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ハイパーループ、スイスで現実に?

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スイスポッドのハイパーループカプセルのイメージ図 Swisspod

2030年。あなたは密閉された低圧チューブ内に浮く、25人乗りポット型カプセルの中に座っている。時速966 キロ以上のスピードで目的地までひとっ飛び。そんな未来が来るかもしれない。

これは、ハイパーループと呼ばれる超高速ポッド輸送システムだ。2020年の時点では、実現はまだ遥か先の話に見える。しかし、新たな投資、規制、起業家たち、そしてスイスのスタートアップ企業によって、未来の交通システムが本当に実現するかもしれない。

この近未来型輸送システムの構想を提案したのは、テスラの創設者イーロン・マスク氏。米国のほか欧州、中国、インド、中東で関心が高まっているようだ。

英実業家リチャード・ブランソン氏のヴァージン・ハイパーループが競合大手企業の1つ。すでに4億ドル(約440億円)超を調達している。そのほか米ハイパーループTT、カナダのトランスポッド、スペインのゼレロス、オランダのハートなどが頭角を現す。

ヴァージン・ハイパーループは、2029年までに商用路線を始めたい考え。インドのムンバイとプネーを結ぶ世界初のハイパーループ実現に向け、今年建設工事が始まる予定だったが、新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)で遅れている。

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スイス製カプセル

超高速・磁気浮上式鉄道のコンセプトは、スイスにとって目新しいものではない。国内にはかつて、地下トンネルを高速で走る「真空チューブ列車」のネットワークで、スイスメトロと呼ばれる構想プロジェクトが存在していた。同構想は1979年、スイス人エンジニアのロドルフ・ニース氏が考案。このプロジェクトは1990年代に勢いを増したが、ゴッタルドトンネル建設計画との競争の中で政府の支援を失い、2009年に打ち切られた。スイスメトロNG協会は現在も、高速地下輸送の研究を推進している。

その間、新しい世代の科学者や起業家はハイパーループに目を付けた。ヴァレー(ヴァリス)州にある新興企業スイスポッドは、25人乗りカプセルのプロトタイプ開発を進めている。2025年までに世界市場への投入を見込む。

同社のデニス・トゥドール最高経営責任者(CEO)はswissinfo.chに「我が社はジュネーブとチューリヒ間(約270km)を17分で移動できるポッドを設計した」と語った。

カプセルとそのテクノロジーの詳細は明らかにされていない。中国産の部品はパンデミックにより到着が数カ月遅れたが、トゥドール氏は「すべて通常に戻った」と話す。間もなくテストが行われる予定だ。

スピンオフプロジェクトとして2019年に設立され、現在30人のスタッフが働く同社は、ルーマニアの投資家から巨額の事前投資を確保した。

スイス南部のヴァレー州は、ハイパーループのハブ拠点になろうと熱心だ。スイスポッドのオフィスがある同州コロンベ・ミュラーズは2018年、全長3 キロメートルの高速ハイパーループテストトラックと研究センターの建設地に選ばれた。開発はスイス連邦鉄道とユーロチューブ財団が請け負う。2021年に着工し、テストトラックは8〜10年間運用する計画という。

規制

ハイパーループ輸送を認める新しい法律が、米上院議会に上程される予定だ。欧州では欧州連合加盟16カ国が強い関心を示し、欧州委員会が調整を試みている。

スイスポッドは6月、欧州委員会のハイパーループ開発イニシアチブに参画したことを認めた。欧州大陸でプロジェクト展開が加速してほしいという。

このイニシアチブは、スタートアップ企業と欧州宇宙・輸送関連機関が共同で実施。環境に優しいこの新輸送システムの規制に関するロードマップのほか、規格化の策定を目指す。2050年までに気候中立を目指すEUの政策の一環でもある。

カプセル
ハイパーループTTのチューブとカプセルのイメージ HyperloopTT

「トンネルの中だけ」

連邦工科大学ローザンヌ校(EPFL)の名誉教授で、かつてスイスメトロのプロモーターだったマルセル・ジュファー氏が現在、スイスポッドのアドバイザーを務める。同社の可能性について、ジュファー氏の意見は残酷なほど率直だ。

ジュファー氏はswissinfo.chに「時速1200 kmのジュネーブーチューリヒ線は不可能」と話す。スイスのような小国の場合、最適な速度は時速400〜450キロで、都市間の距離が短いと速度を上げても意味がないと説明する。

