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大麻栽培者のハンストに割れるスイス

スイス当局を困惑させるラッパ氏 Reuters

拘留中の大麻栽培者ベルナール・ラッパ氏は、実刑判決が重すぎるとの抗議から、80日間以上もハンガーストライキを続けている。

医師たちは、受刑者に食事を強要するようにとの当局からの通達を拒否した。こうした一連の流れを受け、チューリヒの日刊紙「ターゲス・アンツァイガー ( Tages Anzeiger ) 」は、ラッパ事件を「現代版ギリシャ悲劇」のようだと報じた。

スイスを二分するラッパ事件

 11月16日、連邦裁判所は刑の執行停止を求めるラッパ氏の訴えを退けた。さらに18日には、ヴァレー/ヴァリス州議会もラッパ氏の嘆願を否決するという新たな展開があった。今、スイス中がこの話題で持ちきりで、だれもが事件の行方を話し合っている。

 裁判所が下した判決を州は是が非でも実行し、非難の声に屈すべきではないのか?人命保護を優先すべきなのか?こうした疑問は、さらにデリケートな問いへと発展する。医者は本人の意思に反しても食事を強制しなければならないのか?医療従事者は明らかにこれに対して反対の姿勢を取っているが、最初の問いに賛成する声は少ない。

 ラッパ氏 ( 57歳 ) は、大麻の合法化に向け精力的に活動していたことでよく知られ、薬事法違反の罪で5年8カ月の実刑判決を受けた。今年の夏、ラッパ氏はハンストの実行後に病院に収容され、入院中にターゲス・アンツァイガー紙の質問に対し「もし無理やり食べさせられていたなら、苦悶が長引くだけだっただろう・・・。ベッドの中で生き長らえるより死ぬ方がましだ」と書面で回答した。

 その後、ラッパ氏は自宅に軟禁されたが、温情を求める嘆願が却下され再び刑務所に戻された。しかし、10月中旬に低血糖症のため再入院したが、病院でハンストを始めたことから、静養のため ( 監視の下で ) 2 度自宅に戻った。

「市民的不服従」

 ジュネーブの医師団は、先日ヴァレー州の司法当局から新しい通達があったにもかかわらず、ベルンの医師団同様、本人の意思に反して食事を強いることを拒否している。チューリヒ大学の刑法教授クリスティアン・シュヴァルツェネッガー氏は
「ある意味、医師たちは市民的不服従を行使している。不服従に関する刑法292条の下では、裁判官はラッパ氏への食事の強要を拒んでいる医師を起訴すべきだ・・・」
 と言う。

 連邦環境省環境局 ( BAFU/OFEV ) の全局長フィリップ・ロッホ氏や社会学者のガブリエル・ベンダー氏を含む地元の有力者がラッパ氏の立場を支持している一方で、多くの一般市民、特にこの大麻栽培者の出身地でるヴァレー州の人びとは、この一件は社会を盾に取っていると考えている。

 「犯罪的な観点からは『強迫』とも取れるだろう」
 とシュヴァルツネッガー氏は言い
「 ( ハンストにより ) ヴァレー州知事エスター・カルバーマッテン・ヴェーバー氏に圧力がかかった。彼は刑務所関係の問題に責任を負っており、今回の事件で責任をとらされかねない。しかし、ハンストは本人ただ1人を傷つけているだけだ。すべての人間には自分に危害を加える権利があり、これ自体に強制力はない。その上、ハンストは直接命に関わるような行為ではない。当局の温情措置を得るための方法としてハンストが用いられるというのはまれだ」
 と説明する。

 しかし、中にはハンストで命を落とした人もいる。1981年、アイルランド共和軍 ( IRA ) のメンバー10人が北アイルランドで死亡した。そして、今年2月には、キューバで反体制派の1人が死亡した。

選択の余地なし?

 シュヴァルツェネッガー氏によれば、ジュネーブの医師団の変わらぬ姿勢は、連邦裁判所にラッパ氏の拘留停止を言い渡す以外に選択の余地を残さないだろうという。
「8月、裁判所は刑の執行よりも人命保護の方が大切だという立場を表明した。しかし、裁判所は明らかに医師たちが食事を強要すると考えたか、それを望んでいた」
 とシュヴァルツェネッガー氏は続ける。
「このときの裁決では、もし食事の強要が無理であれば、人命を守るために刑は執行されるべきではないと言っている。もし裁判所が8月の時点から立場を異にするなら、法の支配という観点から見ると前例のない、非常に難しい状況になるだろう・・・」

 ジュネーブ出身の閣僚ミシェリン・カルミ・レ外相は議論に加わり「許しがたい人権状況だが、同時に、 ( 行動するには ) 1人では無力だ」と述べた。また、フランス語のラジオ放送で、ラッパ氏に食事を強制することは「危険」だが「刑務所は死ぬ場所ではない」とも語った。

 そして11月18日、ヴァレー州ではラッパ氏の勝利を予想する人はいなかったように、州議会は温情を求めるラッパ氏の嘆願を退ける決定を下した。

ベルナール・ラッパ氏はスイスでの大麻栽培とその消費の合法化に向けて活動していた。
2001年、ヴァレー/ヴァリス州警察はラッパ氏から約4000万フラン ( 約33億6200万円 ) 相当の大麻51トンを押収した。
2008年11月、重大な麻薬取締法違反の罪で有罪となったラッパ氏は、ヴァレー州で懲役5年8カ月の刑を課された。
今年3月に服役。ハンストを行い、健康上の理由から刑の執行は一時保留になった。
2週間後、刑務所に戻ったラッパ氏はハンストを再開。
死ぬまでストライキを続ける意思を見せる。
7月12日、ジュネーブの病院からベルンのインゼル病院に強制的に
移送された。
7月21日、自宅軟禁を許可されたことから、2カ月間にわたるハンストを終了した。
その後すぐ、文書改ざん、マネーロンダリング、社会的利益に関する問題を含むほかの罪で起訴された。
8月末、再び刑務所へ収監。温情を求めるラッパ氏の訴えに対しヴァレー州議会は11月に決定を下すことから、ラッパ氏はその間の刑の執行猶予を求めていたが、連邦裁判所は拒否したことが理由。
再び戻った刑務所でハンストを再開。51日後にヴァレー州の州都シオンにある病院に搬送されが、医師団は食事の強要を拒んだ。
その後、ジュネーブの病院に転送されたが、そこでも医師団は食事の強要を拒否。
11月18日、ヴァレー州議会はラッパ氏の温情を求める嘆願を否決した。

ジュネーブの日刊紙「トリビューン・ド・ジュネーブ ( Tribune de Genève ) 」がスイスのフランス語圏に住む500人を対象に調査したところによると、回答者の大多数 ( 65.2% ) がラッパ氏への食事の強制に反対だと答えた。
しかし、ほぼ同数の回答者 ( 64% ) が人道主義的理由によるラッパ氏の釈放に対しては反対した。ヴァレー州だけで見ると、回答者の83.6%が反対だった。
受刑者の死を許すべきかという質問に対しては意見が大きく割れ、賛成45.6%、反対42.6%。

( 英語からの翻訳 中村友紀 )

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SWI swissinfo.ch スイス公共放送協会の国際部

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