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「ジェットマン」ついにグランドキャニオンを飛ぶ!

グランドキャニオン上空の歴史的飛行を敢行するイヴ・ロッシー氏 André Bernet/Breitling

5月7日にスイス人「ジェットマン」ことイヴ・ロッシー氏が、グランドキャニオン上空で8分間の飛行に成功した。当初、飛行は前日に予定されていたが突然中止されたため、7日の飛行は観衆不在での成功となった。

ロッシー氏の広報担当者は5月10日に詳細を発表。それによると今回は飛行許可の取得が大きな難関となりテスト飛行の予定変更を強いられたが、ロッシー氏は初飛行を見事成功させた。

 ロッシー氏のジュネーブ広報事務所によると、5月7日同氏はジェットエンジンを搭載した翼を背中に装着し、グランドキャニオンの2440メートル上空のヘリコプターから空中へダイブ。

 そして最高時速300キロのスピードで断崖をかすめるように飛んだ。グランドキャニオン・ウエストリム ( 西壁 ) の60メートル上空を8分間以上飛行した後、パラシュートを開きスムーズに着陸した。

 アメリカの有名な自然景観の一つグランドキャニオンの上空を飛行する計画は、当初5月6日の金曜日に行われる予定だったが、直前まで飛行許可が下りなかったため翌日に延期され、ロッシー氏の飛行を目前で見られると期待してウエストリムに集まった観衆をがっかりさせた。

 「アメリカでの初飛行は、グランドキャニオンの純粋な美しさだけでなく、アメリカ・インディアンの神聖な土地の上空を飛ぶという意味で、わたしの人生にとって最も忘れがたいものになる。生涯の夢をかなえてくれた母なる自然とワラパイ族に感謝する」

 とロッシー氏は語った。

 スイス空軍の戦闘機のパイロットだったロッシー氏が今回飛行した場所は、グランドキャニオン国立公園 ( Grand Canyon National Park ) のサウスリム ( 南壁 ) から西へ車で約5時間のグアノ・ポイント ( Guano Point ) にあるウエストリム の上空だ。グアノ・ポイントはアメリカ・インディアンのワラパイ族が居留する自治区で、アメリカ政府機関の国立公園局 ( National Park Service ) の管轄下にはないため、その上空はアメリカ政府の非管理空域となる。

プレッシャーとの戦い

 5月6日金曜日の飛行が突然中止され、世界記録保持者の飛行を報じるチャンスを失った報道陣は困惑し、観客は落胆した。ワラパイ族のドニエル・ウォーカー氏も

 「本当に観たかった。希望を持っていたのだが」

 と落胆を隠せなかった。飛行に先駆けウォーカー氏は、その成功を祈るために他部族と共に伝統的な「鳥のダンス」を演じた。

ロッシー氏が飛行を翌日に延期した理由は準備時間が無かったことだ。

 「ここは非常に困難かつやりがいのある場所だ。大きな気流と切り立つ断崖。事前にテスト飛行もせずにプロの飛行とはいえないようなものを見せるリスクは冒したくない」

 とロッシー氏はグランドキャニオンの断崖の上端で説明。

 また、ロッシー氏は、テスト飛行をしないまま多数の観客が注視する中を飛ぶというプレッシャーのせいで不眠に陥っていたことを遠回しに語った。

 「体の中が締め付けられるようだった。面目ないが、わたしも人間だ」

 しかし翌日5月7日の土曜日、観衆の不在はロッシー氏が集中力を取り戻すのに役立ち、 ジェットマンはついにグランドキャニオン上空の飛行に成功した。

飛行許可は誰に?

 テスト飛行の時間が無かったのは、アメリカ連邦航空局 (FAA ) の飛行許可が下りたのが金曜日の飛行時間の直前だったことが原因だとロッシー氏は言う。

 ロッシー氏のチームは連邦航空局に飛行許可を申請していなかった。同局は、メディアの報道で飛行計画を知らされた上、ロッシー氏の「剛体の転換可能な装置」は、耐空性条件のいくつかを満たしていないと4月28日に文書で通達した。

 「今までこの種の航空機を審査するよう依頼されたことは一度も無い。これはどの種類の航空機にも完全に一致しない」

 と連邦航空局の広報担当イアン・グレゴー氏は言明。

 ロッシー氏のチームのプロジェクト・マネージャーで連邦航空局との連絡窓口を務めたジョン・パーカー氏は金曜日に、飛行許可を当局ではなくワラパイ族から得ることに専念していたとメディアに説明した。

警告

 ロッシー氏は、過去にも4基のジェットエンジンを搭載したカーボンファイバー製の翼でドーバー海峡横断に成功した。また気球からの宙返り飛行などアクロバット飛行も行っている。グランドキャニオン上空の飛行計画を発表したのは2年前だが、その前にアフリカ大陸とスペインの間のジブラルタル海峡横断を敢行し失敗した。

