スイスの視点を10言語で

アルプスのロマンスに隠れる厳しい生活

ベルナー・オーバーラントのブントアルプでの農家の生活は、思ったほどロマンチックではない swissinfo.ch

スイス文学を代表するイェレミアス・ゴットヘルフ(Jeremias Gotthelf)は『小作人ウーリ』などスイスの農村を舞台とした小説を多く残した。今のスイスの酪農家は、19世紀に書かれた小説の中にあるようなロマンチックな生活をしているのだろうか。

筆者は農家に実際に寝泊まりし、生活をともにしてみた。そこは、ロマンチックな生活などを夢見るには厳しすぎるものだった。

 ベルナー・オーバーラントにあるブントアルプ(Bundalp)に行くまでが、すでに「体験」なのだ。途中のキーンタール(Kiental)はベルナー・オーバーラントでも太陽がさんさんと照り、牧場の草の緑が目にしみる。森は奥深く、その向こうには雪を被ったアルプスが見える。空はあくまでも青く、白い雲が浮かんでいる。目的地に行く道は、どんどんと狭くなり、ついには交通安全のために2台のポストバスがすれ違うことが禁止されているほどの山奥に入ってしまった。
 やっとアンドレアス・シュタイナーさんとルーツさん夫妻が経営する農場兼宿泊施設に到着する。ここには28頭の牛と20頭の豚がいる。そのほか犬一匹と猫が数匹。野放しで飼っているウサギもいる。運営は一人の従業員とわたし「にわか農夫」だ。

朝寝坊には向かない

 農作業のほかに100人が泊まれる宿泊施設の運営も仕事のうち。ここではともかく多くの人手が必要なのだ。野良仕事と宿屋両方をうまく運ばせるための日常生活には、小説のようなロマンチックさもなければ、ヨーデルを歌う余裕もないほどである。今も昔も山の生活には、『アルプスの少女ハイジ』のようなロマンはないのだ。

 そもそも、早起きが苦手な人にはここの生活は始めからハードなものとなろう。朝食をとる前、6時には牛の背中をブラッシングする仕事がある。7時には乳搾り。手作業ではなく機械でするので、作業は楽だ。
「機械のほうが効率良く絞れます。コンピューター制御で絞るのでリズムが崩れないからです」人がすると、段々と疲れてきて作業が遅くなるのだそうだ。「子牛が母親の乳に吸い付くような動きができるのが機械です。人の手だと力まかせに乳を搾り出そうとするので、牝牛には良くないのです」

 乳絞りが終わるとやっと朝食にありつける。朝食はカフェオレか温かいチョコレートドリンク。パンにバターとジャムが付く。今までそれぞれの作業をしていた一家全員が、この日初めて一堂に会するのが朝食だ。

朝から晩まで忙しい

 宿泊施設の運営も大変だ。客が朝食を済ませハイキングに出かけている間、台所は昼食の準備で大忙しだし、客室の掃除やベッドメーキングもある。一方で、家畜にえさをやる仕事も残っている。標高が高く、木が生えないため日陰ができないブントアルプでは牛は日中、小屋の中で過ごすのだ。長い時間太陽に当たるのは牛にとっては良くないからだ。

 シュタイン家ではこの日の午後、排水路を新しくする作業もあった。排水溝を掘り、落雷に備えて避雷針を設置する仕事もあったので、午前中は特に忙しかった。

人気のチーズ

 チーズは午前中に作る。シュタイナー家では、2週間で出荷できるハーフソフトの「ムーチリ」と呼ばれるチーズも生産するが、主流はハードチーズのアルプスチーズ。ハードチーズは1年ねかせなければならない。2年かけて作り上げられるのは、かんなのようなもので薄くスライスして食べるホーベルチーズ。

 シュタイナー家は年間2.5�dのチーズを生産する。チーズを作るシーズンともなると、毎日60�`�cが生産される。ここで作られたチーズの大半は泊まり客が買って行くという。「生産量が消費量に追いつかないほどです。ほかの農家では、作るだけ作って余ってしまうものですが、わたしたちは恵まれています」とアンドレアス・シュタイナー氏。

 この農場を買い取った9年前、シュタイナー氏は宿泊客を受け入れることなど考えてもみなかったという。「ミルクや乳製品の価格がどんどんと押し下げられているいま、農家の経営は大変ですが、わたしたちのところは、泊まり客にチーズなど乳製品を直産販売しているので、価格は自分たちで付けることができるわけです」と誇らしげである。

swissinfo、 エティエヌ・シュトレーベル  佐藤夕美(さとうゆうみ)意訳

<シュタイナー家>
- 夏季は標高1840�bの山小屋へ家畜とともに移動。
- 85日間山小屋生活を送る。
- 9月には山を降りて、エメンタールの村に戻ってくる。
- 季節によって家畜を移動するのは、スイスの酪農の昔からの手法。
- 夏に山に牛を放牧することは、アルプスの自然を手入することにもなる。

swissinfo.chの記者との意見交換は、こちらからアクセスしてください。

他のトピックを議論したい、あるいは記事の誤記に関しては、japanese@swissinfo.ch までご連絡ください。

SWI swissinfo.ch スイス公共放送協会の国際部

SWI swissinfo.ch スイス公共放送協会の国際部