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WTOは乱獲につながる漁業補助金を止め、海洋環境を守ることができるのか?

魚
東京・豊洲市場で冷凍のマグロを品定めする業者 Keystone/AP

海洋水産資源が深刻に枯渇しているにもかかわらず、漁業を続けるため、政府は自国の水産業に毎年数十億ドルを支払っている。魚の乱獲の主な要因となっている有害な漁業補助金を禁止する合意を求め、世界貿易機関(WTO)では15日に閣僚会合を開催する。WTOの164カ国・地域の加盟国は、20年以上にわたって各国を分断してきたこの問題を、解決できるのだろうか。

魚は世界で最も取引されている食料品の1つで、資源が減少しているにもかかわらず取引は増え続けている。世界の魚の消費量は1960年代から着実に増加し、世界の生産量は2018年に最高水準に達した。国連食糧農業機関(FAO)の報告書2020外部リンクによると、同年の世界の魚類の生産量は1億7900万トン、推定額は4010億ドル(約43兆円)に上る。

水産資源の回復よりも早く魚を獲ることを促す漁業への補助金は、海洋資源や生態系にダメージを与える。生物学的に持続可能なレベルの水産資源の割合は、乱獲により1974年の90%から2017年には65.8%に減少した。

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国連の目標である持続可能な開発目標(SDG)14.6外部リンクは、2020年までに、過剰漁獲や乱獲の原因となる特定の形態の漁業補助金を禁止し、違法・無報告・無規制漁業の原因となる補助金を廃止し、新たな補助金の導入を抑制することを目標としている。

「有害な漁業補助金の存在は、乱獲や水産資源の枯渇を引き起こす主な要因の1つである」とFAOの報告書は説明する。

補助金の仕組み

乱獲を助長する有害な補助金は、例えば、漁船の燃料費を最小限に抑えることができる。遠く離れた漁場へのアクセスや、重い網を海底に引きずって漁獲する燃料確保を可能にする。水産物貿易を歪める巨額の補助金は、海洋環境の持続可能性に影響を及ぼし、小規模漁業や職人漁業の生活をむしばむ。

国連貿易開発会議(UNCTAD)外部リンクは、世界の漁業補助金を年間350億ドルと推定する。約200億ドルの公的資金が有害な漁業補助金に直接費やされ、乱獲につながっている。

海洋政策研究の専門誌Marine Policy外部リンクによると、補助金を出す上位5カ国―中国、欧州連合(EU)、米国、韓国、日本―が、推定補助金総額の58%を占める。

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2018年の主要漁業国・政治団体による補助金(単位:10億ドル) 国名:(左から)中国、EU、米国、韓国、日本、ロシア 黒:不明、濃灰色:漁獲能力を助長、薄灰色:有益 Source: ScienceDirect

国連事務総長の海洋担当特使ピーター・トムソン氏は、「ここで何が問題になっているかは明らかだ。減少する水産資源を求めて産業船団が遠くまで移動を助成する経済的・環境的な狂気を終わらせること。この愚かな行為に200~300億ドルの公的資金を費やしているが、その資金を沿岸のコミュニティが回復力のある未来を築くための支援に充てることができるはずだ」とWTO閣僚会議の2週間前に行われたNGOのFriends of Ocean Actionと世界経済フォーラム主催のウェビナーで述べた。

実際に乱獲の原因となる有害な補助金を排除すると同時に、職人漁師を保護するには、WTO協定はどうあるべきなのだろうか。

多様な政治的利益

漁業補助金と乱獲の明確な関連性は、1980年代の科学的データですでに明らかになっている。ニュージーランドや米国など一部のWTO加盟国は、90年代に漁業補助金による被害の懸念と、それを撤廃することで得られることが可能な利益をWTOで表明した。

しかし、経済的な利益が優先される多国間貿易システムにおいて、環境的な観点からの交渉は大幅に遅れている。すべての国、特に多額の補助金を出している国は、自国の産業を守りたいがために国益を守る。大漁業国のEUと日本は、有害な補助金は禁止すべきだが、水産業の持続的発展に役立つその他の補助金は認めるべきだと考える。

持続可能な漁業を推進し、漁業コミュニティを支援するための法的拘束力のある文書には、明確さと正確さが求められるが、WTO加盟国は、協定案の文中にある「魚」「漁業」「船舶」の定義に同意することさえ困難な状況にある。

「漁業補助金に関するWTO協定は、単なる貿易政策の協定ではない」と内陸国スイスのディディエ・シャンボヴェーWTO大使は述べる。「この協定はスイスに経済的な影響を与えず、貿易政策にも影響を与えない。しかし、スイスはSDGsに沿った漁業補助金に関する交渉の有意義な妥結を支持する」とswissinfo.chに語る。「漁業補助金に関する有意義な多国間協定を締結することは、WTOを21世紀の課題に対応させ、WTOの交渉機能を再活性化させることにもなるだろう」

