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浮き足立つスイス金融業界

業務の大部分をライフアイゼン銀行に売却したヴェゲリン。アメリカ司法省はこれからもスイスの金融業界を脅かし続けるのか Keystone

1月27日、ザンクトガレンの由緒あるプライベート銀行ヴェゲリン(Wegelin)が売却を発表した。不意の知らせにスイスの金融業界は戦慄した。

1741年創立とスイスで最も古い歴史を持つこのプライベート銀行は、アメリカ司法省の圧力に屈し、売却を余儀なくされた。これは誰も予想しえなかった事態だ。

 スイスの金融業界は、アメリカ司法省の次の出方を戦々恐々として見守っている。ヴェゲリンを崩壊に追いやっただけではアメリカは満足しないと恐れる向きも多い。次に標的となる銀行はどこなのか。

脱税ほう助

 ヴェゲリンは業務の大部分をライフアイゼン銀行(Raiffeisen Bank)に売却した。ライフアイゼン銀行はプライベート銀行ノーテンシュタイン(Notenstein)を新設し、ヴェゲリンの業務を引き継いだ。ヴェゲリンに残ったのはアメリカの顧客相手の業務のみだ。

 アメリカ司法省は2009年ごろに脱税ほう助の疑いでスイス最大手のUBS銀行の捜査を行っていたが、その間にもアメリカの脱税者の手ほどきをしていたという理由で3人のヴェゲリン行員を提訴した。銀行自体にはこれまで訴えは起こされていない。

 「威嚇されただけで伝統ある銀行がつぶれては、外国にあまりよくない印象を与えてしまう」と言うのはチューリヒで働くある銀行員だ。「交渉の場でのスイスの立場が弱くなる」と懸念する。

 現在、ヴェゲリンのほかにアメリカ司法省の標的となっているのは合わせて10の銀行。その中にはスイス第2大手のクレディ・スイス(Credit Suisse)や大手プライベート銀行のバンク・ベア(Bank Bär)の名前も見られる。

 アメリカは脱税容疑者の名前の譲渡を要求しているが、スイスの銀行は自国の法律と銀行守秘義務に触れるため、その情報を手渡すわけにはいかない。こうして納税問題は国レベルにまで発展した。

 スイスのエヴェリン・ヴィトマー・シュルンプフ財務相は28日、次のように語っている。「ヴェゲリン事件が発生し、アメリカとの交渉で何らかの解決策に向けた合意の必要性が明らかになった」

スイスを攻撃

 UBSの元最高経営責任者(CEO)オズワルト・グリューベル氏も先行きを懸念する。29日発行の日曜新聞「ゾンターク(Sonntag)」のインタビューで、「ヴェゲリンの終焉はスイス金融業界に対する大々的な攻撃の幕開けだ。アメリカはヴェゲリンで前例を作ったのだ」と述べた。

 ヴェゲリンの犠牲が軽かったことは多くの観測筋が認めるところだ。ヴェゲリンが管理する資産総額は200億フラン(約1兆6800億円)をわずかに上回る程度。国際的なレベルで見れば規模は小さく、重要度も低い。

 さらに、ヴェゲリンはパートナー形態をとっており、銀行家コンラート・フムラー氏をトップに八つのパートナーが資産管理を行っている。フムラー氏は以前、アメリカを批判する発言をしたことがあり、脱税に関しても「資本逃避は正当防衛だ」と正当化していることから、これがアメリカを挑発した可能性もある。

 国際的な納税問題を扱うある専門家は「ヴェゲリンは実験台だった。次は大銀行の番かもしれない」と言う。「そのときにも、アメリカはまず行員を標的にするという同じ手を使うのではないか。ほかの銀行でもいずれ行員が告訴されるのはほぼ間違いない」

次の標的

 関係者が最も危惧しているのは、公的機関のチューリヒ州立銀行(ZKB)とバーゼル州立銀行(BKB)だ。両州立銀行とも、アメリカの顧客の獲得を意図的に行ったわけではないと強調しつつも、アメリカ司法省の強硬な姿勢に落ち着かない様子だ。チューリヒ州立銀行は1月初旬、アメリカ人相手のビジネスから完全に手を引くと性急に発表したばかりだ。

 チューリヒ州立銀行とバーゼル州立銀行はまた、ヴェゲリンと同じ状況にはないと主張する。チューリヒ州立銀行の広報担当者は「告訴の心配はない。アメリカと建設的な対話を行っているところだ。合意できる解決策が見つかると確信している」と説明する。バーゼル州立銀行は「これからも注意深く事態を追っていく」と話すのみ。

 専門家もやはり、両州立銀行への攻撃はヴェゲリンよりも格段に難しいと考える。州立銀行では州政府が債務保証を引き受けているため、このような事件で信用を失い顧客離れにつながる恐れはほとんどない。ヴェゲリンはこれで最終的に売却に至った。

コード化された情報を開示

 金融界がヴェゲリンショックから立ち直らないうちに、アメリカが新たにスイスの銀行の情報を受け取っている事実も明らかになった。連邦財務省(EFD/DFF)は31日、アメリカ人相手のビジネスに関する情報を開示したことを認めた。これは顧客情報ではなく、業務にかかわった行員の名前はコード化されているという。

 連邦財務省の広報官ローラント・マイアー氏によると、納税問題で両国が包括的な解決策に合意すれば、アメリカにコードの解析情報が提供される。一部の関係者の名前はその前に開示される可能性もあるが、あくまでも通常の捜査協力の枠内に限られる。つまりアメリカは、関係者の名前の開示を求める場合、その人物がアメリカとスイスの両方の法律で犯罪と見なされる行為を行ったことを証明しなければならない。

 アメリカが11行の銀行への攻撃を終えた後、さらにその標的を広げるのではないかと恐れる金融機関は多い。ある銀行員は「アメリカが一度に実行できる範囲には限りがある」と話す。また、アメリカはほかのヨーロッパの国にも圧力をかけ始める可能性もあるとみる。「アメリカは自国民に対し、国税庁の目から逃れられる場所は世界のどこにもないということをはっきりと見せつけたいのだ」

クレディ・スイス(Credit Suisse)

ユリウス・ベア(Julius Bär)

ヴェゲリン(Wegelin)

チューリヒ州銀行(ZKB)

バーゼル州銀行(BKB)

ノイエ・チュルヒャー銀行(NZB)

HSBCスイス

リヒテンシュタイン・ランデスバンク(LLB)

レウミ銀行(Leumi/イスラエル)

ハポアリム銀行(Hapoalim/イスラエル)

ミズラヒ銀行(Mizrahi/イスラエル)

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SWI swissinfo.ch スイス公共放送協会の国際部

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