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巨大IT企業への課税、スイスに痛手か

Googleのロゴが入ったガラス戸
欧州委員会によると、欧州の数カ国では企業の利益にかかる税率が巨大IT企業で10%以下、その他の企業で平均20%以上に設定されている Keystone / Stefan Rousseau

多国籍企業が税制上の抜け穴を利用した課税逃れを防止するため、国際的な課税ルールの抜本的な改革が急ピッチで進められている。6月の主要20カ国・地域首脳会議(G20サミット)でも、巨大IT企業への「デジタル課税」ルールが焦点の一つになった。ただ、低税率で多国籍企業を誘致してきたスイスは、国際課税ルールの強化で大きな痛手を受ける可能性がある。 

2008年の金融危機は世界経済に深刻な影響を残した。だがこれを機に、国際協力と税制の透明化という新時代の幕が開いた。 

世界の経済大国は、銀行救済や景気回復のために巨額の財政支出を迫られた。そこで、個人や企業による脱税、節税策、偽装工作を効率的に取り締まるため、国際的な課税ルールの制定を決意した。

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法人税改革と年金改革を一体化、国民の支持は得られるか?

このコンテンツが公開されたのは、 5月19日の国民投票では、スイス版「税と社会保障の一体改革」ともいえる改革法案の是非が問われる。2年前に否決された法人税改正法案に修正を加えたものと、もう一つの重要課題である老齢・遺族年金制度(AHV)の追加財源確保を組み合わせた内容だ。

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そしてG20および経済協力開発機構(OECD)が推進力となり、ここ数年で国際課税ルールに関して2つの重大な改革が行われた。一つは金融口座に関する自動的情報交換制度、もう一つは多国籍企業に対する新課税ルールの導入だ。 

スイスがOECDの制裁措置を回避するには、新しい国際基準を国内に適用する必要があった。ただ、それには銀行の顧客情報を開示しないという守秘義務の対外的な廃止と、外国企業に対する税制優遇措置の撤廃が必至だった。そのため、スイスではここ数年、新基準の適用に対して激しい反発が続いたほか、立法プロセスも長期に及んだ。 

その間にも、国際課税ルールの更なる改定が、少なくとも部分的に進められようとしている。G20参加国とOECDは新たな国際課税ルールへの合意と同時に、現行の制度を20年末までに廃止しようとしているからだ。 

現在の国際課税ルールとは?

現在の国際課税ルールは、OECDが12年に立ち上げた「税源浸食と利益移転(BEPS)プロジェクト外部リンク」に基づく。多国籍企業の多くは、実際に経済活動を行っている国で生み出された利益を、会社登記または管理本部しかない低税率の国に移し、初めからその利益がなかったかのように見せかける課税回避策を取っている。BEPSプロジェクトは、こうした課税逃れの防止を目指す。 

OECDの調べでは、多国籍企業による節税策は400種以上ある。こうした課税逃れによって、全世界で年間2400億ドル(約26兆円)の法人税収が失われているとという。また、課税逃れが原因で、各国間で税の引き下げ競争が激化し、外国企業への優遇税制や法人税率の引き下げが行われるようになったとされる。

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課税は利益が生まれた場所で行われるべきというBEPSプロジェクトの理念に基づき、OECDは13年に「BEPS行動計画」を策定。「有害」とされる税制の禁止や、実際に経済活動を行う国での法人税徴収を実現させるための指針15項目を盛り込んだ。計画は15年にG20参加国から支持され、現在は100カ国以上がこの枠組みに参加している。 

行動計画の「行動13」は、参加国間に国別報告書の自動的交換を求める。多国籍企業が世界中に分配した利益の全体像や、納税額、国別の事業実態を把握するためだ。 

なぜ国際課税ルールの改革が必要か?

BEPSプロジェクトの目的は、各国の税制をある程度統一し、多国籍企業が利用する多数の法の抜け穴をふさぐことだ。特に近年はデジタル化が急速に進み、現行の税制では想定されなかった新たな問題が起きている。

国際課税ルールの大改革 

BEPSプロジェクトは、国際課税ルールにおいて過去100年で最も重要な改革計画とされる。1923年から国際連盟の下で練り上げられてきた国際課税ルールは、度々、部分的に改定されてきた。

 しかし、ここ数十年での経済成長の加速と企業活動のグローバル化に、現行のルールが追いつけていない。企業の多くは税を「最適化」するために、既存の法の穴を利用している。

従来の経済活動であれば、企業が実体のあるモノとサービスを生み出す国・地域を知ることは容易だった。しかし、「GAFA(ガーファ)」と呼ばれるグーグルやアップル、フェイスブック、アマゾンなどの新しい巨大IT企業に関しては、どの国で付加価値を生み、利益を上げているのかが把握しにくい。 

近年は製品の脱物質化が進んだ上、ネット通販が人気を博し、商品の移動や決済が数倍に増えた。そのため、多国籍企業は公正な納税にあまり前向きではない。 

G20とOECDの具体的な目標は?

BEPS行動計画で言及されたように、経済のデジタル化で新たな課題が生じている。そこで、G20とOECDは法人税制を抜本的に改革しようとしている。6月に福岡市で開催されたG20の財務相・中央銀行総裁会議では、巨大IT企業への「デジタル課税」ルールについて、二つの柱に基づく作業計画が採択された。 

一つ目の柱は、工場や支店などの物理的な拠点の有無に関わらず、企業がモノやサービスを提供して売り上げを出した国での課税を可能にすること。実現すれば歴史的転換となる。 

二つ目の柱は、企業が利益をタックスヘイブンに移して納税額を低く抑えることを防ぐため、各国共通の最低法人税率を導入することだ。 

OECDは、20年1月に具体案を絞る予定。ただ、すでに最低税率などの点について、疑問や批判が上がっている。一部の専門家は、作業計画は全般的に市場規模が大きい経済大国に有利に働くとみる。しかし別の専門家の考えでは、課税は現状よりも公平になり、貧困国も多国籍企業から徴税できるようになり課税改革の恩恵を受けるとされる。 

スイスへの影響は? 

スイスでは今年5月の国民投票で、複雑な法人税改正案がようやく可決された。これにより、20年1月からOECDの新ルールが適用されることになった。また、ホールディングス企業や、スイスにある外国のペーパーカンパニー、または管理本部しか置かない外国企業に認められていた優遇税制も同時に廃止される。 

こうした制度変更による企業の流出を防ぐため、ほぼすべての州ですでに減税が決定、または予定されており、将来的にはすべての企業に適用される。スイスはすでに現時点で国際的に最も競争力のある税率の国に数えられる。

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低い法人税以外にも、スイスには外国企業にとって魅力的な制度が設けられている。しかし、G20とOECDの新たな計画により、事業拠点としてのスイスの魅力が大幅に弱まる可能性がある。 

売り上げを出した国での課税と、各国共通の最低法人税率が実現すれば、スイスに拠点がある多国籍企業は国外に移転したり、スイスに拠点を置こうとする企業はその考えを改めたりすることも考えられる。 

ウエリ・マウラー財務相も先日、「(新しい国際課税ルールは)すでに21年からの実施が議論されている。そうなればスイスの税制は根底から覆されるだろう」と話し、新しい国際的な税制調和の急速な流れに危機感をあらわにした。同氏によれば、新たな国際課税ルールが実施されれば、スイスは近い将来、数十億フランもの税収を失う可能性があるという。

(独語からの翻訳・鹿島田芙美)

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