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新種の抗生物質を発見、「超細菌」との戦いに希望

耐性を破壊する:シュードモナス菌 ( 青 ) と新しい抗生物質の分子構造モデル unz

スイスの科学者が新種の抗生物質を発見した。この抗生物質の標的は、既存の抗生物質に対する耐性を持つため院内感染を引き起こし、たびたび致命的となる「スーパーバグ ( 超細菌 ) 」だ。

新しい抗生物質は、その構造によって既存の抗生物質には無い作用を生み出すため、科学者はほかの耐性菌にも応用できるようになると期待している。すでに大手製薬会社も関心を表明している。

新種発見

 共同研究を行ったチューリヒ大学とスイスのバイオテクノロジー企業「ポリフォー ( Polyphor ) 」は、この貴重な新種の発見が抗生物質の開発における重要な一歩になると解説した。院内感染を引き起こす超細菌群の一つである「グラム陰性菌」のシュードモナス目に属する緑膿菌は、病院内で最も頻繁に発見される病原体だ。グラム陰性菌の特徴は、その外部細胞膜の構造が、菌自体をさまざまな抗生物質から保護していることだ。

 集中治療室の中で起きる感染のうち63%は、こうした病原体が原因と推定される。専門家は、それらの病原体の抗生物質に対する耐性が強くなっていると危惧を表明する。
「シュードモナス菌は、重度のやけどや肺炎などの肺の炎症がある患者、あるいは人工呼吸器をつけている患者など、免疫力が低下した患者にとって非常に深刻な問題です」
 と研究チームのリーダーであるチューリヒ大学で化学の教鞭を取るジョン・ロビンソン氏は説明した。

 また、肺が粘液で詰まるため、菌感染症の治療が難しくなる遺伝病の嚢胞性線維症 ( のうほうせいせんいしょう ) の患者にもシュードモナス菌の影響が出る。
「最終的には嚢胞性線維症の患者の多くが死亡しますが、それは病気のせいではなく、シュードモナス菌への感染が原因なのです」
 とロビンソン氏は語った。

新しいメカニズム

 
 従って、これらの種類の菌に対抗できる新薬を緊急に開発する必要性がある。スイスの研究チームによる今回の研究開発で画期的な点は、新種の抗生物質が従来の抗生物質とは全く異なる方法で機能することだ。

 シュードモナス菌は外部に硬い細胞膜を持っており、従来の抗生物質でその膜を突き破ることは困難だった。さらに、抗生物質が膜の防御壁を突き破ることができたとしても、菌はポンプ作用を起動して抗生物質を排除してしまう。
「われわれの抗生物質は、細胞膜の外側のたんぱく質を攻撃します。外膜の中にある重要なたんぱく質の組織を(火災現場の建物のドアなどを破るための)破壊槌 ( はかいつち ) で直接突き破るようなものです。従って、抗生物質が細胞の中に入り込んで活動をする必要はないと考えています」 
 とロビンソン氏は説明する。

 この研究結果は2月19日付の「サイエンス誌 ( Science ) 」に発表された。

強い興味

 新しい抗生物質の臨床開発は、健康な人間のボランティアを対象にしたフェーズ1の臨床実験の実施を含む準備がすでに始まっている。
「臨床開発は第2四半期の終わり頃に開始する予定になっています。従って今年の夏には開始されます」
 とバーゼルの近郊のアルシュヴィル ( Allschwil ) に位置するポリフォー社の広報担当ミヒャエル・アルトルファー氏は語った。

 アルトルファー氏は、同社がすでに大手製薬会社と製品開発の交渉に入ったことを認めているが、それらの企業名は機密事項のため当面明かすことはできない。
「しかし、開発初期段階で大手製薬会社がすでに交渉に関心を示したという事実は、この発見が評価され、この種の分子がシュードモナス菌に対して非常に価値のある手段になり得ると認められたことを表しています」
 とアルトルファー氏は分析する。

 しかし、この抗生物質が市場に出回るまでには、5年から8年の歳月を要する可能性がある。商品化のスケジュールは、フェーズ2の臨床試験で対象となる患者のタイプによって決まるが、この決定を下すのは商品開発を行う製薬会社になる可能性が大きいため、はっきりとした予定を立てることは難しいとアルトルファー氏は説明した。

広い用途

 この新種の抗生物質は、最終的には病院で使用されるようになると研究チームは考えている。吸引式の投与法が可能になれば、嚢胞性線維症患者は肺から薬を直接吸収できる。

 ロビンソン氏は、新しいメカニズムがもっと解明されれば、ほかの超細菌に対抗する新たな分子構造を開発することがおおむね可能になると語った。そうした超細菌には、グラム陰性菌の大腸菌や、アメリカやイギリスのイラク帰還兵が感染し、多剤耐性があるため治療が困難と判明したグラム陰性菌のアシネトバクター・バウマンニなどが含まれる。

 しかし、この抗生物質を使ったシュードモナス菌に対する抗菌治療の可能性はすでに明らかになっている。
「これは大きな前進となるかもしれません」
 とロビンソン氏は語った。

イゾベル・レイボルド・ジョンソン 、swissinfo.ch
( 英語からの翻訳、笠原浩美 )

研究チームは、さまざまな菌に対して効果のある抗生物質や、特定の条件を選択し、標的を定める抗生物質などの新種を発見するために、PEM ( プロテイン・エピトープ・ミメティックス :たんぱく質抗原決定基低分子模倣薬 ) 技術を使用した。PEMは全くの合成物質で、中間サイズの環状ペプチド状分子。化合物の一種。抗生物質の研究において、環状ペプチドは現在高い関心を集めている。
今回の研究は、シュードモナス菌を死滅させる新薬の発見と、その作用のメカニズムの解明を果たした。
「今まで存在しなかった作用を作りだすメカニズムを持った新種の抗生物質の発見は、微分子や微生物を使った薬剤など、既存の種類の抗生物質を補完する新種の薬を生み出すPEM技術の力を表す例と言えます」とポリフォー社 ( Polyphor ) のCEOジャン・ピエール・オブレヒト氏は発表した。
既存の2種類の抗生物質の間に置かれたPEMの分子は、各々の抗生物質のさまざまな利点を結合させることができる。特に、たんぱく質間の相互作用を厳密に選択しながら操作することが可能だ。
PEMは、腫瘍学や肺の感染などさまざまなほかの分野にも応用されている。

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SWI swissinfo.ch スイス公共放送協会の国際部

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