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WHOの情報共有、パンデミックで抜本的改革に向け準備

仏南部アルルにある病院の集中治療室で、新型コロナウイルス感染症患者の手にデータを記入する看護師。2020年10月20日撮影
仏南部アルルにある病院の集中治療室で、新型コロナウイルス感染症患者の手にデータを記入する看護師。2020年10月20日撮影 Copyright 2020 The Associated Press. All Rights Reserved

新型コロナウイルス感染症のパンデミック(世界的大流行)は、世界保健機関(WHO)の有用性と重要性に疑問を投げかけた。WHOの改革は、24日から6月1日までジュネーブで開催される世界保健総会の議題。中でも改善が必要とされる分野の1つは、感染症初期における情報共有の効率化だ。

新型コロナウイルスへの準備と対応を検証するWHOの独立委員会が1月に発表した報告書外部リンクでは、WHO加盟国のパンデミックへの備え、そして機関全体での情報共有円滑化に改善の必要がある、という明確な結論が出た。

「(2020年)1月に中国の地方及び国の保健当局は、公衆衛生対策をより強力に適用することができたはずだ」と、独立委員会は記している。

パンデミックが始まって以来、WHOは「中国寄り」を理由に激しい批判を受けてきた。WHOは現地への独立調査団派遣に苦慮した。そして、武漢で実施した直近の調査では、特にウイルスの起源について、いくつかのグレーゾーンが残る。

報告書には「新型コロナウイルス感染症が発症した初期の出来事を時系列に熟読すると(…)、基本的な公衆衛生対策を早期に適用する機会が失われたことが示唆される」と書かれている。

感染の第3波がインドやアフリカを襲う中、パネルは根本的な疑問を問いかける。WHOはどこで失敗したのか、なぜ加盟国間で情報がより効率的に行き渡らなかったのか、と。

ジュネーブ大学グローバル・ヘルス研究所のアントワヌ・フラオー所長は「WHOに欠けていたのは、事前の許可なしに適切と思われる場所で査察活動を行う手段と権限だ」と指摘。この問題を「非常に緊急性の高い問題」とし、「世界保健総会がWHOにそのような権限を与えることを期待する」と語る。

世界保健総会は、毎年5月にWHO本部ジュネーブで開催される。総会ではWHOの政策を決定し、組織の財政政策をチェックするほか、プログラム予算案を検討・承認する。

地域事務所の重要性

改革路線の1つになりえるのは、地域事務所間や地方事務所とジュネーブ本部との間の情報交換を改善することだ。

現場と本部の間を中継して情報を伝達する地域事務所は、WHOの機関が円滑に機能するために欠かせない歯車だ。地域事務所は、信頼に足る情報源から情報を収集できる。各地域の国々、特に発展途上国に対して技術的・物質的な支援も行う。さらに、将来のパンデミックに備え現地でスタッフを訓練したり、ワクチン提供のための段取りを整える責務を負う。6つある地域事務所は、WHOの方針や勧告を実施する役割を果たす。

だが現実は異なる。今回のパンデミックで情報の共有やWHOの勧告の実施において、重大な欠陥があることが明らかになった。

その一方で、今回の経験は地域事務所と本部の間の情報共有が機能する、ということも示した。

「パンデミックの際、WHO東地中海地域事務局(EMRO)は、研究所の能力を強化し、低所得国に物的支援を提供することができた」と、アフメド・アル・マンダリ同局長は語る。

中国からオーストラリアまでの国々を含む西太平洋地域は、WHOのガイドラインを適用し、欧州や米国よりうまくパンデミックに対応した。

この地域は世界人口の4分の1を占めているにもかかわらず、世界の他の地域よりも被害が少なかった。統計によると、人口の1.6%が新型コロナウイルス感染症にかかり、そのうち1.2%が死亡したことが確認されている。

WHO西太平洋地域事務局(WPRO)の葛西健局長は「これらの国は保健分野への長期的な投資により、パンデミックと戦うための事前準備ができていた」と言う。葛西氏は、同地域は2003年のSARS(重症急性呼吸器症候群)に対する感染対策の経験を生かして、新型コロナに立ち向かうことに成功したと説明する。

スイスは外国に「依存しすぎ」

だが、スイスをはじめとする多くの国々ではそうはいかなかった。パンデミックが宣言されたとき、スイスにはマスク、衛生用品、アルコール消毒液を製造するための基本的な製品をはじめ、あらゆるものが不足していた。また、マスクを製造する能力も、すぐに使用できる検査システムもなかった。

スイス連邦政府が昨年12月に発表した報告書外部リンクは、同年2月から8月までの新型コロナウイルスのパンデミックにおける危機管理の第一段階を評価した。それによると、データ・情報管理がずさんだったなど、不足する部分があった。また、必須物資の在庫規定が不十分で、連邦保健庁や政府の対応が遅れたなどの欠点が指摘されている。

国家安全保障を構築するスイス・セキュリティ・ネットワークのアンドレ・デュヴィラール代表は「スイスは戦略的備蓄への支出を大幅に削減したため、コロナ対策では外国に依存しすぎていた」と言う。

しかしながら、09年に豚インフルエンザが発生したとき、WHOは全ての加盟国に対し、緊急にパンデミックへの備えを強化し、この種のパンデミックに対処する能力を試すため演習を行うよう助言していた。

どのような改革が必要か?

地域事務局や加盟国が採用したパンデミック対応の欠点を見極めるため、多くの評価や調査が既に行われている。こうした問題点に関する報告書は、世界保健総会に提出される。

スイス政府は「WHOで進行中の改革にすでに関与し、コミットしている」とし、「WHOの危機管理に関する徹底的かつ建設的に調査を行うという提案を支持する」と言う。

WHO健康危機管理プログラムの統括責任者であるマイケル・ライアン氏は、「より良い予測とより正確なデータが必要だ。主な課題は、それらの情報へのアクセスを可能にし、正しく整理・分析して、そのための適切なツールやプラットフォームを見つけること。また最前線の医療従事者と世界の疫学者がリアルタイムにアクセスできるようにすることだ」と話す。

その第一歩として、WHOはパンデミックに関する情報を収集するグローバルセンターをドイツ・ベルリンに設立すると1月に発表している。

不十分な資金調達

改革でもう1つの軸となるのは、投資と資金調達の問題だ。「準備なしに感染症対策はできない」と葛西氏は述べる。「平時の医療システムへの投資は最優先事項だ」

各地域事務所の個々の対応にかかわらず、健康と安全のプログラムを開発するための資金不足は絶望的だ。

ワクチン共同購入・分配の国際枠組み「コバックス(COVAX)」の継続を保証し、すべての国でワクチンの公平な配布を促進するためには、数十億ドルが必要とされる。そのことからも明らかなように、資金不足が既存のプログラム継続を脅かす場合もある。

アル・マンダリ氏によると、WHOは必要な資金の24%しか確保できておらず、さらに17%の公約がある。つまり、総資金の約58%が依然不足している。

WHOは、改革の取り組みを歓迎している。WHOのテドロス・アダノム・ゲブレイェスス事務局長は5日、「リーダーが情報に基づいた公衆衛生上の意思決定ができるよう、データ分析の面でめざましく飛躍することを世界が必要としている。これは新型コロナウイルス感染症の教訓の1つだ」と述べた。

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