2017年の連邦大統領 ドリス・ロイトハルト大統領「スイスは人権国家」

今年二度目の連邦大統領を務めるドリス・ロイトハルト氏

今年二度目の連邦大統領を務めるドリス・ロイトハルト氏

(Keystone)

スイスの大統領職は輪番制。今年はドリス・ロイトハルト環境・運輸・エネルギー・通信相がその任務を負う。ロイトハルト連邦大統領はスイスインフォとの単独インタビューで、「スイスでは国民も決定に参加し、政府を批判する。そういう点では、スイスの政治は検閲が当たり前になっている国に比べると大きな成果を収めている」と語る。「国民を怖がる必要はなく、国民に情報を提供し、納得してもらえばよいのだ。そうすれば、それは政府が認められたことの強い証しになる」

スイスインフォ: 2010年にも一度連邦大統領を務め、今年が二度目になりますが、当時に比べて世の中は良くなりましたか?それとも悪くなりましたか?

ドリス・ロイトハルト: 今のところ、悪くなったことを示す要素の方が多いように感じる。世界で紛争が増え、これまでにないほど多くの難民が発生している。良くなったことと言えば、貧困が減ったことだ。

スイスインフォ: 難民問題以外で悪化したことはありますか?

ロイトハルト: 対欧州連合(EU)関係で緊張化が進んだ。欧州が抱えている問題の中には、スイスとの関係に影響を与えるものもいくつかある。

英EU離脱や米新大統領の政策など、現在、不安材料が非常に多い。そのため、スイス国民が安心感や安定性を得、進む方向をしっかり見定められるようにすることも、私の任務となるだろう。スイスは毅然とした存在であり、今後もそうした姿勢であり続けるべきだ。

スイスインフォ: 英EU離脱は、スイスにとって状況の改善を意味する出来事ですか?それとも悪化を意味しますか?

ロイトハルト: 私にとっては、良い出来事とは言えない。EU加盟国はスイスのもっとも重要な貿易相手であり、スイスには強いEUが必要だからだ。それでも、英国が別の道を選んだことは尊重しなければならない。その影響が明らかになるまでには、非常に長い時間がかかるだろう。こうした中で評価できることは、EU内でEUの状況に関する議論が持たれていることだ。今後、必要な改革について考えていかなければならない。また今回、市民参加の必要性が示されたこともあり、スイスにとっては悪いことばかりとは言えない。EUひいてはヨーロッパが一つのまとまりとして強く安定し続けるために、EUは各加盟国に対して譲歩せざるを得なくなるだろう。

スイスインフォ: これまでスイスは常に、人間の尊厳や自由、国際法を旗印に掲げる国だと見なされてきました。スイスは今後もこれらを世界に向かって発信していくのでしょうか。それとも、スイスでもやはり経済的な関心が優先されるようになるのでしょうか。

ロイトハルト: ジュネーブ条約だけをとっても、スイスは人権の国だ。国際労働機関(ILO)他のサイトへから赤十字国際委員会他のサイトへ世界貿易機関(WTO)他のサイトへに至るまで、スイスの価値観を体現している国際組織の支援も非常に数多く行っている。この路線から外れることはないはずだ。

今の難題の一つは、世界を巻き込む巨大な難民の波だ。シェンゲン圏が機能し、宗教や出自を問うことなく、各国が団結して本当に助けや保護を必要としている人々を受け入れることを願う。

一方で、スイスの難民法や難民条約にある難民申請理由を持たない人は、スイスから出ていってもらわねばならない。本当に迫害されている人々や一時的にスイスの保護を必要とする人々は、ここでその保護を得るべきだが、経済的な理由で故郷を後にしたのであれば、それを難民申請の理由とすることはできない。

スイスインフォ: ドナルド・トランプ米大統領選出や英EU離脱を見ると、グローバル化の恩恵に与れず不満を持っている人が大勢いることがわかります。スイスにもこのような不満の兆候はありますか?

ロイトハルト: 市民と会話する中で、その兆候を感じることはある。だが、スイスの中間層がこれまでにないほど拡大しているのも事実だ。社会保障で暮らしている人は比較的少ない。とは言え、本人にしてみれば、いいようにばかりには受け止められないだろう。

経済界は、市場開放や改革を進めるつもりなら、同時に働く人々への配慮もきちんとすべきだ。例えば社員研修などによる支援を行い、労働の場にこれまでになかった新しい技術が導入されても、人々がそれに対応でき、雇用の機会を持てるようにする。

デジタル化に不安を覚える人は多いし、国が抱える課題も生半可ではない。継続教育の場を確保し、必要な知識や能力を人々が習得して、現場の需要をカバーできるようにする環境を整えなければならない。

