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スイス初のアレルギー対応住宅

より良い暮らしを実現する素材にこだわる Andreas Zimmermann Architekten

チューリヒ近郊に、特殊なアレルギーに苦しむ人たちのために設計された新タイプの住宅が出現する予定だ。

多種化学物質過敏症を病む人たちは、ようやくより良い暮らしを望むことができる。ヨーロッパにおけるこのユニークな試みが、患者のための特別な住まいの創造を提案する。

多種化学物質過敏症

「わたしは何千回となくキャンピングカーの中で夜を迎えてきました。今は森の中で寝ています。そこだと気温が低いので」
 と言うクリスチャン・シファーレ氏には選択の余地はない。
「長時間、オフィスやアパートにはいられません」
 と、建設共同組合「健康生活MCS ( Gesundes Wohnen MCS ) 」会長であり、彼自身も多種化学物質過敏症 ( Multiple Chemical Sensitivity/ MCS ) に苦しむ患者の一人であるシファーレ氏は言う。

 MCSを患う人たちは化学的環境や広範囲の化学物質に反応し、ペンキ、合成化学製品、化粧品、香料、芳香剤などに強い反応を見せることがある。これはほとんど知られていない病気で、数多い議論のテーマになっている。医者の中には、この病気を器官の異常と認めず、精神的な問題による結果だと考える人もいる。

難しい診断

 「これは自己免疫疾患に似た病気で、通常のアレルギー検査では必ずしも発見できるとは限らないので、診断が非常に難しいのです。そのため、観察を行い、患者の話に耳を傾けることが必要です」
 と、医師であり組合のメンバーでもあるクラウス・テレー氏は説明する。最悪のケースでは、皮膚アレルギー、腸疾患、筋疾患、目まい、呼吸困難、循環器障害といった症状が見られる。

 さらに、この病気は死に至ることもあるとテレー氏は言う。
「患者の中には、アナフィラキシーショック ( 急性アレルギー反応によるショック症状 ) のような激しい反応を見せる人もいます」

孤立

 MCS患者の生活は苦悩に満ちたものだ。事実、シファーレ氏が言うには、日常生活にかなりの支障をきたすことから、破壊的な結果を招くことがあるという。
「化学物質はいたるところにあるので、患者が家族、社会、職業上の輪から孤立することにつながります」
 
 さらに、心理的なレベルでも重大な影響があるという。
「MCSは恐怖や不安を生み出します。多くの患者、特に女性は、職場で特別なマスクを装着する勇気がありません」
 とシファーレ氏は言い
「この病気は正しく診断されることがないか、過小評価されることがたびたびあります。これは、わたしが生きてきた50年間の中から言えることです。ですから、こうした厳しい試練を受けている人たちの助けになりたいのです」
 と胸中を語る。

 シファーレ氏によれば、アレルギー対応住宅を建てたり、特別な基準を満たすホテルに宿泊したりすることは、ほとんどの患者には手が届かないほど高額だという。たとえ手が出たとしても、このような建物は数が少ないか遠い場所にある。

力を合わせて

 こうした諸々のことが、MCSコミュニティーのメンバーを一つにして資金集めへと駆り立てた。2008年始め、MCSを患う約50人が手ごろな価格のアパート15世帯を建設しようと協同組合の結成を決めた。2LDKのアパートでは、月々の家賃がだいたい1350フラン ( 約11万円 ) だ。全部で580万フラン ( 約4億7700万円 ) を要するこのプロジェクトは、2013年にラインバッハ ( Leimbach ) に完成する予定だ。ラインバッハは周辺地域の中でも電磁波レベルが低いことから、MCSコミュニティーに好ましいとされた。

 この新築住宅は、化学薬品が混入していない自然石でほとんど作られる予定だ。また、各建物の入り口には化学残留物を除去するための浄化装置が取り付けられるという。ヨーロッパ初になるこのプロジェクトは、チューリヒ市とスイス政府からの援助を得ることができた。
「簡単ではありませんでした。ここに至るまでに20年かかりました。その間、わたしたちはMCS患者の生活の実態を話したり、ニーズにあった住居の重要性を説いたりと、努力してきました。これは死活問題であって、ぜいたくではありません」
 とシファーレ氏は語る。プロジェクト完成に必要な残りの130万フラン ( 約1億円 ) もなんとかなるだろうと、シファーレ氏は自信を持って言う。 

未来に目を向けて

 組合の希望は、同様の建物がスイスのほかの地域にも建設されることだ。シファーレ氏によれば、MCSに苦しむ人たちの数に関して全国レベルの正確な数字を得ることは難しいが、スイス国内にはあとまだ数百人はいるという。さらに、多くの患者が働けないのは病気だけに原因があるわけではなく、スイスの障害者保険から認定が下りないため、二重の意味で不利な立場に置かれているという。

 また、テレー氏は
「化学物質の許容濃度がアレルギーを引き起こすという事実だけでは不十分です」
 と言う。引き続きリサーチを行うことが結果的にMCSを解明することにつながり、これまでの疑念に終止符を打つことになるという。
「これは、非常に衝撃的な日常生活を送らなければならない患者たちのためにわたしが願うことです」
 とテレー氏は語った。

MCSは低レベルの化学物質暴露によって引き起こされる。MCSに関するサイト ( multiplechemicalsensitivity.org ) によれば、MCSは溶剤、揮発性有機化合物、香料、ガソリン、軽油、煙、一般に言う「化学薬品」などの多様な汚染物質に対する重度の過敏症、またはアレルギーのような反応を指し、多くの場合、花粉、ハウスダスト、ダニ、ペットの毛のような問題も含まれる。

発症メカニズムが比較的広く認められているアレルギーと違い、MCSは一般に「特発性」とみなされる。

特発性とは、因果関係のメカニズムが解明されておらず、そのプロセスも十分に理解されていないという意味だ。

ジュネーブに本部を置く「世界保健機関 ( WHO ) 」のサイトでは、「MCSは、明白な毒物学的、生理学的な理由や別の根拠に欠けた広範囲にわたる非特異的な症状によって特徴づけられる」と書かれている。

( 英語からの翻訳 中村友紀 )

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SWI swissinfo.ch スイス公共放送協会の国際部

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