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9・11がもたらした「非常事態」の日常化

Trümmer des World Trade Centers in New York, 2001.
2001年9月11日、ニューヨーク。倒壊したツインタワーの瓦礫(がれき)を撤去する作業員の姿は、世界中の人の脳裏に焼き付けられた Steve Mccurry/Magnum Photos

2001年9月11日に発生した米国同時多発テロ事件は、私たちの日常生活における安心感を根底から揺るがした史上まれに見る事件だった。これを境に国家による監視が受け入れられるようになったが、それは同時にあらゆる生活シーンでデータ収集が行われる「監視文化」をもたらした。

2001年の同時多発テロ事件は、まるでハリウッド映画のようだった。アクション映画さながら、テレビでは衝撃の映像が延々と映し出される。ニューヨーク市を襲った2つの自爆テロは、こうして人類の記憶に深く刻み込まれた。米国のメトロポリス、そして皆の憧れの地でもあるニューヨーク。かつて多くの人が、崩壊した世界貿易センター(WTC)からの絶景を楽しんだものだ。

安心感の代償

テロ事件の後、米国には絵に描いたような連帯の波が世界中から押し寄せた。当時の米大統領ジョージ・W・ブッシュ氏は速やかに非常事態宣言を発し、「テロとの戦い」を呼び掛けた。世界中の政府は、テロに対抗すべく新しい法律を制定したが、これは往々にして個人の自由と社会全体の安全との綱引きを伴う。民主主義社会の多数派は、安心感と引き換えに個人の自由やプライバシーを犠牲にすることを受け入れた。当時制定されたテロ対策の多くは今も有効だ。こうして9・11は世界中で緊急事態の常態化をもたらした。

これまでも監視は行われていた

しかし、監視は今に始まったことでもなければ、テロ活動だけを標的にしていたわけでもない。確かに、誰にも監視されない生活はプライバシーや自由の象徴だが、国家安全保障の名の下に監視される対象は常に変化している。例えばスイスでは、1930年代初頭にチューリヒ市の警察が同性愛者の登録簿を作成した。79年にようやく廃止され、ベルンとバーゼルもそれに続いた。

冷戦時代、共産主義者の侵入を恐れた連邦警察は、スイス国民や組織の監視やスパイ活動を行っていた。こうして作成されたファイルの数は90万にも上る。この「フィシュ」(フィシュは文書ファイルという意味)の3分の2は外国人に関するものだ。89年に発覚したこの「フィシュ・スキャンダル」は、国家による監視をめぐりスイスで大きな論争を巻き起こした。

だがこのスキャンダルは、スイスではすぐに風化した。2018年11月の国民投票で、スイス有権者は社会福祉を不当に受理している疑いがある人の監視できるようにする法改正を大多数で可決した。

それに先立つ16年、スイスの有権者は諜報活動強化法案を国民投票で可決21年6月の国民投票では改正テロ対策法を可決し、これにより、スイスでは世界で最も厳しい部類に入る反テロ法が有効になった。国連の人権に関する特別報告者フィヌエラ・ニー・アオライン氏は、これによりスイスは権威主義体制の危険な前例になったと批判している。

9・11以降に台頭した「監視資本主義」

今日、社会の行動の大半は、商業的な理由から主にデジタルデータとして監視されている。ある人物について企業が知れば知るだけ、その人に適した広告をより的確に掲示できるからだ。現在、最も成功している企業のいくつかはデータ企業だ。その大多数が米国か中国を拠点とし、特にグーグル、フェイスブック、アマゾン、アリババ、テンセントなどが有名だ。これら企業のビジネスモデルは基本的に、個人に合わせた正確な広告を可能にすることだ。企業はそのためにデータを収集する。

ショシャナ・ズボフ名誉教授(経済学)は、シリコンバレー企業の市場力と傲慢(ごうまん)さを長年にわたって警告してきた米国でも数少ない1人だ。デジタル経済は、人間が無料の原材料かつ単なる行動データの供給者でしかない悲惨な世界だと同氏は指摘する。「監視資本主義(企業が個人情報を収集すること)」は、現代の資本主義が突然変異したものであり、かつてないほど富や知識、権力が集中しているのが特徴だという。

Überwachungskamera in einem Bus.
ツーク州のバスに設置された監視カメラ。今では当たり前の光景になった Keystone / Gaetan Bally

ズボフ氏は2018年の著書で「グーグルは監視資本主義の先駆者」と記している。歴史の転換期も追い風となった。9・11以降の米国における国家安全保障組織の発展と同社の成長は密接に関係している。この流れがオンライン上の人々を監視するグーグルの手法を後押ししたのだ。

今もなお有効な9・11効果

興味深いことに、個人情報がデジタルデータとして収集されることを気にする人は少ない。また、よくある矛盾に陥ることもある。データやプライバシーの保護を求める一方で、何かが無料でもらえる場合は別だということだ。カナダの社会学者デービッド・ライアン氏は、スーパーマーケットのポイントカードに始まり、公共の場に張り巡らされた監視カメラや空港やスポーツスタジアムでのセキュリティチェックに至るまで、私たちの日常生活は正真正銘の監視文化に支配されていると指摘する。

9・11以降、社会の不安感は高まった。現在、あらゆる場面で安全保障と市民権・プライバシーの綱引きが行われている。それはテロ活動を行う「危険な人物」を対象とした改正テロ対策法が制定されたスイスも同じだ。9・11は今も影響を与え続けている。

(独語からの翻訳・シュミット一恵)

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