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ファクトチェック:スイスの「事実」

スイスは30歳独身で月収69万円 本当に夢のような暮らし?

スイスの銀行員
月収6千フラン?スイスの生活費がどれくらいかかるか知らない人にとっては、夢のような数字だろう Keystone

スイス人は欧州諸国に比べてずっと高給取りだ。それも30歳で月6千フラン(約69万円)。外国人から見れば夢のような数字だが、生活費や税金を考慮すると、実はそうでもない。

 スイス人が外国で給料の話に出くわすと、大概話題を変えようとするか、いい加減なことを言って取り繕うに違いない。スイスの月給5千~6千ユーロと、欧州の1千~2千ユーロの月給を単純には比較できないと言ったところで、相手はきっと分かってくれないからだ。

 入るお金を調べるなら、出るお金にも目を向ける必要がある。スイスインフォが連邦統計局の家計収支統計外部リンクをベースにした一例をここに紹介する。1フランは、現行の為替レートを参考に115円で計算した。

 オットー・ムスターマンさんというごく普通のスイス人男性がいたとしよう。30歳独身、金融系企業に勤める会社員だ。月給は独身者としては平均的な6250フラン(約72万円)。この数字はあくまでも仮定の平均値で、実際は差がかなりある。例えば月給は地域によって異なり、都市部のチューリヒはルガーノ(スイス南部のイタリア語圏の都市)に比べて給料が高い。国の給与計算シミュレーション外部リンクによれば、ムスターマンさんがチューリヒに住んでいれば7千フラン、ルガーノだったら同じ仕事で6千フランに下がる。

年金、家賃、税金

 月末、ムスターマンさんに給料が支給されるが、6250フラン全額ではない。日本の国民年金にあたる老齢・遺族年金、失業保険、事故保険、企業年金(日本の厚生年金にあたる)の保険料計約550フランが自動的に天引きされるからだ。このためムスターマンさんの口座に入るのは5700フランになる。

 所得税はこの金額に課税される。ドイツやイタリアなど多くの国々と違って、スイスでは月給の総支給額に所得税が課税されない。ムスターマンさんの場合、毎月の税金は850フランになる。ただ、税額は州や自治体によって大きく異なる。

 次は生活費と家賃だ。家賃、光熱費、水道代、ごみを捨てるのにかかる費用(スイスでは有料の指定ごみ袋を購入する)、他にも色々ある。家賃は、狭いアパートなら1250フランだが、ちょっと広いところに住めば500フランは高くなる。チューリヒ市内、ジュネーブ市内だと、部屋が三つとキッチンがあるアパートは月に2千フラン以上かかると考えたほうがいい。

家計を圧迫する健康保険料

 健康保険料も家計の固定費に含まれる。スイスでは健康保険の加入が義務付けられていて、この毎月の保険料が家計を圧迫する。独身者だと月額330フランが相場で、結婚している夫婦だと(ムスターマンさんは独身だからここには入らない)金額は倍になる(家族割引はない!)。小さな子供は一人当たり最低100フランかかる。子供2人がいる家族だと、保険料の支払いは月1千フラン近くになる。

 他にもある。スイス人の大半は色々な保険に入っているが、ムスターマンさんは賠償責任保険(一部は義務)と自動車保険だけ。それでも月100フランだ。

 通信費も固定費の一つ。ビラグと呼ばれる公共放送ラジオ・テレビの受信料、ケーブルテレビ、衛星放送の受信料、携帯電話の通信費を合計すると月に150フランになる。

さまざまな出費

 上記の固定費を全部支払っても、ムスターマンさんの手元にはまだ3千フラン残る。結構な金額だと思うかもしれないが、交通費がまだだ。車のガソリン代、ローン、修理費のほか、電車代などで月460フラン。お財布からまたお金が出て行く。

 最後は体と心を支える食費だ。スイスのスーパーマーケットで売られている食料品や日用品は、ドイツやフランス、イタリアと比べてとても高い。肉の価格は欧州連合(EU)平均の152%。洋服も34%割高だ。

スイスと欧州の物価の比較の図
swissinfo.ch

リッチなスイスの貧困層

 スイスの食料品は高い。だからと言って軽い気持ちで外食すると痛い目に遭う。レストランでピザ1枚、ビール1杯、コーヒー1杯を注文すると料金はあっという間に30フラン。世界の物価を比較したビッグマック指数外部リンクによれば、イタリアのビックマックは4ドル80セント、米国は5ドル30セント。それがスイスでは6ドル74セントと、調査対象の国では世界一高い。外食費、遊興費に月700フランは見ておいたほうがいい。

 まだある。独身の人が夕食に招かれたときの手土産、あるいは自宅の夕食に誰かを招いたときにかける費用は月平均で215フラン。ムスターマンさんはけちな人なので、スイスインフォはこの出費を除くことにした。ちなみに、別れた妻と暮らす子供の養育費、生命保険料も計算には入れなかった(平均360フラン)。

 ムスターマンさんはラッキーな人だ。だって、良い仕事に就いているのだから。もろもろの固定費や出費を差し引いても手元に850フラン残る。だが、例えばちょっとでも広いアパートを借りたり、子供の養育費などがかかったりしたら、6250フランの月給でも厳しい。どちらにしろ、豪遊はできない。

 それでも、大部分の人たちにとってはムスターマンさんのような給料は夢のまた夢。みんながみんな、6250フランをもらえるわけではない。スイスの全人口800万人のうち、約50万人が貧困層だ。貧困の一歩手前にいる人は100万人に上る。

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(独語からの翻訳・宇田薫)

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SWI swissinfo.ch スイス公共放送協会の国際部

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