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動物とのふれあいで活気 スイスの高齢者施設

ウサギに餌を与える男性と女性
Carlo Pisani, swissinfo.ch

健康増進や記憶力の改善、入居者同士の会話のきっかけ作り。スイスのある高齢者施設で導入されたアニマルセラピーは、さまざまな効果を上げている。

 チューリヒから車で約30分の町、ニーダーヴィル。蛇行するロイス川に囲まれた一角に建つこの高齢者入居施設は、川の名を取ってロイスパーク外部リンクと呼ばれる。古い修道院の建物や農園に接する静かな環境は、入居者や来訪者に憩いの場を提供している。また、ここには欧州に生息する動物を集めたミニ動物園もある。20年前に作られて以来、来訪者らに親しまれてきた。

 動物園の規模が大きくなるに従い、設備や人員の拡充が必要となった。2016年、施設の経営陣は、入居者向けのサービスに動物介在療法を取り入れることを決定した。米国やドイツ、オーストリアなどではすでに何十年も前から行われている方法だ。

 ロイスパークの医療分野責任者、シュテファニー・ヴェントラーさんは、同施設のプログラムはまだ発足したばかりと話す。アクティビティに使われる動物は、主にウサギやモルモット、ニワトリなどの小動物だ。

ropes and jackets on wall
Carlo Pisani, swissinfo.ch

 最も大型の動物は、3頭のロバだ。中でも人懐こいのが「ゼノ」というロバで、このロバのブラッシング作業を毎週、一番の楽しみにしている男性入居者もいる。この男性はメンタルヘルスに問題があり、近ごろ手に手術を受けたばかりだ。しかし、その日の個人セラピーにも開始時間より早めにやってきた。

 ヴェントラーさんは「ロバは彼にとっていわば愛着の対象。ブラシを扱うことで手や腕の回復にも役立てば」と話す。


 ロイスパークの入居者数は約300人で、認知症やパーキンソン病、多発性硬化症の患者もいる。同施設のアニマルセラピープログラムには、週に個別セッション22コマとグループセラピー4コマが組まれている。セラピーには療法士と飼育係が各1名同席し、個々の参加者にきめ細かく対応できるよう配慮されている。

 「人間にはハードルの高い橋渡しも、動物ならばできてしまう」と指摘するのは、同施設の所長、モニカ・ハインツァーさん。ハインツァーさん自身の飼い犬も、患者の治療に対するモチベーションを上げたい理学療法士らに借りられていくことがある。「ペンや積み木を握っているよりも、犬のブラッシングをしたりご褒美をやったりする方が楽しいはず」だとハインツァーさんは話す。

 ただし、動物をセラピー用にしつけるにはかなり時間がかかる。ハインツァーさんによると、餌やりの時など自ら進んで膝乗りしてくれる雌鶏がいたが、残念ながら最近死んでしまったため、新たに別の鶏を訓練しなければならなくなった。

Rabbits in cage on cart
Carlo Pisani, swissinfo.ch

 幸い、施設のウサギたちは人に撫でられたり餌を貰ったりすることに抵抗がない。5人の入居者が参加して行われるグループアクティビティでは、6匹のウサギが登場した。パンダをかたどったスリッパを履き、爪をオレンジ色に塗った女性は、セロリを1束取ると、すぐ側にいたウサギに食べさせ始める。ヴェントラーさんからウサギを膝の上に乗せたいかと尋ねられた男性は、手をあまり伸ばすことができない。

 「女の人ならば乗せるわよね!」とセロリを持った女性がジョークを飛ばす。男性はふわふわのウサギを膝に乗せることに同意すると、ウサギの寿命はどれくらいかと質問する。6年から8年だと答えたのは、飼育係のコニー・トリンクルさんだ。アクティビティの目的は、動物の餌やりや触れ合いだけにとどまらない。むしろ、患者の記憶や患者同士の会話に刺激を与えることに重点を置く。


 畜舎では、ブタの餌やりと小屋の清掃の時間が来た。参加者の女性は見るからにおぼつかなげな様子だ。

 「これは認知症のせい。歩くことを怖がっているので、今、さまざまな表面の上を歩く訓練をしている」とヴェントラーさんが説明する。ヴェントラーさんは、ブタに餌を投げ与えたりブラッシングをしたりする時も、女性の手を取り、支えていた。

 一方、まだかくしゃくとした様子の男性は、トリンクルさんに励まされながら手押し車を操っている。


 施設には犬や猫もいる。入居時に飼い主が持ち込んだり、元から施設で飼われていたりしたものだ。

 「人に懐いていればどんなペットでも受け入れる。猫はあまり手が掛からないので担当スタッフがまとめて面倒を見る」とハインツァーさん。1居住セクターにつき受け入れる猫は3匹までだ。従業員が飼い犬を連れてくることもあるが、帰宅時には連れ帰る。


 飼い主より長生きするペットもいる。そして、猫によっては入居者に死が迫っているのを察することができるらしい。

 その真偽をハインツァーさんに尋ねると、「誰かの死が近づくと何匹かの猫が寄ってくる。看護師たちもそれを一つのサインと受け止めている。私もそこには何らかの意味があると思う。もちろん猫は自分が快適に感じる場所に行きたがることもある。結局、死期について最も頼りとなるのは看護師たちの経験と直感だ」と答えた。

potted plant on table in front of window
Carlo Pisani, swissinfo.ch

スイスの介護施設の動物たち

対人間よりも対動物の方が、場合によっては信頼関係を結びやすい。スイス介護施設協会「クラビーバ外部リンク」もその考えに同意する。

同協会のアニマルセラピー報告書には、「認知症や知的障害、あるいは複数の障害を同時に抱える人々は、アニマルセラピーを受けることで落ち着きや物事への関心を増すということが、多くの実例が証明している」とある。

スイス動物保護協会(STS)外部リンクも、動物のニーズが保証されるならば介護施設で動物を飼うのは妥当だとする。同協会のファビアン・ヘベルリさんはスイスインフォの取材に対し、「動物福祉が保たれている限り、我々はアニマルセラピーを強く支持する。休息時間の確保や、長い移動の回避などは守られなければならない」と答えた。

STSが400を超える高齢者施設でアンケート外部リンクを行った結果、82%の施設で入居者持ち込みのペットを含め動物が飼われていることが分かった。

(英語からの翻訳・フュレマン直美)

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SWI swissinfo.ch スイス公共放送協会の国際部

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