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租税問題、世界的な陰謀ゲーム

タックスフリーのバハマは世界の富裕層や著名人に人気。国際金融センターとして世界のトップ10にも入る AFP

欧州連合を相手にポーカーを始める用意は整った。租税問題解決に向けての交渉がまもなく開始される。スイスは資産運用における国際金融の中心地として、ライバルに一歩も譲るわけにはいかない。

 脱税防止に向けた、今後数カ月間にわたる欧州連合(EU)との正式な交渉が始まる。交渉の目的は、抜け道だらけになったEU貯蓄課税指令を、より厳しい規制に改正することだ。新規制の要は、EU加盟国間の租税情報の自動的な交換にある。

 しかし加盟国はいずれも、他国が新規制の裏をかこうと目論んでいるのではないかと疑っている。そのような相互不信を背景に、今後大規模な激戦の展開が予想される。

 世界のオフショア金融センターでは、信託のさまざまな構造、オフショア会社の異なる枠組み、無数にある現地の規制に基づく保険商品などが入り組んで、その複雑さはまるで迷路のようだ。脱税捜査を可能にしているのは、それらの現地規制だとみられている。

 さらに、課税対象となる所得には、預金から生じる利子収入のほかにも、老齢年金や株式配当、または不動産資産売却など、多様な財源がある。

 2005年年初にスイスは欧州連合(EU)貯蓄課税指令の適用を開始した。これによって、スイスの銀行は、EUの顧客の貯金から生じる利子に課税し、その税徴収を該当するEU加盟国に送金する義務を負った。

しかし間もなくEU貯蓄課税指令の欠陥が明らかになり、欧州委員会(European Commission)は対策を迫られ、2008年から改正を続けている。

改正案は、利子以外の所得を課税対象に加えるために、「所得」の定義を拡大した。

また、資産隠しのために使われているオフショアの投資信託、会社、財団、基金などの金融取引機構による脱税の抜け道の封鎖に取り組む。

改正案によって、それらの金融取引機構に資産を委託したのは誰か(委託者)、最終的に資産を受け取るのは誰か(受益者)などの情報公開が義務となる。

不透明な金融取引機構がEUの外に存在する場合、受益者の代理として支払いを受け取る管財人、受託会社、資産運用者または当該銀行は、EUの当該加盟国に情報を提供しなければならない。

また改正案は、運用が受託者の裁量に一任される金融取引機構の場合、受益者が確定するまでの間は、受託者が資金の所有者として課税の義務を負うと規定している。これによってこのような構造に対する規制も強化している。

規制をねじまげる

 スイス信託会社協会(Swiss  Association of Trust Companies/SATC)のアレクサンドレ・フォン・ヘーレン会長によると、単純だが巧妙な手法によって新規制の狙いが反故にされる可能性がある。

 「租税情報の交換を高らかに提唱しているものの、実のところ、どの情報を引き渡すかは地元の裁判所が決めることだと主張する法域もある。従って、有用な情報の交換が何年も先まで引き延ばされる可能性がある」

 スイス政府とスイス信託会社協会は、パナマやバハマのような資産運用を行うオフショア金融センターの不正を防ぐには、租税情報交換の国際基準を作る必要があると考えている。

 「各法域がそれぞれ独自の情報交換基準を作ってしまったら、全情報を引き渡す法域もあれば、緩い基準を作ってほんのわずかしか渡さない『賢い』法域も出てくる」とフォン・ヘーレン会長は推測する。

 譲歩しすぎれば、卑劣なライバルに出し抜かれるとスイスは反論し、オーストリアやルクセンブルグもこれに同調してきた。しかしこのような戦法は、時間の無駄だという声にはねつけられてきた。

「巧妙なごまかし」

 「(これらの国々は)巧妙なごまかしを行ってきた」とチューリヒに拠点を置く租税コンサルタントのマルク・モリスさんは言う。欧州委員会(European Commission)のコンサルタントを務めるモリスさんは、「EU貯蓄課税指令の改正は、オフショア会社や投資信託や基金などが作ってきた抜け道を直接ふさぐためのものだ」

 「こうした構造に不満を訴えている国々が、改正を邪魔しているのは実に妙なことだ」

 スイスは、情報交換を回避する代わりにこれらの国々と、スイスに口座を持つ外国人に源泉徴収を課すための合意について長期間交渉してきた。観測筋と同様にモリスさんもまた、スイスはこの交渉ために時間稼ぎをしているだけだと考えている。

 これまでの状況から、ヨーロッパの租税回避に対する既存の規制の改正には三つの異なった速度があることが伺える。

 欧州委員会はまず、EU貯蓄課税指令の改正によって抜け道をふさごうとしている。しかし、イギリス、ドイツ、フランス、イタリア、スペインは、自動的な情報交換に向けて早期に一括して交渉するグループを結成し、すでに一歩先へ進んだ。

 一方、オーストリアとルクセンブルグは、EU貯蓄課税指令の改正について、今年年初に国際的な圧力が増大するまで、非協力的な態度を続けてきた。オーストリアは、現在も改正を拒否し、まもなくEUと交渉を開始するスイスに一層の圧力をかけている。

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断固たる意志

 スイスが EUとの交渉に辿り着くまでに、クリアしなければならない手続きがある。スイス政府は、交渉の委任を議会から取り付けなければならないのだ。その中には、EU貯蓄課税指令の改正と引き換えに、スイスの金融機関がEUの金融市場に容易に参入できるようにするなどの条件が盛り込まれると考えられる。

 一方、EUの租税検査官アルジルダス・セメタ氏は、6月にスイスを訪れた際にそのような取引はしないと断言した。しかしスイスは租税回避問題で、特にアメリカに対して大幅に譲歩したため、今後は譲れない一線があることをはっきりと示すつもりのようだ。

 スイス・プライベート・バンク協会のニコラ・ピクテ会長もスイス政府が6月に第三者機関に委託した報告書も、情報交換のためには源泉徴収の課税を断念するべきと主張している。

 しかしエヴェリン・ヴィトマー・シュルンプフ財務相は、全ての金融センターが同程度の情報換基準を採用しない限り、それはありえないと主張し続ける。

 「これは特に、信頼に基づく完全な透明性が必要なことを示している」とシュルンプフ財務相は、4月に国際通貨基金(IMF)で行われた会議の際にメディアに語った。「これら全ての金融機構の経済的な正当性がはっきりしなければ、情報交換をしてもあまり役に立たないだろう」

(英語からの翻訳 笠原浩美)

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