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ESG投資バッシングはやめるべきだ

Cécile Biccari

スイスなどで見られる最近のグリーンウォッシング取り締まり強化の動きは、利益ではなくむしろ害をもたらす――。サステナブル投資の専門家セシル・ビッカーリ氏はそう断言する。

サステナブルファイナンス業界で働く人間にとって、2022年は波乱に満ちた年だった。サステナビリティや、いわゆるESG(環境、社会、企業統治)の基準を満たすとされる商品への資本投資額は、過去最高を記録した。一方で、ESGが注目を集めるにつれ、より厳しい目にさらされるようにもなった。その結果、サステナビリティの謳い文句は、大半が中身の伴わない飾りだという批判の波が押し寄せた。

ESGの問題点が注目されればされるほど、問題は大きくなっていくように思われる。

今年に入り、欧州連合(EU)のサステナブルファイナンスに関する新規制が発効するこのタイミングで、資本市場の究極の目的を思い出す価値はあるだろう。それは資本の効率的な配分によって価値を生み出すことだ。これまでも、恐らく当面の間はこれからも。

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ノバルティスのESG債 「患者到達数」目標は妥当?

このコンテンツが公開されたのは、 スイスの製薬大手ノバルティスは2020年9月、製薬業界では世界初となるサステナビリティー・リンク・ボンドを発行した。しかし、薬を世界の貧困層にもっと手が届きやすいものにするとうたう目標には、首をかしげる人たちもいる。

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持続可能な開発の概念が1987年に作られて以来、私たちは地球の限界への理解の深まりとより公平な成長への願いに合わせて、基本的に「価値」と「効率的に」の定義を変化させてきた。

「価値の創造」はもはや、金銭的な意味での財務的価値を生み出すことだけにとどまらない。また「効率性」は、水や生物多様性といった自然が提供する無形資源やサービスを含め経済活動に貢献するすべての資源を計算に入れている。それらのコストを内部化し、真の価値に従って価格を決定することを意味するのだ。

それを念頭に置きつつ、最近スイスやその他の地域で見られる規制の動きの一部には用心すべきだ。スイス政府は昨年12月、「サステナブル」、「グリーン」、「ESG」といった言葉は、厳しい基準を満たさなければファンドの名称に使用できないという案を提出した。そうなると現実には、幅広いESGリスクを体系的に分析して減らす投資戦略は「サステナブル投資」として認められなくなる。そのような言葉を使えるのは、プラス効果をもたらす投資に限定されるからだ。

これはEUのサステナブルファイナンス開示規則(SFDR)という類似の動きに足並みをそろえたものだ。EUの規則は、グリーンウォッシングを防止するため、サステナブル投資商品市場の透明性と、金融市場参加者のサステナビリティの謳い文句に関する透明性を高めることを目指す。

しかし、規制案の多くが提案するように、「ESGリスク」の管理と「サステナビリティ効果」の達成を分けて考えるのは、どれほど有益なのだろう?規制で「完璧」を目指すことが、かえって「善」の妨げにならないだろうか?

企業では何十年も前から周知の事実だが、リスクと機会の管理はコインの表裏をなす。鉱業会社が水の消費を減らせば、採掘作業の妨げになりうる水不足のリスクを減らすとともに、地域社会の水へのアクセスを向上できる。自動車製造会社が率先して低公害車への移行を加速させれば、気候変動との戦いでは大きく貢献するが、電気バッテリーの製造を増やしたことで自動車のサプライチェーン上で新たな環境・人権リスクを生み出すことにつながる。

問題は、「サステナブル」の定義を狭くし、コインの片面だけに限定すると、数少ない資産にばかり資金が流れ込むことだ。一部の資産の過大評価につながる一方で、より大きな効果を生むかもしれない別の分野が見逃されてしまう恐れがある。

新しい用語や定義作りに大量の通信時間やインクや知的エネルギーを無駄に費やしても、現場の現実は変わらない。サステナビリティは絶対的な真実ではなく、相対的な概念だ。サステナビリティとは、私たちが健康で回復力のある地球で健康に暮らせるように、今の軌道を変えることだ。重要なことはただ2つ。大きな規模でどのくらい速く変化を起こせるかだ。

例えば、食料生産の方法を変えなければならないのは確かだが、それは精密発酵などの革新的技術にお金を注ぎ込むことに限定すべきではない(たとえ精密発酵が大きな恩恵をもたらすとしても)。責任ある原料調達をし、森林破壊を止めるよう、大手の食品製造会社や商品取引業者に訴え続けることも必要だ。しかし「サステナブル」の定義を狭めては、これらの企業は私たちの必要とする変化を起こせないだろう。

そのための規制は必須だ。過去の経験からも、企業の自発性に任せていては慣習を変えるのに時間がかかりすぎるのは明らかだ。だが規制は、金融商品の小さなニッチを作り出すのではなく、サステナブルファイナンスを主流にすることに力を注ぐべきだ。

もし究極の目標が、資本をサステナブルな価値創造へシフトすることなら、ESGの問題の投資判断への影響をより総合的に見る視点が必要だ。

小さなことにこだわると、「サステナビリティに考慮して資産の大部分を運用するようにする」という本来の目標を見失ってしまう。この目標を達成するには、世界中の資産管理担当者や金融アナリストの9割以上が考え方を変えなければならない。ファンドマネージャーらがサステナビリティの問題について深い知識を持ち、それを真剣にとらえるよう奨励されれば、このような行動の変化が起こるだろう。

スイスは今、EUの規制と協調するか独自路線を歩むかを検討中だ。このまたとないチャンスを活かし、現実的な姿勢を保ちつつ、必要なスピードとスケールでインパクトを与える様々なアプローチを推進すべきだ。

編集:Jessica Davis Plüss、Virginie Mangin

英語からの翻訳:西田英恵

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