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銀行の規制強化でスイス二大銀行が新たな道を模索

スイスの二大銀行は大量のペーパーワークに直面するかもしれない Ex-press

国際決済銀行のバーゼル銀行監督委員会が、銀行経営の健全化と国際金融の安定化のために、銀行の自己資本比率引き上げなど規制強化策を発表した。これを受けてスイスの二大銀行は対策を模索中だ。

そのクレディ・スイスとUBS銀行にとって目下の重要問題は、今後スイスの規制が国際基準に合わせてどこまで変更されるのか、そしてそれが国際間での競争でどれだけ影響するかの2点だ。

規制の鞘取り

 先々週クレディ・スイスは、銀行経営の健全度を示す自己資本比率を算出する国際的な基準「BIS規制」がどのように改定されても対応できるよう、すでに措置を取ったことを示唆した。そして先週2月14日、同行は約61億スイスフラン ( 約5100億円 ) の「偶発転換社債 ( 制限条項のついた転換社債 / CoCo ) 」をカタールとサウジアラビアの投資家に発行したと発表した。

 自己資本規制強化の流れの中で、世界中の銀行が新たな資本をどう調達するか模索している。偶発転換社債は自己資本を増強するための新しい手段だ。銀行が著しい資本不足の状態に陥り、自己資本比率などが一定の水準を下回った場合、あるいは債務超過状態になる危険性があるとスイス金融監督局 ( Finma ) が判断した場合、偶発転換社債は普通株に強制転換される。

 一方UBSは、見通しは全く立たないが、もしスイス金融監督局の同行に対する規制があまりにも厳しいものになった場合、投資銀行部門を海外へ移転することを検討中だと先々週発表した。

 「もし諸外国の銀行の自己資本比率がスイスの半分でしかないとする。そしてそれでも特定分野の業務を継続しなければならないと判断した場合、その業務をほかの国へ移さなければならないだろう」

 とUBSの最高責任者オズワルト・グリューベル氏は語った。

 問題はそれぞれの国が別々の規制を導入し、大規模な銀行にとって公平な競争の場が成り立たなくなることだ。もしそうなった場合、銀行は最も厳しい規制を避けるために業務を規制の緩い国へ移転し、「規制の鞘取り」つまり、利益を得るために規制の差を利用するようになる可能性があると専門家は見る。

司法権の問題

 クレディ・スイスが発行した偶発転換社債は、銀行がリスク緩衝のための自己資本金を競争相手より多く積み増しすることを避け、新しい形態で資本増強を行う方法の一つだ。ほかの方法として、流動資産のファンドへの組み入れ、リスク波及制限条項の付随による低評価資産の保護、ヘッジファンドとの提携など受け皿銀行を代理とした高リスクの取引が提案されている。

 他国で独立子会社を設立し、銀行の貸借対照表からリスクの高い業務を外す方法も提案されたが、これはスイス金融監督局を納得させるに至らなかった。

 「そうした業務のリスク弁済が親会社を頼みの綱とする可能性がある限り、親会社の国の資本規制が有効となる」

 とスイス金融監督局の広報担当トビアス・ルクス氏はその理由を述べた。

 しかしスイス金融監督局が外国の司法権にどれだけ影響を及ぼすことができるかは疑問だ。従って「規制の鞘取り」は、新たなそして不透明なビジネスチャンスの領域になり得ると専門家は指摘する。

先行き不透明

 スイスの「プライスウォーターハウス・クーパーズ社 ( PricewaterhouseCoopers ) 」の代表マチアス・メミンガー氏は、銀行が業務移転のような思い切った改革を行うのは最後の手段だと確信する。

 「不可能ではないが、規制面や税制面での不確定要素が多い中でビジネスを移転するのは大きな挑戦だ。金融当局が最終的に求めているのは、顧客が預けた資金が無事に守られることと部門間のリスクの波及を防ぐことだ」

 さらに

 「銀行は、ビジネスの中断を避けるためにできることはすべてやるだろう。銀行の構造はビジネスがうまくいくようできている」

 と付け加えた。

 規制についての見通しはまだ不透明だ。スイス金融監督局は、銀行の自己資本比率を世界基準の約3倍に引き上げると提案したが、これはまだ議会で承認されていない。

危機脱出の時期?

 一方、バーゼル銀行監督委員会も最大規模の銀行に対する規制強化を検討中で、ほかの国もスイスの基準とのギャップを埋めるべく独自の対策を課すことになるかもしれない。

 しかしスイスの一部の人間にとって、クレディ・スイスやUBSが取るべき解決方法は一つしかない。それはアメリカやその他の国で展開しているリスクの高い銀行業務から撤退することだ。

 「これらの二大銀行が過去25年の間に犯した最大の間違いは、資産運用分野を拡大したことではなく、リスクが高く大資本を必要とする資本集約的なビジネスに進出したことだ。これはロジャー・フェデラーがサッカーを始めるようなもので、得意分野に集中した方がずっとうまくいく」

 とスイス最古のプライベートバンク、ヴェゲリン ( Wegelin ) の業務執行社員クリスチャン・ラウバッハ氏は説明した。

 さらに

「ニューヨークではアメリカの銀行以外は投資銀行業務部門で絶対に成功できない。なぜなら最高の能力を持った人材を引きつけることができないからだ。自己勘定売買や取引決定は、一方の得点が他方にとって同数の失点になるゼロサムゲームだ。賢い人間が必ず勝つ」

と言い足した。

 またラウバッハ氏によると、リスクの高いビジネスをほかの国へ移転することは、中核ビジネスである資産運用業務にダメージを与え、評判問題の解決に失敗することになる。金融危機以来、富裕層の顧客が2000億フラン ( 約17兆6000億円 ) 以上をUBSから引き上げた。

 「異なる基準を採用している外国でリスクの波及を制限した高リスク業務を行っても成功の見込みはない。なぜならリスクを負う冒険が実を結ばなかった場合、プライベートバンキングの評判をもっと危険にさらすことになるからだ」

  とラウバッハ氏は指摘する。

 「インドネシアやロシアの富豪は誰に資産を預けるだろうか? 彼らにとっての最重要事項は、自分の資産を預ける国と銀行が将来もずっと存続するかどうかだ。彼らが求めているのは堅実すぎてつまらないかもしれないが、安全で信頼できる場所だ」

2008年の金融危機でアメリカの投資銀行リーマン・ブラザーズ ( Lehman Brothers ) が倒産し、ほかの金融機関も競売処分や政府による救済受け入れを強いられた。

ヨーロッパで最大の被害を受けた金融機関がUBS銀行で、500億フラン( 約4 兆4000億円 ) 以上の評価損を計上した。また、スイス政府による救済を受け入れ、所有する不良債権をスイス中央銀行のファンドに預け入れるよう余儀なくされた。

銀行破たんの波によって各国の政府と金融監督機構は、金融システムの安全化、金融危機の再発の結末から経済と一般預金者を保護するための対策に取り組んだ。

昨年、国際的な金融監督機構のバーゼル銀行監督委員会は、一連の対策法「バーゼルIII」を発表した。

バーゼルIIIは銀行がリスクを保証するために維持しなければならない自己資本比率を2015年には7%、2019年には8.5%へと大幅に引き上げると発表した。

スイスは、クレディ・スイス銀行 ( Credit Suisse ) とUBSは自己資本比率を最高19%に引き上げるという追加条項を含む提案を行った。

バーゼル銀行監督委員会もまた、「つぶすには大きすぎる」大規模な銀行への対策として、追加義務を検討中。

( 英語からの翻訳 笠原浩美 )

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