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WTO新事務局長は国際貿易システムを改革する新風をもたらすか?

オンラインで行われたWTOの一般理事会でンゴジ氏が次期事務局長に選ばれた
オンラインで15日に行われたWTOの一般理事会で、ンゴジ氏が次期事務局長に選ばれた ©WTO

世界貿易機関(WTO・本部ジュネーブ)の第7代事務局長に、ンゴジ・オコンジョ・イウェアラ氏(66)が選出された。WTOトップに女性やアフリカ出身者が就くのは初めて。WTO改革の舵取り役を務める彼女には、どのような優先課題とチャレンジがあるのだろうか。

15日、WTOが臨時で開催した一般理事会で加盟国164カ国・地域の総意を得て、ナイジェリアと米国の二重国籍を保持するンゴジ氏がWTO事務局長に選ばれた。3月1日に就任する。

ンゴジ氏は、会合後の記者会見で喜びの興奮を露わにしつつ、「より深く広い範囲で(WTOに)改革が必要である」と述べ、喫緊の課題はパンデミック(世界的大流行)下の貿易障壁で「何よりも新型コロナウイルスの問題に焦点を当てるべき」との考えを示した。

多くの途上国・新興国は新型コロナウイルスの治療薬やワクチンの知的所有権に例外を設け貿易を自由化を求めるが、英国、スイス、米国など大手製薬企業を抱える先進国は、ジェネリック(後発薬)メーカーによる生産に懸念を示している。

ンゴジ氏は先月、最近の学術研究を引用し、「富裕国が今年の半ばまでにワクチンの接種を完了する一方で、ワクチンへのアクセスが限定される貧困国が締め出された場合、世界経済が被る損失は9兆ドル(約942兆円)を超える」と警告している。

ンゴジ氏の視点

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加盟国・地域の利害を調整すべき役割を担う事務局長のンゴジ氏には、自身の経験を生かして、コロナ禍によるサプライチェーンの途絶、途上国と先進国との対立、機能が停止している貿易紛争の処理制度をはじめとする多国間の貿易制度を弱体化させている問題に対応してWTOを再建することが急務となる。WTOは加盟国主導であるため事務局長の権限は限られているが、リーダーとしてのその力量が問われる。前事務局長のアゼベド氏が勢いを生み出すことができなかったWTO改革に期待がかかる。

コロナショック

世界経済は、新型コロナウイルス感染症のパンデミックによる深刻な景気後退で大きな打撃を受けた。1995年のWTO設立以来、グローバル・バリュー・チェーンの発展により世界貿易量は2020年に2.7倍に拡大し、世界貿易額は2019年に約18兆ドル(約1955億円)にまで成長したが、コロナ禍で貿易の流れが減退した。WTO外部リンクの2020年10月時点の貿易統計・見通しによると、サプライチェーンの寸断などによって2020年にはモノの貿易が13~32%下落。2021年の貿易量の伸び率は前年比7.2%増だが、「弱い回復」と見込む。

自国第一主義や保護主義が再び台頭し、歯止めをかける枠組みや、途上国への医薬品や医療機器の貿易迅速化も急務の一つとなった。最近特に推進されている二国間や参加国が拡大した地域間の経済連携協定で解決できる問題ではなくなった。

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2020年10月に発表された国際通貨基金(IMF)の予測外部リンクでも、2009年の金融危機にまで深刻化しなかったものの早期回復が「不確実」とみられる今の世界経済。二国間協定が増加し、東アジア地域包括的経済連携(RCEP)や環太平洋パートナーシップ協定(TPP) をはじめとする地域協定が広がる中、新事務局長は唯一の多国間貿易システムで紛争処理制度があるWTOを統率しなければならない。1947年に関税と貿易に関する一般協定(GATT)で定めたWTO協定の「ルールブックには更新が必要」だとンゴジ氏は言う。

景気後退にバックグラウンドを生かして

ンゴジ氏は、元財務相で世界銀行の専務理事、開発途上国のワクチン接種を推進する国際団体「GAVIワクチンアライアンス」の理事長としての政治経験を持つ。スイス・ザンクトガレン大学の国際貿易と経済開発の教授シモン・エヴェネット氏外部リンクは、ンゴジ氏のWTOトップ就任について、「ワクチンが配布され、世界経済の回復が維持されなければならない中で、政府にWTOの妥当性を示す機会だ」とswissinfo.chに話す。

「WTO事務局長は、ワクチン、ワクチン原料、医療用手袋の貿易の開放維持を主張することができ、多くのWTO加盟国が参加を希望する貿易と健康のイニシアチブを推進することができる。そうすれば、首相や大統領はWTO制度の価値に気づくだろう」

それは、WTOの他の課題であるデジタル経済のためのルール、気候変動への取り組みを管理するルール、紛争をどのように処理するかについての合意といったWTO改革に役立つ、とエヴェネット氏はみなす。これまでは、サイロ化した既存する枠組みの中での作業だったため、実質的な改革を生み出すことはできなかったからだ。

Mme Okonjo-Iweala
全会一致でンゴジ・オコンジョ・イウェアラ氏がWTOの事務局長に選出されると、彼女の笑顔がスクリーンに映し出された。15日、一般理事会にて ©WTO

アフリカの関心事に注目

加盟国・地域との意思の疎通と協調を保ちつつ議論を進めるべき事務局長が、ナイジェリア出身でアフリカ開発事情に詳しいことは、欧米主導体制の貿易制度で「とても貴重なこと」。「アフリカの関心事がより注目されることになる」とエヴェネット氏は考える。

国連アフリカ経済委員会の試算によると、域内総生産約2兆5千億ドルという巨大市場で、物品関税90%の撤廃を目指すアフリカ大陸自由貿易圏(AfCFTA)協定が、2019年5月に発効した。今年1月から運用が開始したAfCFTAはWTO協定の一部ではないが、「アフリカの国々が経済を統合し、貿易がさらに発展すれば、世界貿易に貢献することにもなる」とエヴェネット氏は述べる。そして、それは「もちろんWTO自体がアフリカ諸国に貿易政策を支援しサポートするため、技術支援を提供することも可能になる」

米中摩擦

WTOを再構築するには、紛争処理の有効な機能が欠かせない。ンゴジ氏は「紛争処理制度(自体)にも改革が必要である」と記者会見で強調した。WTOルールが中国など新興国に有利だとして、米国がWTO加盟国の通商紛争処理の最終審の上級委員会の委員補充を阻止し、2019年12月から欠員によって機能が停止しているからだ。

米国のデービッド・ビスビー在ジュネーブ代理公使は15日のWTO一般理事会で、ンゴジ氏の承認を歓迎した上で、「米政府は、ンゴジ氏と緊密に連携する。米国は建設的なパートナーとなる」と述べた。米通商代表部(USTR外部リンク)は5日、ンゴジ氏のWTO立候補に「強い支持」を表明し、「WTO改革に取り組むこと」の必要性とバイデン政権が後押しする意向を示していた。

国際協調に前向きなバイデン米政権下で、通商紛争の処理機能を回復することができるのだろうか。この行き詰まった紛争処理機能の回復は、WTO事務局長が指導力を発揮して円滑な貿易を確立する第一歩となる。

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