 ロッシー氏は、アメリカでの初飛行に必要な許可はスイスを出発する前に取得済みだったと信じていた。しかし 連邦航空局のグレゴー氏は、ロッシー氏が持っていた許可証が何であろうとも、それは当局が発行したものではないと強調。

プロの航空パイロットであるロッシー氏は、彼自身が飛行を行う許可を当然持っているが、スイスでは彼が発明した翼の使用についての許可は問われない。しかし、政府の非管理空域における外国製の航空機の飛行について規制が存在するアメリカではそうはいかない。

 さらに厄介なことに、政府の規制とワラパイ族の規制の間に食い違いが生じている。グランドキャニオンの大半は国立公園として保護対象区域になっており、いかなる種類の航空機も断崖の頂上より標高の低い場所の飛行は連邦法によって禁じられている。

一方、ウエストリムはワラパイ族の自治区で、開発、レジャー、商業活動について独自の厳しい規制が敷かれている。ワラパイ族は、ヘリコプターでの観光ツアーなど断崖の頂上よりも低い場所での飛行を許可している。

 ロッシー氏のチームは、居留区の上空はともかく、土地に関しては当局の干渉を受けることなく独自の規制を施行しているワラパイ族から飛行許可を得ていた。ワラパイ族は過去にハリウッドの映画撮影や、伝説のスタントマン、ロビー・ニーベルの息子エベル・ニーベルによるモトクロスのギャップジャンプを1999年に許可している。

 ワラパイ族の許可が降りた後、連邦航空局は飛行許可を出すために「ロッシー氏とチームの代表とともに懸命に取り組んだ」とグレゴー氏は釈明。

 

連邦航空局の文書には、もしロッシー氏が峡谷の断崖より低い場所を飛行するのではなく、飛行の最低標高を断崖に沿った高さに制限するならば、すぐに行うべきだと書かれていた。また、許可証の有効期限は1カ月間で、その後は連邦航空局による追加審査を受ける義務が生じる可能性があるとの警告が出されていた。

こうしてロッシー氏のアメリカデビューは飛行許可の取得に手間取ったが、最終的に「生涯の夢」は達成された。世界はすでに次の冒険飛行を期待している。

ロッシー氏は、2004年にジェットエンジン推進式の翼を背中に装着して4分間の水平飛行を行った初めての人間としてその名を歴史に残した。

2008年9月には、ジェットエンジンが搭載された単葉式の翼を背中に装着し、ドーバー海峡の単独横断に成功した。この時ロッシー氏は、1909年にフランス航空業界の先駆者ルイ・ブレリオが飛行機で横断した際のルートを辿った。

ロッシー氏は、フォーミュラ1 ( Formular-1 ) 」の耐火スーツ、パラシュート ( 本人用2枚、翼用1枚 ) 、下降しすぎると警笛を発する防寒ヘルメットを装着し、幅3mの翼  ( 4基の小型ジェットエンジンを搭載したカーボンファイバー製 ) を背負い「ジェットマン」へ変身する。同氏が発明したこれらの装備の総重量は燃料を含めて約55kg。

 ロッシー氏が8年間をかけて考案、製造、念入りに調整した翼は操舵機能がないため、方向転換は頭、肩、腕を動かして行う。操縦が必要な機器はエンジン推力をコントロールする燃料スロットルのみ。

ワラパイ族は、アリゾナ州北部のグランドキャニオン沿いの地域に住むアメリカ・インディアンの部族の一つ。ワラパイ族の自治区「ワラパイ国」にはかつて約80万人が住んでいたが、現在では約3000人しか残っていない。その多くがネバダ州ラスベガスの東の乾燥地帯に位置する荒れ地に作られた約4000㎡の居留区に住んでいる。

アメリカ西部のインディアン居留地の多くでは、収入を生み出すためにカジノが作られたが、「高い松の木の人々」を意味するワラパイ族は観光業を選んだ。ワラパイ族にとって観光業は唯一のベンチャービジネス。渓谷の端からU字型にせり出し、足元から谷底が見える強化ガラス製の展望橋や、峡谷を一望できる山小屋などの観光アトラクションが開発された。

グランドキャニオン・ウエストと呼ばれる同地区は、グランドキャニオン東部のグランドキャニオン国立公園 ( Grand Canyon National Park ) を管理するアメリカ政府機関の国立公園局 ( National Park Service ) の管轄下にはなく、開発、レジャー、商業活動についてワラパイ族独自の厳しい規制が敷かれている。ワラパイ族は、ヘリコプターでの観光ツアーなど峡谷の頂上より標高の低い場所での飛行を許可しているが、政府当局は認めていない。

( 英語からの翻訳・編集、笠原浩美 )

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