「社会的影響は人々に利益をもたらすため、すべての貿易交渉において常に重要な部分。環境政策や環境保護は二次的なものであり、焦点の主な推進力ではない」と非営利団体Mission Blueのマネージング・ディレクターで、国際自然保護連合(IUCN)世界の海洋・極地プログラムの元ディレクターであるカール・グスタフ・ランディン氏は説明する。

中国と日本を含むアジア太平洋経済協力(APEC)は、1991年以来、歪んだ漁業産業に対処しようとしてきたが、それには条約上の義務はない。EUや日本や米国が参加する環太平洋パートナーシップ協定(TPP)は、有害な漁業に関する規制レジームがある。しかし、地域協定は地域によって大きく異なる場合があり、歪んだ漁業政策に関する二国間または地域の法的枠組みを多国間システムに持ち込むことは困難だ。

6月30日に改定された協定案外部リンクでも、加盟国間で多くのギャップが見られる。特に、第3条の「特別かつ異なる待遇」については意見が分かれている。協定の条文は持続可能な活動を促進するが、一部の国は違法漁業の免除や途上国の移行期間を求めている。

交渉の議長を務めるコロンビアのサンティアゴ・ウィルズ大使は、「しかし、一部の途上国のメンバーは、これが自給自足の漁師や職人、小規模な漁師にどのような影響を与えるのか懸念している」と説明する外部リンク

最大の補助金提供国で途上国でもある中国は、漁業補助金協定に対する中国の立場についてswissinfo.chの質問に回答しない。だが、2019年6月付の最新の公文書では、制約だけでなく柔軟性にも対応する「上限ベースのアプローチ」を支持している。「開発途上国の加盟国および後発開発途上国の加盟国には、適切かつ効果的な『特別かつ異なる待遇』が与えられなければならない」と、中国政府代表団は同記録で提案している。

交渉に積極的に参加している米国は「野心的」な合意を求めている。「米国は、世界最大の生産者、輸出者、補助金提供者など、世界最大の補助金提供者の制限を含む、意義のある多国間の漁業補助金協定の実現に向けて、引き続き高い目標を掲げている」と、米国通商代表部(USTR)は述べている外部リンク。USTRのキャサリン・タイ大使外部リンクは、米国の提案をさらに拡大し、漁船で強制労働が行われている場合には補助金を禁止するとし、この問題を人権と結びつけている。

国際持続可能な開発研究所(IISD)の漁業補助金問題の専門家アリス・ティッピング氏はswissinfo.chに対し、「この協定がうまく設計されていれば、持続可能な漁業を損なうのではなく、前進させる方法で漁業コミュニティを支援する方法を慎重に検討するようWTO加盟国に促す。そのことで、WTO加盟国内の補助金政策の改革を促すことができるだろう」と言う。

WTO加盟国が有害な漁業補助金すべてを禁止することに合意した場合、「2050年までに世界の魚類バイオマスを12.5%増加させることができる。これはアフリカの年間魚類消費量の3倍に相当する約3500万トンの魚だ」と、ピュー慈善信託のマネージャー、イザベル・ジャレット氏は米カリフォルニア大学サンタバーバラ校で行われた調査に基づいて試算する。「しかし、最新のWTO協定案では、同時期に1.59%の増加にとどまるだろう」(ジャレット氏)

WTOの成果と今後

15日、164のWTO加盟国の閣僚がバーチャルミーティングを行い、大使はWTO本部のジュネーブに集まり、交渉の進展を図る。

しかし、WTOは現在、貿易紛争処理制度の機能不全に陥っており、新たな貿易紛争に対して正当な判断を下すことができないでいる。米国が紛争の審査員の補充選出を阻止していることが、その問題の根底にある。

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交渉の議長を務めるコロンビアのサンティアゴ・ウィルズ大使 (左)とンゴジ・オコンジョ・イウェアラ WTO事務局長 (右) Keystone / Fabrice Coffrini

2001年に漁業補助金交渉が開始されて以来、2020年というSDGs目標を含め、有害な補助金を廃止する合意を得るための交渉は期限を何度も逃してきた。ナイジェリアと米国籍のンゴジ・オコンジョ・イウェアラ WTO事務局長は、漁業交渉の妥結を強く望んでおり、この問題を最優先事項に据える。また同氏は妥結によって複雑な世界貿易におけるWTOの主導的な役割を復活させることができると期待している。

「私は、まだ埋めなければならない違いがあるにもかかわらず、この交渉を完結させることができるという強い楽観的な気持ちを持ち続けている」と、6月30日に同氏は話した外部リンク

だが、漁業補助金協定を発効するためには、164カ国の貿易大臣全員の総意、その後はWTO加盟国3分の2の批准が必要となる。1995年のWTO設立以来、新たな貿易ルールが合意されたのは、2005年の「知的財産権の貿易関連の側面に関する協定(TRIPS)」と17年の「貿易円滑化協定」の2つだけ。漁業補助金のように複雑で物議を醸す議論に、迅速な合意を望むのは難しい。

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