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消えゆく不安が原子力ロビーを後押し?

アールガウ州のベツナウ(Beznau)。スイス最古の原発 Keystone

フクシマ・ショックはいまだ根強く残っている。福島第一原発事故はスイスが脱原発を宣言するきっかけにもなった。しかし、記憶にも「半減期」がある。時と共に薄らぐ不安は、原子力ロビー活動に有利に働くのか。2015年の最終決定までには、まだ時間がある。

 「困難や問題が多ければ多いほど、そして不確定要素が高まるほど、人はより確実な供給源を求めるようになる」と言うのは原子力に柔軟な態度を示す「分別のあるエネルギー政策を目指す活動(Aktion für vernünftige Energiepolitik/AVES)」のロルフ・シュヴァイガー会長だ。

 スイス原子力フォーラム(Nuklearforum Schweiz/Forum Nucléaire Suisse)のミヒャエル・ショーラー広報部長は「(脱原発宣言を)対岸ではまだ工事にも取りかかっていない橋を壊すかのような、無意味な行為だ」と批判し、次のように続ける。「我々は原発の新設を禁止する政府案に反対し、核エネルギーの利用を考慮に入れた新たなシナリオの作成を求める」

 こうした原子力フォーラムの見解は、経済諸団体のそれと一致する。今月末まで行われている、政府の「エネルギー戦略2050」に関する聴聞会において、原発の全面禁止に異議を唱える経済団体は多い。

福島第一原発の事故の後、スイス政府と連邦議会は今後原発を新設しないことを決定。

現在稼働中の5基の廃炉時期は未定。政府が決めた最長寿命は50年。これをもとにすると、すべての原発が廃炉になるのは2034年。

1月末までに「エネルギー戦略2050」が審議会に送られる予定。同計画では、エネルギー消費量を2035年までに現在の約3分の1、2050年までにほぼ半分に減らすことになっている。

削減の対象は主に化石燃料。現在、エネルギー需要全体の7割を化石燃料に頼っている。

2050年までに化石燃料の割合を半分以下に減らし、残りをほぼすべて再生可能エネルギーでカバーする計画。

電力消費も多少減らす必要がある。原発に代わって、再生可能エネルギー(太陽熱、風力など)およびガスを利用する。

電気代は2050年までに2割から3割上がる見込み。

単なる意思表示

 福島の原発事故を受け、スイス政府と連邦議会は2011年、段階的な脱原発を宣言した。しかしこれは、法的には単なる方針決定の表明にすぎない。新たな原発の建設禁止には、原子力に関する連邦憲法の改正が必要になる。そして、その是非を決めるのは国民だ。その国民投票には政府や議会での準備が必要で、実施は早くても2015年になる。

 そのときには、フクシマはすでに4年も昔の出来事だ。昨年秋に行われた不安指標を示すアンケートによれば、原発事故に対する不安感は減少する一方だ。

人気のない原子力

 しかし、原発の新設に反対する人々は福島の原発事故が起こる前からいた。「原発がもともと国民の間で不人気だったことは、政治的観点からも分かっていることだ」と指摘するのは、政治学者のグレゴー・ルッツ氏だ。

 ルッツ氏によれば、これは電力業界が原発建設問題に関し、今のところ口をつぐんでいる理由でもある。「(原発問題に対して)意見を述べることにより、政府だけでなく自らの会社の役員たちをも敵に回すことを恐れているのだ。役員会には、政治家のほかエネルギー転換政策を推す州や自治体の代表者もいる。もっとも、裏では脱原発を撤回するための工作が行われているようだが」

水力発電:55.8%

原子力発電:39.3%

その他:2.9%

再生可能エネルギー:2%

期限は未定

 原子力ロビーを後押しする要因は、他にもある。エネルギー転換は複雑なプロジェクトだ。水力や原子力による発電に比べ、太陽光や風力発電は電力の生産量が一定しない。また、原子力に代わってベースロード(常に使われている電力)を生産する予定のガス・火力発電には、化石燃料を使用するため二酸化炭素(CO2)を排出するという欠点がある。さらに、エネルギー転換に必要な資金調達のための税制改革案、つまり暖房用石油やガソリン、電力の使用に対する新たな課税は、まだその輪郭すらはっきりせず経済的にも問題がある。こうした諸問題に加え、スイス政府は電気料金を2割値上げすることも思慮に入れている。

 脱原発を完了する期限もまた、明確にされていない問題の一つだ。現在の原子力法では、規制当局が安全だと見なす限りは原発を稼働できることになっている。スイスでは原発の推定寿命は50年といわれており、これにのっとると最後の原発を廃炉にするのは2034年だ。

時間稼ぎ

 これに対し、電力業界は原発施設をつねに修理、改善していれば、50年以上の稼働も可能だと主張する。「原発の寿命が50年というのは根拠のない推論だ」。スイス大手電力会社の一つアクスポ(AXPO)のハインツ・カルラー社長は先立って開催された年次記者会見でこのように強調した。

 しかし、前出のルッツ氏はこうした電力業界の反論を原子力ロビー側の単なる「時間稼ぎ」と見る。「脱原発の延期を試みることで、フクシマ・ショックによる国民の不安が消え、さらに原発の安全性を政府に納得させることができる新しい技術が開発されることを期待しているのだ」

原発の寿命を縮めるイニシアチブ

 こうした電力業界の思惑とは裏腹に、緑の党(Grüne/Les Verts)は2012年、現存する原発の寿命を45年と定めることを要求するイニシアチブ(国民発議)を発起。国民がこのイニシアチブを可決すると、アールガウ州にある一番新しいライプシュタット(Leibstadt)原発は2029年に廃炉になる。

 しかし、前出のAVESのシュヴァイガー会長は、国民はこのイニシアチブを否決するだろうと予測する。「電力不足などの問題が予想以上に早い段階で浮上するだろう。有権者がそうした現実問題をどのように受け止めるかが要だ」

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危険に対する安全網

 ルッツ氏は、原子力ロビーはこのイニシアチブに深い関心を持っていると言い、その理由を次のように説明する。「原発の寿命を技術的に説明すれば、このイニシアチブを抑えることは可能だ。そしてこの点に関しては、スイス政府も連邦議会もロビー側と同様の見解を示している。しかし、このイニシアチブが可決されれば、目指すエネルギー転換をロビー側の想定以上に迅速に実行しなければならなくなるのだ」

 これに対し、緑の党で環境・エネルギー・運輸問題を専門に扱うウルス・ショイスさんは、「このイニシアチブは、脱原発問題をまた後回しにしないよう政府と議会に圧力をかける手段にほかならない」と説明する。

危険に値するだけの恩恵

 ショイスさんは、原子力ロビーが存在する限り、脱原発へのたゆまぬ努力とその実現のためのこうした圧力は必要不可欠だと考える。そして、原子力ロビーにとっても、政府と議会による脱原発の決定を覆すのは容易ではないだろうと付け加える。「以前は必要条件を満たせば原発を新設できたが、今はさらに脱原発宣言を覆さなければならないのだ」

 さらにショイスさんは、連邦核安全監督局(ENSI/FSN)の依頼で実施されたアンケート結果で、多数のスイス国民が原子力エネルギーに批判的だったことに注目する。原子力技術の恩恵がそれに伴う危険に見合うものだと考えているのは、国民のたった25%にすぎない。「我々のイニシアチブが可決される可能性は大いにある」と期待する。

(独語からの翻訳、徳田貴子)

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