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徴兵制支持、欧州で弱まる

ウィーンでの軍事パレードの様子 Reuters

オーストリアでは20日、徴兵制の存続を問う国民投票が行われる。スイスでも今年、同じ問題が国民投票にかけられる可能性がある。欧州各国は冷戦後、それぞれのやり方でこの問題に取り組んできた。

 欧州では21世紀に入り、17カ国が徴兵制の廃止あるいは中止に踏み切ってきた。欧州連合(EU)加盟国で、強制的徴兵制を今も残しているのは6カ国のみ。軍隊を所有する欧州全43カ国の中では、3分の2近くが職業軍人による軍隊だ。

 この20年間で、徴兵制が徐々に廃止されてきたのはなぜだろう? そこには共通した傾向があるのだろうか?

 「国によって議論の焦点が違う」と、連邦工科大学チューリヒ校(ETHZ/EPFZ)の軍事科学専門家、ティヴォー・シュヴィルシェヴ・トレッシュさんは話す。

 西欧では、冷戦の終了により旧ソ連率いる東欧諸国の脅威が消滅したことで、軍隊の役割が大きな影響を受けたことは疑いない。

 一般的には、多くの軍隊の主要任務はもはや国土を守ることではない。その代わり、国連、北大西洋条約機構(NATO)、EUの安全保障の一環としての任務、または、災害救助や高齢者介護といった補助的役割に重点を移すようになってきた。

 それに加えて、兵役期間の短縮、兵役の代わりに社会奉仕活動を行う「民間役務」を選ぶ男性の増加といった動きがあると、シュヴィルシェヴ・トレッシュさんは指摘する。

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近隣諸国の動き

 スイスの西隣に位置するフランスは、21世紀に入っていち早く徴兵制の正式な一時中止に踏み切った国の一つだ。その後、2005年にイタリアが廃止。ドイツは2011年にようやく、職業軍人だけの軍隊になった。

 ドイツでは、兵役よりも高齢者介護施設で働くという民間役務を選ぶ男性が多かったため、介護部門の人員が不足するのではないかという懸念が議論の焦点となった。一方、廃止賛成派の主張は、費用の削減と、ドイツ人の約3人に1人しか兵役に就いていなかったため若い世代で不平等が広まっているという点だった。スイスとは違い、これらの三カ国はNATOとEUに加盟している。

 スイスの東隣のオーストリアは、これまでに徴兵制を廃止してきた国のリストの最後に名を連ねることになるかもしれない。

 観測筋によると、20日に行われる国民投票に向けて行われている議論は、今年後半に予定されている議会選挙のための政党政治に多分に利用されているという。しかし、国民の支持を巡って争う与野党にとって、EU加盟国の中の中立国としての立場も軍事費用も、主な論点とはなっていないようだ。

中立という共和主義の理想

 やはり中立国であるスウェーデンは、2010年に徴兵制を廃止した。軍隊の原則が変更され、主に国際任務を行うことになった。

 隣のフィンランドはといえば、スイス同様、誇りをもって徴兵制と従来の軍隊の役割を維持している数少ない欧州の中立国の一つだ。これは一部、歴史的な理由による。

 アイルランドも中立国だが、一度も徴兵制を敷いたことはない。第1次世界大戦の際には、これがイギリスとの間で大きな政治問題になった。

 シュヴィルシェヴ・トレッシュさんによると、北欧諸国やドイツ、オーストリア、スイスといった共和制の国々にはさらに共通した傾向が見て取れる。

 「こうした国々は、(社会の形成に主体的に参画する)公共の精神に基づいた国家という理想を昔から掲げてきた」

 これに対立するのは、基本的に個人の自由を主な政治価値とし、公共の利益に優先させるという自由主義的政治哲学に根ざしたモデルだ。

徴兵制とは、国家への奉仕のため強制的に国民を徴用すること。多くは軍務だが、兵役の代わりに社会奉仕活動を行う民間役務も含まれる。

反対派は、徴兵制は個人の権利の侵害であり、費用がかかりすぎると主張している。

国家による徴兵制度の歴史は、1790年代のフランス革命に遡(さかのぼ)る。

欧州では半数の国が徴兵制を実施していないか、廃止したか、中止している。

スイスは左派の反対にもかかわらず、徴兵制を維持している国の一つ。

平和主義グループ

 スイスでは、平和主義グループの提案する徴兵制廃止案が懸案事項となっている。議会は昨年12月、「軍隊なきスイス」という国民発議(イニシアチブ)について議論を開始した。さらに全州議会(上院)での議論を経て、内閣が国民投票の日程を決めることになる。

 同グループによる徴兵制廃止提案が国民投票にかけられるのは、この25年間で3度目になる。

 1989年、同グループは当時タブー視されていた徴兵制廃止案に対し、35.6%もの賛成票を獲得。しかし、2001年の投票では、軍隊を廃止し、志願制の平和部隊を創設するという類似の計画に対して、賛成票は21.9%に落ち込んだ。

 中道左派政党の支持を受けた平和主義グループは昨年、徴兵制廃止を目指すイニシアチブ成立に必要な数の署名を提出した。この案は、志願制の軍隊の創設と、任意での民間役務の維持を目標としている。

 しかし、何か予想外の出来事でも起こらない限り、スイスでは今後もしばらく徴兵制支持派の優勢が続くだろう。

市民権をもつ健康な男性は、19歳で兵役義務を課せられる。女性の兵役は任意。

 

男女ともに、30歳あるいは兵役満了をもって除隊となる。下士官、上級士官、将校には別の規則が適用される場合もある。

民間役務については、スイスでは何年もの議論を経て憲法が改正され、1996年にようやく導入された。

(英語からの翻訳 西田英恵)

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