ジュファー氏は、トゥドール氏のスイスポッドプロジェクトについて、国内では可能だが、空間はトンネル内に限られ、チューブ内は不可能と指摘する。これを実現させるには、政府を説得することはもちろん、重電大手ABBのような大規模なセメント・土木会社の参加が不可欠だという。「プロジェクトの実施・投資で大企業を取り込めなければ、ポッドの完全開発は到底できない」

トゥドール氏は、スイス製のテクノロジーを使い、スイスでハイパーループシステムを構築することは「名誉」だと意気込む。しかし、中国、インド、米国、アジアの他地域などで市場の成長が進んでいる現状も認める。

トゥドール氏は「私たちは世界中にカプセルを販売したい」と語った。

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テスラモーターズが2013年8月、ハイパーループ乗客輸送に関する概要説明書の一部として公開した設計スケッチ Keystone / Uncredited

終わりのない挑戦

それでも、スイスポッドなどの開発者たちが直面する技術的、財務的、規制面の課題は厳しい。

「最大の難関は、効率が高く、時速1000〜1200 kmを実現できる推進システムの構築だ」と、トゥドール氏は話す。

他にも多くの技術的な問題がある。ハイパーループのチューブから乗客をどのように避難させるのか。チューブ内の低圧状態をどうやって維持するのか。真空状態で、設備がオーバーヒートするのをどう防ぐか。さらに、最大25人を輸送できるだけの強力な磁気浮上システムをどうやって構築するのか。

事情通は、小規模なハイパーループのプロトタイプを実行可能な商業プロジェクトへ大規模投入するためには、政府の資金と支援が不可欠だと指摘する。業界はまた、州や事業者が合意した国際規制・基準を通じて足並みをそろえなければならない。さらに、地震や破壊行為が発生した場合、インフラに甚大な危険が生じる。

欧州の鉄道イノベーションにおける官民パートナーシップ「Shift2Rail」のエグゼクティブディレクター、カルロ・ボルギーニ氏は、明確な障害が複数あると語った。同パートナーシップは、ハイパーループ開発イニシアチブの監督を支援している。

ボルギーニ氏は「テストや小規模運用の先に、いつデモ版が登場するのか、キャパシティーの明確な証拠がいつ得られるのかなど、多くの疑問点がある」と言う。EU、米国、インドで6~7件の異なる取り組みが進むが、それが維持できるのか、あるいは最終的に1つにまとまる必要が出てくるのかどうかも未知数だという。ボルギーニ氏は、今後2年間が非常に重要になると指摘する。

「これらの企業は24カ月以内に、実用に耐える1つ以上のハイパーループを備えた実際的・具体的なプロジェクトを示さなければならない。そうしないと、多くの企業が困難に直面し、持続不可能になる」

真空管の中を移動する列車、またはその他の輸送システムを指す。このアイデアは1世紀以上前から存在するが、テスラのイーロン・マスク最高経営責任者(CEO)が2013年に具体的な構想を発表し、注目を浴びた。マスク氏は、ロサンゼルスーサンフランシスコ(約610キロメートル)を飛行機の半分、30分で結ぶハイパーループ路線を提案。同氏は米カリフォルニア州で毎年、学生たちがハイパーループ技術を競うコンテストを開催。スイスのチームも参加している。

ハイパーループは、既存の鉄道インフラの代替策として提案された。磁石を使用し、低圧チューブ内のポッドとリニアモーターを浮かせる。空気抵抗がないため、ポッドは時速1200キロで人々を運ぶことが実質可能になる。チューブは、天候や地震活動の影響を受けないよう、地面から離れて設置する。構想では、複数のポッドが数分ごとに出発し、1つの路線の乗客数を飛躍的に増やす仕組みだ。

ハイパーループの支持派は、コストとエネルギー効率が良く、道路渋滞を減らせると期待する。短距離・中距離フライトに取って代わることができると言う人もいる。

反対派は移動の際の快適性に疑問符をつける。密封された鉄製トンネル内を高速移動するカプセルは狭く、密閉されていて窓もないからだ。インフラ構築に対する技術的課題、外的攻撃への脆弱さを指摘する意見もある。日本で開発済みの超電導リニア車両を引き合いに出す人もいる。日本のリニアは2015年、世界最速の時速603キロを記録した。

(英語からの翻訳・宇田薫)

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