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新型コロナ急速拡大 スイスの検査体制に黄信号

検査
スイス政府は、現在1日に約2500件の検査を行っていると発表 Keystone / Anthony Anex

スイス連邦政府は、コロナウイルスの感染例をすべて把握する段階は超えたとして、ターゲットを絞って検査を行うアプローチに切り替えた。一部の州は政府の方針に反し、検査体制の大幅拡充を急ピッチで進める。

世界保健機関(WHO)のテドロス事務局長は16日、新型コロナウイルスのパンデミック抑制に最も効果があるのは検査の強化外部リンクだとして各国に協力を訴えた。テドロス氏はジュネーブで開かれた会見で「すべての国々に伝えたいメッセージはシンプル。検査、検査、検査だ」と呼び掛けた。

一方、スイス連邦政府は検査をウイルス封じ込め政策の最優先事項としていない。スイス連邦内務省保健庁感染症班のダニエル・コッホ班長は17日、流行の初期段階にある国なら広範な検査が有効だが「欧州は既にこの段階を通り過ぎている。WHOの戦略は欧州やスイス向けではない」と述べた。

また、スイスや同様の状況下にある国々では、風邪の症状がある人を全て検査することは不可能だとした。

スイスで初の新型コロナウイルス感染者が確認されたのは2月25日。スイスはそれ以降、感染地域から来た旅行者、感染者と接触があった人を検査するという体系的アプローチを取ってきた。

しかし国内での感染拡大を受け、政府は3月上旬、検査を行う対象を高リスクのグループ(慢性疾患を持つ人、高齢者)と重症者に絞ることを決めた。

アラン・ベルセ内務相は16日の記者会見でこの方針は適切だとし「850万件の検査を行うことは不可能。そのためターゲットを絞らざるを得ない」と述べた。

この戦略は、医療崩壊を避け、感染した場合に最もリスクの高い患者に医療資源を確保するという狙いがある。他の全ての国民には、外出を自粛し衛生ガイドラインに従うことが求められる。

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韓国が1日に約2万件外部リンクの検査を実施しているのに対し、スイスは1日に約2500件だ。コッホ氏は検査体制を拡充し、幅広い層の国民が検査を受けられるようにする方針を明らかにしたが、詳細は伏せた。

検査体制の強化

その一方で、各州は検査拠点を新設している。ベルン州は16日、ドライブスルー形式の検査拠点を間もなく開設すると発表。スイスの製薬大手ロシュが最近承認した検査システムを使い、1日に800〜1000件が検査できるという。

ベルン州保健局のグンデカー・ギーベル広報官はswissinfo.chに対し、検査結果は24時間以内に受け取れるといい「現状の約5倍の検査を行うことが可能になる」と話す。

これまでの検査件数と1日当たりの平均を推定することは困難だが、ベルンの病院では最も大きいインゼルシュピタル(ベルン大学病院)は、過去3週間で約1500件の検査を行った。

新たな検査センターの開設により、同州では1日あたり2500~3000件の検査が可能になる。現在、鼻または喉の粘膜からサンプルを採取できる場所は、病院、複数の診療所、およびコンテナ設備で対応する民間医療センターを含め15~16カ所に上る。

「検査を希望する人が集中治療室や診療所に行かないようにすることが重要。でないと本当に必要な人に治療がいきわたらない」とギーベル氏は言う。

18日午前9時20分時点で、ベルンでは193件の感染が確認された。しかし状況は急速に変わるため、夜までには感染者数がさらに増えるとみられる。

ベルン州当局は20日、ドライブスルー型の検査センターを予定通り開所できないと発表した。検査に必要な資材が確保できないことが理由という。

バーゼル・ラント準州はまた、症状のある人を自宅で検査する派遣チームを2つ作った。患者から連絡を受けた医師の要請で派遣できる。またバーゼルの医師は18日以降、州の危機管理チームがスポーツセンターや集会所に設けた2つの検査拠点に患者を送ることができるようになった。

ヴォー州大学病院(CHUV)は、一般人や医療関係者が感染のリスクを評価し、適切に対処できるようサポートするツールを開発した。

3月11日には、チューリヒ州にあるすべての認定微生物学研究所で、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の初期診断が可能になった。

州の検査で陽性と判定された場合、検査結果は確認のためにスイス新興ウイルス感染症センター(CRIVE)に送られる。

国民に広がる不安感

だが検査できる件数が増えても、どんな患者を検査すべきかという問題は依然残る。ギーベル氏は、この問題は議論中だとし、最初に主治医を通すべきか、より多くの人が検査を受けられるようにすべきか、という点も検討中だとした。

これは議論の余地がある上、国民の不安要因でもある。ジュネーブに住むブラジル人ジャーナリスト、ジャミル・シャデさんは、12日に高熱、悪寒、咳の症状が出た。仕事で街中を移動していたため感染したのではないかと思ったという。

シャデさんは13日、ジュネーブの個人診療所に行き検査をしてほしいと頼んだが、医師からは基準を満たしていないと断られた。陽性でも陰性でも、医師からの推奨事項は変わらないと言われたという。

「医師は私に自宅にいるように伝え、アセトアミノフェン系の解熱剤をくれました。私がもし陽性でも、同じ指示を与えたでしょうと言って」

シャデさんは医者の指示に従ったが、もし検査結果が陽性であれば、人々の行動は変わるはずだと言う。「もし自分が感染していると知っていたら、私と接触した人に連絡し、予防策を取るよう伝えます」

目隠しで戦う

そんな中、広範囲ではなく検査のターゲットを絞ったスイスのアプローチに批判が高まっている。新型コロナウイルスの効果的な封じ込めで高く評価されたシンガポールの大臣は外部リンク、スイスと英国が「ウイルスの封じ込め・抑制のためのあらゆる手段を放棄した」と発言した。

スイス国内のウイルス学の専門家の中には、検査規模の拡大を求める意見もある。

しかしこの戦略の問題の一つは、数字の理解に混乱が生じることだ。実際の感染者数を把握できなければ、問題の規模を理解し、死亡率を割り出すことは困難だ。

WHOのテドロス事務局長は16日、「すべての国は疑わしい全症例を検査できるようにすべきだ。目隠しでこのパンデミックに立ち向かうことはできない」と述べた。同氏はまた、検査ぬきには感染者を隔離できず、感染の連鎖を断つことは無理だと付け加えた。

経済紙フィナンシャル・タイムズ外部リンクは17日、イタリアで新型コロナ感染拡大の発端となったベネチア近郊の小さな自治体ヴォでは、検査に検査を重ねた結果、新たな感染を完全に食い止めたと報じている。

スイス政府は、国民の信頼を維持し、かつ過度の期待を抱かせないような対応に努めている。保健庁のコッホ氏は17日の記者会見で「数字に関わる何かを隠しているわけでも、数字の共有を避けているわけでもない」と述べた。「単に感染の拡大があまりに早く広範囲なため、これらの数字を報道機関が望む形でリアルタイムに提示するのに苦労しているだけだ」

またコッホ氏は、現状においては正確な数値を追い求めるよりも、病院のベッド数を確保する方が重要だと強調した。

(英語からの翻訳・シュミット一恵)

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