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スイスの大都市で自動車離れの傾向

ヴィンタートゥールのギーゼライ分譲住宅地。151世帯、12店舗に対し49台分の駐車場しか併設されていない Jürg Altwegg/Giesserei Winterthur

スイスの大都市では、約半数の世帯が車を持たない。この傾向は自動車販売台数の減少にも表れている。今日の若者は、交通渋滞の中でハンドルを握るよりも、バスに揺られてスマートフォンをのぞき込みたいようだ。大都市で駐車場のないアパートや集合住宅の建設が増えたことも、自動車離れの追い風になっている。

 2013年以来、スイスの新車登録台数は減少している。最近では、中古車販売台数も減っている。

 この傾向はもちろん、製薬業界の2倍の雇用者を抱えるといわれるスイスの自動車業界からは歓迎されない。スイス自動車販売整備業協会(UPSA)によると「スイスでは8人に1人の雇用者が、何らかの形で自動車産業に関わっている」。UPSAは、販売台数の増減は景気に左右されてはいるが、長期的には安定すると見込んでいる。

 スイスの自動車保有台数は432万台で、約2人に1台の普及率だ(UPSAによる統計)。公共交通網が「平均以上のレベル」で発達しているが、ヨーロッパでは自動車保有率の高い国の一つだ。だが、欧州連合(EU)統計局の調査では、スイスの人口1千人当たりの自動車保有台数が11年では3位だったのが、12年には6位に下がった。

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 別の調査では自動車販売業者にとってさらに憂慮すべき結果が出ている。スイス人1人当たりの自動車走行距離は変わらないのに対し、電車による移動距離は1994~2010年で67%増加しているからだ。

大都市の車離れ

 スイスでは5世帯に1世帯(20.8%)が車を持たず、その数は増加し続けている。バーゼル、ベルン、ローザンヌ、ジュネーブでは、2000~10年の間に、車を持たない世帯の割合は10ポイント増えた。バーゼル市とベルン市では50%以上が、また全体では単身世帯の約半数(45%)が車を持たない。

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 「全国レベルで自動車保有率が安定し、大都市で減少しているのにはいくつかの理由がある」と言うのは、連邦工科大学ローザンヌ校(EPFL)で都市社会学を教え、人の移動分析を専門とするヴァンサン・カウフマン教授だ。都市中心部の交通機関の利便性が高まったことも理由の一つだという。

 別の要因としては、構造的、人口統計上の理由を挙げる。「都市部では、一人暮らしが多い。自動車所有率が高い大家族は郊外に移っている。また社会の高齢化も要因の一つ。80歳以上の高齢者の自動車保有率は低い」

 保有率は若者の間でも低下しているが、それは別の理由からだ。「35歳以下の若者にとって車はそれほど魅力的ではなくなり、むしろインターネットにとってかわられた。象徴的に言うと、若者にとっての気晴らしや息抜きはもはやドライブではなくオンラインゲーム。それに、彼らはいつでもメッセージを送れる状態にありたがる。車を運転していてはそれができない」

 若者の車離れを裏付けるように、18~24歳の運転免許所持率は1994年に71%だったのが2010年は59%に減少したとする統計結果がある。

 専門家ネットワーク「持続可能なモビリティの居住環境プラットフォーム(Plateforme Habitat à mobilité durable)」を運営するサミュエル・ベルンナーさんも、入居者全員が車を持たない、または極端に駐車スペースを制限したアパートや分譲住宅地の例を挙げつつ、若者の車離れを指摘する。「今の若者にとって、より重要なのは車ではなく最新モデルのスマートフォンだ」

 スイス交通クラブの職員でもあるベルンナーさんは、車がもはや持ち主の社会的ステータスを示す手段ではなくなったと言う。「この社会的プレッシャーは特に、高資格で高収入の人の間で減ってきた。都会人は現実に即していて、日和見主義でもある。何が一番実用的かを常に考えている。そしてその答えが、公共の交通機関であることが多い」

現状に即さない法律

 都会の世帯では車の保有率が減少している一方で、スイスでは新たにビルを建設する際に駐車場の確保を義務付ける法律がある州や自治体も多い。第2次世界大戦後、急速に車が普及したことを受けて公共スペースでの混雑を防ぐ目的で制定されたものだ。

 だが今日では、駐車場設置で経済的負担が増えることから投資をためらう投資家もいる。前出のプラットフォームによると「地下駐車場建設には、1台分につき約3万~4万フラン(約374万~498万円)の費用がかかる。駐車場の借り手がない場合、大きな損失だ。結局それがアパートの賃貸料で埋め合わされることになり、車を持たない入居者も同様に負担しなければならない」。

 こうした状況の中、ベルン州やバーデン市のように法の見直しを進める州や自治体も多い。チューリヒ市では法改正案が可決されたが、州からの承認はまだ出ていない。改正後は、駐車場なしの、または最小限の駐車スペースしかない建物が建設できるようになる。「実際、この種の建築計画は急増している」(ベルンナーさん)

自動車禁止

 14年8月、チューリヒ市内に新たな複合施設が誕生した。車を所有しないことが入居条件だ。もちろん入居後もきちんと規則に従わなければならない。

 だが昨年、チューリヒ市から10キロメートルほど離れた町の、車を持たないことが条件の住宅地で入居者の不正が発覚し、地元紙で取り上げられた。その住人は、人目に触れないよう少し離れた場所に車を止めていた。「結局、その人は自分から出て行った。入居者には、公共交通機関の交通費として年間800フランが支給される。(車を所持しないという)ルールを守るのは当然だ」(ベルンナーさん)

 これはほんの一例にぎないが、前出のカウフマン教授は、自動車禁止の住宅地の拡大については懐疑的だ。「このような区画はまだ少ない。だがこれが普及するのはあまり賛成ではない。町から家族世帯が締め出されかねないからだ。それに、これほどの厳格さは非生産的だ。社会がうまく機能していれば厳しいルールは必要ない。そうでなければジュネーブの例のように、きちんとゴミの分別をしないからといって住人が追い出されたりする状況になりかねない」

 一方で、自動車保有率が再び高くなるとは考えていない。「電気自動車は騒音や汚染問題を解決するかもしれないが、安全問題や駐車スペースの問題の解決にはならないからだ」と指摘する。

 現在、連邦工科大学ローザンヌ校とチューリヒ校(ETHZ)がティチーノ州の研究者たちと共同で、「脱・自動車世界(Post car world)」と題する調査研究を数年計画で進めている。車のない社会が経済的・社会的にどう影響するのかを分析中で、その結果が待ち望まれるところだ。

スイスの自動車数

 

国内の自動車正規輸入代理店33社が加入する協会「オートスイス(Auto Suisse)」によると、新車登録台数は2012年に32万8千台を記録した後、13年は30万7900台、14年は30万2千台と、年々減少している。

 

中古車登録台数は14年1~3月まで増加したものの、その後減少している。

高い駐車場料金

 

専門家ネットワーク「持続可能なモビリティの居住環境プラットフォーム(Plateforme Habitat à mobilité durable)」による2010年の調査では、チューリヒ市の月ぎめ駐車場の相場は80~170フラン(約9900~2万1千円)。駐車スペース1台分の建設費用は3万~6万フランで、6%の収益率を見込むと月額費用は180~360フラン(維持費を含む)。だが賃貸料だけではこの金額をカバーできないことから、助成金が支払われることも多い。

(仏語からの翻訳・編集 由比かおり)

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