです。

しかし、それが混乱状態を引き起こしたわけではありません。局地的な衝突は個々の権力者にとって都合が良いかもしれませんが、大きな戦争は別です。権力者の最大の関心は体制の安定にあります。ドミノ効果が生じるとは思いません。

swissinfo.ch:新型コロナウイルスのパンデミック後、中国の習近平国家主席が初の外国訪問に選んだのがカザフスタンでした。中国が中央アジアへの影響力を強めるチャンスだとにらんでいるのでしょうか。

ツォック:基本的にはその通りです。これもやはり以前から動きがあり、現在急速に展開している事象です。しかし中国は国内問題も抱えています。経済停滞、「ゼロコロナ」政策による孤立。中国が提唱する巨大経済圏構想「一帯一路」などの国際プロジェクトも停滞気味です。

習近平氏は今、パンデミック以降の遅れを取り戻そうとしています。戦争開始以降、ロシアに対する態度が冷めてきたとはいえ、中国もロシアも国際舞台ではお互いが必要なことには変わりありません。しかし物流網、地域の影響力、技術力に関して言えば、ロシアの存在感は薄れ、中国がより強くなっています。

ロシアと一緒にされるのは、中国にとって得策ではないでしょう。それよりも世界で、特に中央アジアで頼れる政治的アクターとして、また経済的パートナーとして存在感を示すことを望んでいます。つまり、現在のロシアとは正反対です。

swissinfo.ch:ウズベキスタンのサマルカンドで開かれた上海協力機構(SCO)首脳会議で見られたように、少なくとも表現の上では西欧諸国に対抗する形で陣営を固めています。今まさに新しいブロックが形成されているのでしょうか?それとも以前から存在したものがここへ来て表面化したのでしょうか?

ツォック:現実にブロックが形成される傾向にあります。中国もロシアもそれをはっきりと表明し、世界秩序の多極化を唱えています。この多極化した世界の中では、米国と国際機関が支配的な立場にあるのではなく、その他複数の極があり、中国とロシアは共にその一極となるでしょう。

中国は国際的な圧力をさらに強め、独自の規範圏や技術圏を築き、各国を取り込もうとしています。しかしこのブロックは冷戦体制よりも柔軟なものだと私は考えています。問題によっては一方の極や他の極に動くでしょうが、多くの場合はその間を取るでしょう。

今回の首脳会議でもこの傾向が見られました。専制主義各国は、自身の政権の安定のため、政治的に連携することで合意しました。しかしこのような国も経済的には多様化を望んでいます。特に小国にとって、このバランスは難しくも必要な課題です。

このため「民主主義VS.専制主義」という構図だけでは理解できない部分が出てくると私は考えます。この構図は、部分的に他の選択肢がないため両極を行き来しようとする国には当てはまりません。

独語からの翻訳:谷川絵理花

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SWI swissinfo.ch スイス公共放送協会の国際部

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