スイスインフォ: 「大量移民反対イニチアチブ」の可決は、スイスでも不満がつのっていることの表れでしょうか。

ロイトハルト: どちらかと言うと、「そろそろいい加減にして欲しい」という感情の表れだろう。スイスには200万人以上の外国人が住んでいるため、時おり摩擦も発生する。しかし、全体的に移民政策は非常にうまくいっている。他の国々と比べると、スイスの移民の統合は順調だ。

だが、外国人自身にもスイスの社会に溶け込もうという意志が必要だ。言葉を学び、仕事を探し、社会に貢献してもらわなければならない。そうすれば、スイス国民は今後も彼らを受け入れようとするはずだ。そうでなければ、スイス人の中で冷遇されていると感じる人が増え、批判的な声が高まる。

スイスインフォ: まもなく国民党によるイニシアチブが再び国民投票にかけられます。EUとの「人の移動の自由」協定の破棄を目指すものですが、この投票は心配の種ですか?

ロイトハルト: スイスの中核に関わる問題なので心配はしている。感情に訴える問題はいくつもあり、そのことで興奮したり、損をしていると思ったりする人は必ず出てくる。ここで連邦政府や各政党、各州が果たすべき役目は、外国人の数が証明しているもう一つの事実、つまり、スイスは常にその開放性によって利益を得ていること、また自国の供給不足をカバーするために外国でリクルートされた有能な専門家からも利益を得ていることを人々に確信させ、伝えていくことだ。成長なしには、社会保障を現在のレベルに保ち続けることもできない。

スイスインフォ: 世界の不平等を緩和するためにスイスにできることは?

ロイトハルト: 二国間自由貿易協定の目的は、輸出入のコストを下げることと相手国への投資にある。これは成長促進や貧困撲滅に役立つ。だが、何よりも優先させたいのは、どの国にも同じルールを適用する多国間アプローチだ。スイスは、特定のスタンダードがすべての被雇用者に適用されるようにILOを支援するなど、社会的な分野にも力を入れている。また、環境分野でも同じアプローチをしている。

環境分野はこの先の10年で進歩を遂げる必要がある。温室効果ガス排出削減等に関するパリ協定は、各国のさまざまな状況に対応できる世界的な解決策の優れた例だ。社会や環境における持続可能性を配慮しながらでも、経済が成長できることを示している。

そして、これはスイスも、また企業も実際に行っていることだ。これを自国の政策のスタンダードとして取り入れる国が増えるとうれしい。

スイスインフォ: 今年の新年の挨拶では、将来を「楽観的に、そして誇らしく」眺めていましたが、たびたび世界的なセンセーショナルを巻き起こすスイスの直接民主制にも誇りを持っていますか?

ロイトハルト: もちろん、とても誇りに思っている。連邦政府にとってはやりにくいこともあるが、過去を振り返ってみると、例えば財政問題では、国民の意見が国債の減少や魅力的な税制の構築につながった。

スイスでは国民も意見を述べられるし、連邦政府を批判することもできる。このシステムのおかげで、スイスの政治は検閲が当たり前になっている国に比べると大きな成果を上げている。

民主主義は学びを必要とする複雑なシステムだ。ボタンを押しただけで、人々に十分な情報が即座に行き渡るというものではない。ほかの国々でも国民投票が行われるようになるとよい。国民を怖がる必要はなく、国民に情報を提供し、納得してもらえばよいのだ。そうすれば、それは政府が認められた強い証しになる。

スイスインフォ: あなたはキリスト教民主党の党員ですが、多文化国家の連邦大統領でもあります。あなたの政策の中でキリスト教的な要素とは何ですか?

ロイトハルト: 欧州は全体的にキリスト教的・西欧的な影響を強く受けており、その価値観の多くはスイスの憲法にも記されている。EUでもリーダーシップをとってきたのは常にキリスト教民主党だった。自由の権利、民主的権利、法治国家性、そして人間の尊厳といった価値観の基礎があることは、とてもありがたい。このような価値観が疑問視されることも珍しくない今のこの時代にあって、キリスト教民主党はそれを代弁する立場にいる。それは他の宗教を問題視するものではなく、キリスト教民主主義が獲得し実行している基本的な権利の一つで、宗教の自由を支持するものだ。

スイスインフォ: しかし、党名に「キリスト教」がつくからには、ほかの宗教を排除することになりませんか。

ロイトハルト: そのようなことは党則には載せられていないし、キリスト教民主党はそもそも宗教的な政党ではない。姉妹政党であるドイツキリスト教民主同盟(CDU)やオーストリア国民党(ÖVP)も、排除は一切していない。私たちにはキリスト教的・西欧的な影響を強く受けた社会に対する理解がある。その社会とは、他人に不寛容なものではない。私にとって、先述した価値観の基礎や法治国家性、男女同等はどれもキリスト教的な価値観だ。スイスに住みたいと思っている人は皆これを守り、尊重して欲しい。

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(独語からの翻訳・小山千早)

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